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15.前世のツガイには、生涯寄り添いたい相手がいる

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 すると、その放課後。
 翔真に教室ドアを通せんぼされた。
 ぬりかべだ。

 俺の後ろにいた木田は空気を読んで「俺、先帰るわ~」と反対側の教室ドアから手を振って出て行った。

 俺と翔真のこういうやり取りに慣れたクラスメイトも木田の後に続き、反対側の教室ドアを使用する。
 翔真って人が困っていると手を貸すし、頼りになる。そんな人徳がなせる業で些細なことはみんな翔真の融通に合わせるのだ。

(些細っていうのは、俺のことなんだけどね。翔真が“ウザいお父さん”になるのは俺だけだし)

 あっという間に教室の中がもぬけの殻になると、翔真が口を開いた。

「千春に日程全部合わせるから、一緒に映画館へ行きませんか?」
「は? 日程、全部?」

 それはつまり、さっきメールで見せてもらった夏期講習の都合より、俺の都合を優先するってこと。
 夏期講習って馬鹿高いんだぞ。親御さんが泣くぞ。それとも日時に融通が利く塾なのか?

「どうしても、千春と行きたいんだけど、駄目か?」
「……い」

 ──いやって言え。
 二人っきりで遊びに行けば、もっと友達とは思えなくなる。
 俺の優先順位が嬉しいとか思っている場合ではない。言い訳ならシフト以外にもあるだろう。興味ある映画が上映されていないとか、他にやりたいことがあるとか。

「……っ」
 勝手に顔に熱が籠っていく。そんな俺を見降ろしていた翔真は不思議そうに顔を覗き込んでくる。

「千春、なんか顔が赤くない……」

 頬に手が伸びるので、思わずビクンと身体が跳ねた。

「あっ、あっと……いや、ごめん。なんでもない」
「……」

 しまった。気を付けていたのにおかしな反応をした。
 触られる時、いつも心を無にしていたけど、失敗した。

「最近、俺に対して距離があるよな。──……それって、千春の家で、俺が身体を触ってから?」
「……」

 どうやら、俺のポーカーフェイスはバレバレだったようだ。
 木田にも言われたし、分かりやすいのかもしれない。だけど、翔真が好きなことは隠し通さなきゃ。
 だろ……。だって、翔真は女好きなんだから。

「千春は、俺が気持ち悪いか?」

 翔真は低い声をさらに低くして呟いた。その逆だよと心の中でツッコみして、笑顔でその場を乗り越えることにした。

「いやぁ、はは、そんなわけないでしょ! 男同士なんだからさ。翔真はなんでも気にし過ぎなんだよ」
「千春のことは気になるだろ」
「あ~、あ~……」

 真正面からみつめてくる黒い瞳。この瞳はここ最近揺れなくて真っすぐだ。視線の強さにじわっと手のひらが汗ばんでくる。頬を指で掻きながら、誤魔化しきれなくて一部分だけを伝える。

「き、気持ち悪いとかって本当に思ってないよ……。ただ、俺、あぁいうことを人にされるの初めてでさ、自分の声や反応とか思い出したら恥ずかしくなって。変な態度とか取っちゃったなら、そのせい。だからさ、もうな、追求するのは勘弁して……」
「……」

 そのギリギリの範囲を探りながら、不自然に目を泳がす。動揺しまくってさらに顔に熱が溜まり、汗ばんでくる。

 すると、汗ばんだ俺の前髪を翔真の指が触れ、サイドに分けられた。

「……そうだったのか? そっか。──あ。あぁ、もう聞かないから。ごめん。あぁ、そんなに真っ赤にして。言いにくいこと聞き出して俺が悪かった」

 翔真が真っ赤な俺の顔に手でパタパタ扇いでくれる。どうやら、俺の返答に納得したようで、視線がフッと軽くなった気がする。
 見上げると、赤面が移ったように翔真の顔も赤い。
 彼も顔が赤いことに自覚があるのだろう。気まずそうに苦笑いをした。

「今の5分間の俺ってさ、必死すぎてダサすぎるよな? 映画を断られただけでこれだよ?」

 同意を求めているような視線に「……まぁ確かに」と頷くと、ぐしゃぐしゃと髪の毛を撫でまわされた。

 雰囲気が一気に和やかになり、いつもの空気にホッと静かに息を吐いたその時、廊下から翔真を呼ぶ女子の声がした。

「あれ? ふふ、翔真くんだ」

 翔真の大きな身体から顔だけ覗かせると、学年で一番美女と名高い百瀬さんがいた。百瀬さんは生徒会で書記を務めている才色兼備の女の子。清楚可憐、女優顔。

 百瀬さんは俺がいることに気づいて、一瞬困惑した表情になったが、静かに頭を下げた。それから、翔真の服の裾をちょっと引っ張る。

「私、翔真くんと一緒の大学を受けることにしたの。これから塾でしょう? よかったら、一緒に行かない?」

 同じ大学、一緒の塾。こんな美少女と。
 彼女は少し頬を染めてはにかんだような笑顔を作った。
 そして、二人にしか分からないことを彼女は話し始めた。塾のテストの結果はどうだった? 答え合わせを一緒にやろう──て。

 急に俺がいないような雰囲気になって、ポカンと口を開ける。
 でも、彼女の必死な様子が伝わってくるから、心の中でも文句は出なかった。
 百瀬さんは翔真にほの字なんだ。

(ホント、モテるよなぁ……)

 背負っていたリュックを背負い直して、反対側から出て行こうとした時、翔真の口から「はぁ」と大きな溜め息が漏れる。

「見れば分かると思うけど、今取り込み中だから」

 その言葉に、全力で両手を左右に振る。

「いやいや、何言ってるんだよ⁉ もう話終わったじゃん! 百瀬さん、俺は帰るから、ごゆっくり」
「千春、俺も一緒に」
「可愛い子優先だよ、な!」

 彼女に手を振ると、彼女は無言で会釈した。
 まだ話は終わっていないといわんばかりに翔真の手が伸びてきたけど、ひょいと避けて「じゃあね~、翔真は彼女と塾行きなさい!」と陽気な様子で手を振って彼らから離れた。

 教室ドアから出るときに「千春」と呼ぶ声と、「翔真くん、あのね私……」と言う声が聞こえる。
 その声は緊張を含んでいて、鈍感な俺でも告白が始まるのだと分かった。だから、振り向かずに教室から出た。
 すると、廊下にいた別クラスの女子が通りかかった。教室内にいる翔真と百瀬さんを見て、嘲笑うようなひねくれた表情をする。

「あのぶりっ子、盛岡くんに告白していたのかな? 無駄なのにね」
「あはは。今、盛岡くんって本気の子以外は無理なんでしょ。生涯寄り添いたい相手がいる──だっけ? ギャグなのか本気なのか分からないよね」
「本気っぽいよ。盛岡くんに告白した子からそう断られたって聞いたもん」
「えぇ~、ホントなんだぁ」

(へぇ、いいなぁ)

 彼女達から離れるために暫く早歩きで、廊下の角を曲がったところで全力疾走した。

「こら、廊下は走るな!」

 先生に注意されたのを無視するなんて、多分小学校低学年ぶりくらいだけど、構わず、走った。靴を履き替えるためだけ、止まって、また走って一気に校門を出た。

 校門を出たところで体力がつき、走るのをやめた。そこからは家路までトボトボと歩く。
 息を吸って吐いても苦しくて、胸いっぱいに濁り水が溜まっていくようだった。
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