一番うしろの席にいる奴とは、前世で一生を添い遂げました。

モト

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 夏休みがあと二日で始まる。
 学校の中庭を掃き掃除している最中、翔真に声をかけられた。
 みんみんみん、と蝉の声でその声はかき消される。

「え」
 みんみんみんみん

 もう一回聞き直しても、聞こえない。俺の足で10歩分の距離。彼はそれを大股の5歩で近づいて、腰を曲げて俺の顔を覗き込んでくる。
 あ、近い。

 翔真の顔を覗き込む行動はずっと以前からで、前はなんともなかったのに、今は激しく心臓が主張してくる。

「ポップコーン、シェアしよう」
 
 翔真は、何故か顔を強張らせた表情でそう言った。
 睨んでいるような目、怒っているようにも見える。
 だけど、それが翔真の真剣な顔だと知っている俺は、やや疑問を持ちながら頷いた。

「うん、いいよ。俺も食べる」
「じゃあ、夏休みのバイトのシフト、後でメールして」

 翔真はポケットから携帯を取り出した。何かを入力しているなと思ったら、俺のズボンがバイブで揺れる。
「ん」と翔真が目配せするので、携帯を手に持ちメール画面を開くと、翔真が通い始めた塾の夏期講習日が載っていた。翔真は受験組で、今年の夏は柔道ではなく勉強だ。

(……ん?)

 これを送ってくる意味もバイトのシフトを聞いてくる意味も分からない。
 首を傾げていると、ふくろうの前世を思い出すって翔真が口元を緩めながら言う。
 あぁ、ふくろうも首を傾げるからね。人間の首はあんなに傾かないが……。

「観たい作品、選んでおいて」
「……」
「キャラメル味、シェアしよう」

 観たい作品。──その言葉に映画館に誘われているのだと理解した。

 まさか映画だとはつゆ知らず安易に頷いてしまった。心臓を太鼓の棒でドォンッと叩かれたくらい、痛いと煩い。

 そういえば、いつぞやのバイト帰りにそんなことを言ったっけ。

「あは……よく覚えてんなぁ」
「まぁな、じゃあ、あとでメールを送ってくれ」

 ヨシヨシと撫でながら、翔真はまた掃き掃除に戻る。
 みんみんみんみんと煩いことをいいことに、俺は小さく「無理でしょ」と呟いた。

 手を動かせ~と校舎から見ていた担任の声が飛ぶから、手に持った竹ほうきを動かす。


 ───やっちゃった。
 翔真が好きだって自覚したけど、でも、俺は男。
 彼の女性関係を知っているから、初めから失恋している。
 元カノは何人か知っているけど、化粧バリバリで陽キャで派手めな子だった。

 俺が翔真と恋愛出来る要素なんてこれっぽっちもないのにさ、何回もループして考えている。無駄なのにと思いながら、掃除を終えて竹ほうきを物置き倉庫に片付けた。

「翔真、教室へ戻ろ」
「あぁ」

 自分から距離を置いて離れることも考えたけど、同じクラスだし、残りの学校生活を考えると、しんどい。
 だから、変な亀裂を生むくらいなら何もしないことを選択し、自分で自分を納得させていた。


 いつか、多分……、結構時間はかかるだろうけど、また友達の気持ちに戻れるはずだし。


 ◇


 教室に戻ると、真っ先に木田に映画館へ行かないかと声をかけた。
 自分のバイトのシフトと翔真の夏期講習の空き日を合わせると、8月の第一土曜日がベストだった。
 そうだ、困った時の木田。
 俺には木田がいる。
 いつもの三人なら大丈夫だと思って、奢るからと木田も誘ったのだが、秒で断わられた。

「その日、推しの握手会なんだよな」

 よりによって、握手会。
 木田の推しアイドルへの情熱は強火なので、叶うわけがない。

「なに、そんなに俺のこと誘いたいわけ? あ~……でも、盛岡っちはたまに強引なウザいお父さんみたいになるからな。たまに一人で反省はしているけどね。嫌なら断れば?」

「分かった。日程が合わなかったってことにするわ」

 携帯をズボンから取り出して、断りの文面を打とうとすると、手を掴まれる。

「───早! もうちょっと真剣に考えてやれよ⁉ キャラメル味のポップコーンをどうしても食べたい盛岡っちの気持ちも考えてやれ‼」
「え、どっちだよ」
「俺は、どっちとも友達なんだよ!」

 あぁ、お名前、友一だもんね……。
 友人想いだもんね、いい奴だよ。小学生の頃からのお付き合いなので、そりゃまぁ知っている。

 考えろと言われたから、翔真と二人っきりの映画を想像する。
 映画の上映中、翔真がポップコーンを指で持って俺の口元に運ぶ。俺もつい癖でそれを食べる。
 口が飽きないように、塩味とキャラメル味を交互にして口に運ばれる。そして、その指で彼もポップコーンを食べる。

 ──映画どころじゃない。
 心臓に負担がかかり過ぎる。俺は無理をしないスタイルだから、メールを打つ。
 映画はやっぱり断った。
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