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 ──上半身裸の男のプロフィール画面。

「あっ、あぁ!? これは、たまたま開いて」
「たまたま、そんなページ開くのか?」
「っ、どうでもいいだろ──あっ!」

 掴んでいた携帯を翔真に取られ、取り返そうとすると、腕を高く挙げられた。
 彼にその男からのメッセージを読まれる。画像の男はきっと適当に手当たり次第に新規登録者にメールを送るような奴なのだ。

 登録したけど無視しようと思っていたとか、色々説明が難しそうな言い訳ばかり脳裏に浮かぶ。

「……知らなかったよ。千春は女じゃなくて男が好きだったなんて」

「ちが、違う! とりあえず、それ(携帯)返せっ!」


 ジャンプをするが、それ以上に携帯を上に挙げられては届かない。それならばと、彼の上腕を両手で掴んで、ぐっぐっと下に体重をかけた。

 だけど、その硬い腕は俺の全体重をかけてもビクともしない。それに翔真相手に自分から密着したのは失敗だった。完全にボディががら空きだ。
 彼は反対側の手で俺の腰を掴むと、手前に抱き寄せた。その腕の強さは今までと比較出来ないほど強い。
 至近距離で彼がなじるように見つめる。

「この男と会うつもりか?」
「だから、翔真に関係ないだろ⁉」
 
 その言葉に翔真の眉間にシワが寄り、その目元から彼の怒りが伝わる。

「……まだ会ってないよな? この男、ただのヤリ目的だ」
「なら、何? 翔真は俺の保護者なわけ? うざいんだよ、離せ!」


 彼の胸に手を置いて突っぱねると、ホールドが一気に解かれて、バランスを崩す。
 だけど翔真が腕を支えていたため、思いっきり尻餅をつくことはなく、ゆっくり地面に座り込んだ。


「……軽いよ。千春は小っちゃいし可愛いから、嫌がっても強引にホテルに連れ込まれちまう」
「はっ!?」

 小っちゃいし可愛い。
 その言葉に、またからかわれているのだと思った。
 反論しようと見上げると、大きな影が俺の身体全部を包んだ。
身体の上に翔真の身体が覆い被さってきたのだ。
いつもの過保護な心配だと、その時までは思っていた。

「……へ」

 普段と違う彼の様子に息をのんだ。

 ──獰猛で大きな野生動物に襲われている。
 そう思わせるような強く突き刺さるような視線に唇や瞼が痙攣する。気が付けば自分の肩はしっかりと掴まれていて床に押し倒されていた。

 背筋が凍り付くような迫力に気押されて、冷や汗が額から流れる。

「な……に、退けろって……」

 彼の変貌に自分の喉からはか細い声が漏れただけだ。
 だけど、翔真は目を細めるだけ。退くどころか彼の大きな手が俺の腹部を撫で始めた。

「千春は男に抱かれるってことを分かってない」
「っ」

 ゆっくりと動くその手はどう動くのか分からず、やけに無気味に感じる。
 その手が円を描くように腹をくるくる撫でてきて、下腹部で動きを止めた。

「この薄くてやわらかい腹の中に男を受け入れて。揺さぶられて、精を出されて」

 ここに、と下腹部に置かれた手が柔らかく押す。

「っ」

 彼は小さく「想像するだけで、腸煮えくり返る」と呟いた。その瞳の奥は囂々と炎が燃えているように怒りが含まれている。
 それを見つめ返した時、それがなんという欲望なのか、うっすらと分かった気がした。

「千春」
 ハッとすると、今にも俺に噛みつこうとしている彼の顔が近くにある。少しずつ近づいて、俺はキスされるのかと思った。
 だけど、触れるか触れないかの距離で、翔真が止まる。ぎゅっと俺の肩を掴んでいた手が弱まった。

「……」

 苦痛を耐えるような表情。
 見ていると胸が痛くなる。彼は「なんで、抵抗しないんだよ」奥歯を噛みしめながら、低く唸るような声を出した。

「なんで……って」

ぎりぃっと強く奥歯を噛みしめた音が彼の口元から聞こえた。それから彼は、腹に力をいれるように瞼を閉じた。

 ──すると、ふっと覆いかぶさっていた影と体重が消え、翔真は後ろに座り込んだ。

「……翔真?」
「……」

 彼は下を向いていて、ぐしゃぐしゃ、と自分の頭を二、三回乱暴に掻く。小さく息を吐いて、ごめんと小さく呟いた。

「俺……、本当に情けない。告白も出来ないしさ。さらに嫉妬で訳わからなくなって千春のこと、責めちゃうし」

「……」

 彼は両膝を抱えて大きな身体を丸めた。「ダサ」のあと、もう一度「ごめん」と謝ってくる。それから、また、「ダサイ」と呟いた。
 自己嫌悪で動けないみたいにその場に蹲っている。その声も小さく、身体は震えていた。

「……でも、出会い系は危ないから。千春は可愛すぎるから心配」

 友達としてなら聞いてくれるか? と言いながら、下を向く翔真からポロっと透明の雫が出るものだから驚く。

「暫くしたら出ていくから」

 ずっ、と彼の鼻水を啜る音を聞いて、呆然と眺めている場合でないと気付く。気合いを入れるように俺は両頬を叩いた。

 パンッといい音がその場に響き、翔真が少し顔を上げる。

 そんな彼に近寄って、Tシャツの裾で彼の目元をゴシゴシ拭く。それから、ぐしゃぐしゃになっている髪の毛をささっと手櫛で直し、男前に戻ったことを確認してから、「ごめんなさい」と謝った。

「……傷口に塩。千春は結構えげつない」

「いやいや、そうでなく! ちゃんと告白聞かずにごめんなさい!」
「……」

「翔真のことだから他の女子との恋愛話かと思って、それは聞きたくないなって。聞きたくなかった理由は……、それは、その」

 それまで勢いよく言ったが、肝心な告白では口ごもる。
 しかしここで言わねば男がすたると「翔真くんのことが好きだからです……」と照れながら伝えた。

(おぉ、親友に告白って、──照れが凄まじい)

 そのせいでまともに翔真が見れなかったが、ちらりと横目で見た瞬間、自分の身体に飛びかかるように勢いよく抱きつかれる。
 ぐえっと潰れるような声が喉から漏れた。なのに、馬鹿力は弱まらない。

「──え?」と彼が言う。
 どうやら、俺の身体を彼は反射的に──とりあえず捕獲したようだ。
「ち、はるが……好き? 俺を?」と確かめるように彼が呟く。
 認めるように頷くと、ぶるりと大きな身体が震えた。密着している身体が急に熱くなって、心臓の音がバクバクと大きく鳴り始めるいくのを感じる。

(……マジで翔真って、俺のこと好きなんだな)

 身体の変化を嬉しく思ったのは数秒。ますますどんどん強くなっていく腕の力でそれどころじゃない。「ギブ、ギブ」と横腹を叩くと、若干腕の力は緩まった。若干……ね。
 まぁ、顔を見られる照れくささが隠れて丁度いいとも思った。
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