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 魔法が飛び交う世界には必ず魔物が存在する。
 人が魔力を持つように、動物や虫、その他あらゆる生物も魔力を持っているからだ。そして、凶暴性があり人を襲うことのある生物を魔物と人は呼び始める。

 エストランティア国には、魔法使いにより結界が張り巡らされており、魔物の侵略を防いでいた。
 だが、人が作る物に完璧は存在しない。
 いつもどこかに不完全が生じるものだ。魔物はその隙間を狙って現れることが度々ある。
 魔法学園がある周辺は学園長である祖父ルカリドを筆頭に優秀な教師陣が結界を張り巡らせているため、生徒の安全は守られている。

 ──だから、学園に悪魔が現れたのはレアケースだった。



 自室でセスと唇がふやけるほどのキスをした、その次の日の朝。

「おはよう」と迎えに来たセスを直視出来ずに、彼の前方を大股で歩いていた。
 俺の意識はキスのことでいっぱいだった。
 校門に着いたころになって、空が暗いことに気が付いて見上げると、灰色の厚い雲が覆っていた。
 今にも雨が降りそうで足早に校舎に向かっていると、とびきり強い風が進行方向からぶつかってきた。

 セスの手が伸びてきて俺の身体は支えられたため、ふらつきもしなかった。反射的に閉じた瞼を開けると、上空に信じられない物が浮いていた。
 羽の生えた魔物だ。
 全身に鱗があり、ヘビのような尻尾が生えた人型だった。そしてその目は白目がなく黒目だけが怪しげな光を帯びて輝いている。

 人ならざるモノを見て、俺は目を合わせてはいけないことを思い出した。

 魔と目を合わせれば、ある者は魅了され、ある者は気を狂わせると言われている。
 ごくりと息を飲み込んだ時、魔物がその大きな羽を動かした。それだけで近くにいる魔法使いが飛ばされかけている。

 建物の反対側から一筋の魔法光線が放たれた。続いて攻撃魔法が悪魔に向かって飛び交う。
 学園内にいる者だけで魔物を対峙しようと、教員・生徒達が対悪魔用の呪文詠唱し攻撃を始める。

 だが、どんな攻撃も魔物にダメージはない様子だった。

 国の精鋭部隊がやってくるまでの辛抱だと、魔法使い達は魔物の身体に向かって一斉に拘束魔法を使う。しかし魔法が弱くいとも簡単に解かれてしまう。
 魔の強さに怯え、逃げ始める生徒達。それを見て魔が恐ろしい笑みを浮かべた。再び羽を広げた。風のごとく悪魔が逃げ出した魔法使いを追いかけた…………が。


 ──セスによって吹っ飛ばされた。

 正確に言えば、セスの手から出た魔法弾が命中して吹き飛んでいった。
 ポーンって。
 まるでコバエでも払ったかのように飄々とした様子のセスに唖然とする。

「実戦での攻撃練習か?」
「……」
「だが、場所を考えるように言っておかねば。リュリュに危険が及んではならない」
「……」

 ──いや、違うぞ。実践練習には危険すぎる魔物だ。

 セスは実践練習か何かと勘違いしているようだが、あれは間違いなく魔物が襲ってきたのだ。
 俺達より早めに登園していた砂ぼこりの被った魔法使い達を見て状況は分かる。
 さっき吹っ飛んだコバエは割と強かったんだよね? ほら、その場にいる皆がセスの強さに口を開けて閉じられない。吃驚だよね。まぁ……セスは無敵のゴリラだから。

「リュリュ、魔物の目を見つめると魅了される者もいると聞く。危なかったな」

「……」

 彼は場の雰囲気とはかけ離れたことを言って、俺の頭にキスが降らせた。身長差で頭が丁度キスするのに最適なんだろう。

「何故、黙っているんだ。もしかして魔に魅了されて⁉」
「されていない! 覗き込んでくるな!」

 俺を見つめてくるセスの方がよっぽど魅惑的な目をしている──いいや、何を考えているのだ自分は!

「よかった。いつものリュリュだ」

 また頭にちゅ……。
 この男の頭は完全に湧いている。
 俺は彼の胸を押して少し離れて、改めて周りを見た。
 誰も怪我していないようだけど、その表情は怯えて真っ青になっている。セスが動くと大袈裟に周りがビクつく。

「悪魔はセスがやっつけたのに何を怖がっているんだろう?」

 俺が言うとセスが笑った。

「ふくく、やはりリュリュは可愛い」
「……なんでもかんでも可愛いと言うのはどうかと思う。俺は可愛くない!」
「物凄く可愛い。今すぐにでも抱きしめたい」
「ぎゃっ!」


 公衆の面前でセスに抱きしめられるという、朝から羞恥心の拷問を受けることになった。


 ◇
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