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セスの記憶が戻って二週間が経った。
結界の修繕が順調よく進んでおり、この調子だとあと一か月ほどで補修作業が完了するそうだ。その間の生活には何も支障がなく、生徒達への被害はゼロ。
学園警護を任されているセスとは、全く会っていなかった。彼は登園はしているようだが、教室にはほとんど寄らない。
「サーシャベルト、丁度いいところにいた。午後の授業に使う物品を運んでもらえるだろうか」
「先生。はい、いいですよ」
休憩時間に廊下をひとりで歩いていると、担任に雑用を頼まれた。
ここ最近、読書ですら気乗りしない俺には丁度いい。
箱いっぱいに入った物品を両手に持ち、別館にある教室に向かっていると、途中の空き教室で真っ白な髪の毛を見つけてつい足を止める。
──セスだ。こんなところにいたのか。
警護の空き時間はこうしてひとり自習していることを知る。
彼の様子が気になって、壁に隠れて教室内の様子を覗き見る。
彼は土粘土をこねていたが呪文詠唱すると粘土が光に包まれる。それを器用に花に形どるとそれが本物の花に変わっていく。
一見繊細とは無縁のように見える彼だがその手が造り出すものは芸術的だ。
「……セス」
隠れてこそっとセスの事を見てたけど、その顔がくるりとうしろを振り向き、俺に気が付いた。無表情だった彼の表情に眉間のシワが刻まれる。視線が合い、慌てて壁のうしろに隠れた。
くっそう……。あからさまに不機嫌な表情をするんじゃない。
セスと仲よくなって優しい微笑みを向けられていた後では、その表情だけでハートにヒビが入る。
胸が痛くて急いで共有スペースから離れた。
帰ろう。
午後からの授業は自習だ。いつもなら真面目に勉強するけれど、サボってしまえと心の声がそう言うので、欲求のとおりに帰り支度をする。
体調が悪いとか適当に教師に告げて校舎を出ると、休憩時間のため、生徒達が和やかに談笑している。楽しそうな空間が、より一層惨めったらしくさせる。
つい先日まで、迫って来るセスに好き好き言われまくっていたのが懐かしい。あれもこれも全部偽りの言葉で。
小賢しい手で自覚のない恋が叶ってしまって、その代償が大きすぎる。
「……胸が痛すぎる。俺はこんなにアイツのことを好きだったのか……」
ひとりごちながら胸を押さえ、その場に蹲った。落ち着いたら帰ろうと深呼吸をしていると、大きな影が後ろから覆う。
「おい、好きとはなんだ!」
「ぎゃひんっ!」
飛び上がるように振り向くと、額に青筋を立てて鋭い瞳をしたセスが俺を見下ろしていた。何故だか知らないけれど、凄まじい迫力に胸が詰まる。
怒りを孕んだその表情を見ていると、目尻に涙が溜まっていく。
「……そいつがお前をそんな表情にさせているのか?」
「っ」
「言え。どこのどいつだ、ぶっ飛ばしてやる」
──お前だろう~!
強圧的な声に、俺の負けん気にカッと火が付く。
気持ちを押し込めて立ち上がると彼を睨み返した。
「何故、君に言わなくちゃいけないんだ。……あぁ、君は俺のことを嵌めたいと言っていたっけ? 俺を陥れようとしている人に言えるわけがないだろう」
「陥れ? ……そんなつもりはない」
「ならどういうつもりなんだよ。俺に圧をかける癖に自分のことは何も言わず、随分自分勝手で酷い奴だな、何様のつもりなんだ。俺には何も話す価値ないって見下しているんだろう。人を馬鹿にするのもいい加減にしろ」
文句は一言口から出ると連なってくる。
「君の傲慢な態度には辟易している」
怒って悲しい俺とますます惨めになるから止めろと言う二人の自分がいる。
セスの目元がピクリと痙攣する。微かな動きだが傷付いているように思えた。
それを見て下を向いて唇を噛んでみるけれど、一度溢れた怒りはどうにも鎮められない。そんな自分自身を嘲笑うように「はっ」と声が漏れた。
「あぁ、そうだよ。滅茶苦茶好きなんだ……」
「……滅茶苦茶……好き?」
「だけどセスには絶対言うものか!」
その言葉を捨て台詞にして俺は足早にそこから離れた。
セスはもう何も言わず追いかけても来なかった。
そのまま真っすぐ校門を出る。視線はまだ背中に貼り付いているような気がして振り向けない。
こんな時──
透明人間になれる魔法が使えたら、時間を巻き戻す魔法が使えたら、箒に跨って空を飛べたら……彼からすぐに身を隠すことが出来るのに。
大股で歩きながら、ない、ない、ないないものねだりをして虚無感に包まれる。
これはとても身に覚えのある感覚だった。
ずっと自分に付きまとっている負け犬の感情だ。
建物の角を曲がり、身を隠せたことに息を吐いた。
そういえば、セスが嵌めたいと言ったのは自分を陥れるためではなかった。
じゃあどういう意味なんだとは思うけれど、敵意を持たれているわけではなかったのだ。
それが分かっただけでいいじゃないか。安心に穏やかに暮らしていける。万々歳。
目標であるリア充。ひとりぼっちから脱却するのだ。
それから、等身大の自分自身を好きだと言ってくれる人を探すって──。
自分の考えに鼻の奥がツンとして目に水が溜まる。
結界の修繕が順調よく進んでおり、この調子だとあと一か月ほどで補修作業が完了するそうだ。その間の生活には何も支障がなく、生徒達への被害はゼロ。
学園警護を任されているセスとは、全く会っていなかった。彼は登園はしているようだが、教室にはほとんど寄らない。
「サーシャベルト、丁度いいところにいた。午後の授業に使う物品を運んでもらえるだろうか」
「先生。はい、いいですよ」
休憩時間に廊下をひとりで歩いていると、担任に雑用を頼まれた。
ここ最近、読書ですら気乗りしない俺には丁度いい。
箱いっぱいに入った物品を両手に持ち、別館にある教室に向かっていると、途中の空き教室で真っ白な髪の毛を見つけてつい足を止める。
──セスだ。こんなところにいたのか。
警護の空き時間はこうしてひとり自習していることを知る。
彼の様子が気になって、壁に隠れて教室内の様子を覗き見る。
彼は土粘土をこねていたが呪文詠唱すると粘土が光に包まれる。それを器用に花に形どるとそれが本物の花に変わっていく。
一見繊細とは無縁のように見える彼だがその手が造り出すものは芸術的だ。
「……セス」
隠れてこそっとセスの事を見てたけど、その顔がくるりとうしろを振り向き、俺に気が付いた。無表情だった彼の表情に眉間のシワが刻まれる。視線が合い、慌てて壁のうしろに隠れた。
くっそう……。あからさまに不機嫌な表情をするんじゃない。
セスと仲よくなって優しい微笑みを向けられていた後では、その表情だけでハートにヒビが入る。
胸が痛くて急いで共有スペースから離れた。
帰ろう。
午後からの授業は自習だ。いつもなら真面目に勉強するけれど、サボってしまえと心の声がそう言うので、欲求のとおりに帰り支度をする。
体調が悪いとか適当に教師に告げて校舎を出ると、休憩時間のため、生徒達が和やかに談笑している。楽しそうな空間が、より一層惨めったらしくさせる。
つい先日まで、迫って来るセスに好き好き言われまくっていたのが懐かしい。あれもこれも全部偽りの言葉で。
小賢しい手で自覚のない恋が叶ってしまって、その代償が大きすぎる。
「……胸が痛すぎる。俺はこんなにアイツのことを好きだったのか……」
ひとりごちながら胸を押さえ、その場に蹲った。落ち着いたら帰ろうと深呼吸をしていると、大きな影が後ろから覆う。
「おい、好きとはなんだ!」
「ぎゃひんっ!」
飛び上がるように振り向くと、額に青筋を立てて鋭い瞳をしたセスが俺を見下ろしていた。何故だか知らないけれど、凄まじい迫力に胸が詰まる。
怒りを孕んだその表情を見ていると、目尻に涙が溜まっていく。
「……そいつがお前をそんな表情にさせているのか?」
「っ」
「言え。どこのどいつだ、ぶっ飛ばしてやる」
──お前だろう~!
強圧的な声に、俺の負けん気にカッと火が付く。
気持ちを押し込めて立ち上がると彼を睨み返した。
「何故、君に言わなくちゃいけないんだ。……あぁ、君は俺のことを嵌めたいと言っていたっけ? 俺を陥れようとしている人に言えるわけがないだろう」
「陥れ? ……そんなつもりはない」
「ならどういうつもりなんだよ。俺に圧をかける癖に自分のことは何も言わず、随分自分勝手で酷い奴だな、何様のつもりなんだ。俺には何も話す価値ないって見下しているんだろう。人を馬鹿にするのもいい加減にしろ」
文句は一言口から出ると連なってくる。
「君の傲慢な態度には辟易している」
怒って悲しい俺とますます惨めになるから止めろと言う二人の自分がいる。
セスの目元がピクリと痙攣する。微かな動きだが傷付いているように思えた。
それを見て下を向いて唇を噛んでみるけれど、一度溢れた怒りはどうにも鎮められない。そんな自分自身を嘲笑うように「はっ」と声が漏れた。
「あぁ、そうだよ。滅茶苦茶好きなんだ……」
「……滅茶苦茶……好き?」
「だけどセスには絶対言うものか!」
その言葉を捨て台詞にして俺は足早にそこから離れた。
セスはもう何も言わず追いかけても来なかった。
そのまま真っすぐ校門を出る。視線はまだ背中に貼り付いているような気がして振り向けない。
こんな時──
透明人間になれる魔法が使えたら、時間を巻き戻す魔法が使えたら、箒に跨って空を飛べたら……彼からすぐに身を隠すことが出来るのに。
大股で歩きながら、ない、ない、ないないものねだりをして虚無感に包まれる。
これはとても身に覚えのある感覚だった。
ずっと自分に付きまとっている負け犬の感情だ。
建物の角を曲がり、身を隠せたことに息を吐いた。
そういえば、セスが嵌めたいと言ったのは自分を陥れるためではなかった。
じゃあどういう意味なんだとは思うけれど、敵意を持たれているわけではなかったのだ。
それが分かっただけでいいじゃないか。安心に穏やかに暮らしていける。万々歳。
目標であるリア充。ひとりぼっちから脱却するのだ。
それから、等身大の自分自身を好きだと言ってくれる人を探すって──。
自分の考えに鼻の奥がツンとして目に水が溜まる。
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