催眠術をかけたら幼馴染の愛が激重すぎる⁉

モト

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 ひとりだけ青い傘。
 あまかっぱだけでは凌げない雨に憂鬱な気持ちになるのは、非魔法使いとまだ魔法が使いこなせない子供だけ。
 魔法使いはローブや鞄に魔法をかけて雨を弾かせている。同じ雨でも俺と魔法使いでは見える風景が違うだろう。
 傘の裏側で半分隠れた視界の中、学園に着くころには身体のどこかが濡れていた。

 それをハンカチで拭いて教室に向かうと、先に教室内にいる生徒達が微妙な空気を作っている。
 ボッチな自分は何があったのか聞ける相手がいないため、黙って着席すると、前の席にいるジェイソンが俺に声をかけてきた。

「サーシャベルト君、おはようございます。ファレル様のことですが、何かご存知でしょうか?」
「セス?」 

 学園警護を任されているセスはこの時間帯はとっくに登園し巡回している。そのはずの彼が、まだ姿を見せない。なんでも昨日の巡回にも現れず、その間に魔物が現れたのだそう。優秀な魔法使いが対処して学園には被害は及ばなかったが、苦戦を強いられた。
 セスがいればもっと簡単に対処出来た筈だろう、と。──なるほど、この微妙な空気はそういうことか。

「……申し訳ないけれど、分からない。でも、セスは任務を無責任に投げ出したりしないよ」

「えぇ、僕たちもそれは分かっています。だからこそ、何かあったのではないかと不安になったのです」

「……何か?」

 思い当たる節がある。昨日、階段で別れた時、セスの様子がどことなく変だった。
 彼が家に来なかったのは、時間の都合が付かなかったわけじゃなく別の理由があったのではないか。
 じわ、と心配が自分の中で広がった時、セスが教室に入ってきた。クラスメイトも一斉に彼を見る。
 いつも通り無表情で不機嫌ともとれる雰囲気で席に座ろうとする彼に、声をかけようと立ち上がった。

「セス・ファレル。お話があります。付いてきなさい」

 セスが着席したとき、教室ドアから入ってきた教師がそう声をかける。もうすぐ朝礼が始まろうというのに、教師はセスを連れて教室を出てしまった。
 そのあとの教室は、セスを心配する空気が漂っていたけれど、憶測でしかなく誰も声に出さなかった。
 昼休みになり、学園内のどこかにいるセスを探すため屋上に向かう。現在屋上は警護隊以外の出入りは許可されていない。

 学園中が見渡せてセスがいる可能性が一番高い場所だった。

 様子を聞くだけならと屋上への階段を登ったら、屋上ドアには案の定、鍵がかかっていた。ノックをしてみても誰からも返事はなく、諦めようとした踵を返した時、セスが下の階から階段を登ってきた。

「何故、お前がそこにいる」

 眉間のシワを寄せ、責めるような声に俺の背筋は凍り付くようだ。

「あ……、あぁ、君の様子を知りたくて。大丈夫なのか?」

「戻れ」

「……」

 セスは階段を上りながら、端的にそう言う。俺がここにいることが苛々しているみたいに見える。

「何それ? 嫌な感じ……まるで」

 まるで、催眠術をかける前に戻ったみたいだ。目も合わそうとしない彼はそうとしか思えない。

「おい、あのさ?」

 階段を上がってきたセスに触れようと手を伸ばすと、ギロリと睨まれ「ひぎゃっ!」と悲鳴を上げ、手を引っ込める。
 そんな俺を見ても何もフォローがなく、そのことにギクリとする。

「君は……」
「非魔法使いは来るべきじゃない」

 冷たい言葉に冷水を浴びせられた気分になる
 何か言おうにも昨日の彼との落差にショックを受けて、声が出ない。もし何かを言えば声が震えてしまうから、俺は急いで彼から離れて階段を下りた。
 渡り廊下を歩いていくうちにどんどん歩調が遅くなる。こんな憂鬱な気分で教室には戻りたくなと思っていると、学園長室のドアから手招きする手が見える。


 ちょいちょい。

 その手の形とシワは祖父の手で間違いない。
 無視して素通りしようと思ったら、足が前に進まなくなる。自分の意志ではなく祖父の意地悪な魔法だ。
 子供っぽいことを……
 気分を落ち着かせるため深呼吸してから、学園長室のドアを開けた。

「失礼します」

 学園長室には過去の学園長の似顔絵が並んでいる。それはとてもリアルでいつも見られているような気持ちになる。

「学園長、何の用ですか?」

「リュリュよ、ふたりっきりの時はじいちゃんと呼んでくれい。淋しいじゃろ」

「……何ですか、じいちゃん」

 呼ぶと祖父は満足げに、俺を客用の椅子に座らせた。祖父自身は、猫足で美しい曲線の椅子に腰をかけ
る。ゴホンと咳払いをした後、単刀直入に話を切り出した。

「セスの記憶はすっぽり抜けておる」
「……」

 セスには数日間の記憶だけが抜け落ちていた。魔法や日常生活に支障はないが、学園警護をしていたことが記憶にないのだろう。セスが警護を怠ったわけではなく、本当に知らなかったのだ。

 ──きっと、記憶がないのは催眠術がかかっていた数日間だろう。

 さっきのセスの反応で、そうではないかと思っていたから驚きはなく、その話を静かに聞いていた。
 祖父はふむ、と胸元まで伸ばした長くて白い髭を擦りながら頷く。

「リュリュ、セスのことで何か知っておるかの?」
「……いえ、何も知りません」


 思わず嘘を吐いたが、探るようなその視線に居心地が悪くなり視線を下げる。自分の反応を見た祖父はほっほっと声を出して笑う。自分が見透かされているかのようだ。

「……彼は記憶がなくなって困っていますか?」

「なに、数日間の記憶だけじゃ。特に支障はない。セスにはモリモリ働いて貰わんとなぁ」

 祖父はセスに大人以上の仕事を任せる人だ。
 早くにセスの才能に気が付いて伸ばしたのは、他ならぬこの祖父だ。育ててやったのだからと言わんばかりにセスを自分のいいように扱う様にムッとする。

「セスが強いからといって、子供の頃からこき使い過ぎですよ」

「ほほ。セスの方から希望したんじゃ。実戦経験を積めば強くなるからの。まあ、まだ自ら定めた合格ラ
インには到達しておらんのだろう」

「合格ライン?」

 祖父がセスのことを話す時、いつも自分が知らないことばかり言う。実戦経験をセスから希望したとか、何の合格ラインなのか、初耳の俺は蚊帳の外だ。

「そうじゃセスには自分に課した目標があっての。頑固すぎて……」

「ずるいですよ」

 疎外感に苛まれ、話を聞く気になれない。それだけ言って学園長室を離れた。
 教室に戻ったころ、祖父がセスを大事にしていることが気に食わない訳ではないことに気が付いた。その逆──セスが自分より祖父ばかり頼ることが嫌だったのだ。


 前髪をぐしゃぐしゃと手で掻いて、友達としてもずっと片想いしていることにようやく気が付いた。

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