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2話 入れ替わり公爵令嬢と女殺しのお兄様
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コンコン、とドアがノックされる。
私がどうぞ、と言うと、美しい白銀の髪を持つ高貴な青年が部屋に入ってきた。
「あっ、ヴェルス殿下! ご無沙汰しております。ご挨拶が遅れて申し訳ございません!」
「やあやあ、ミリア嬢。ごめんねー、今日も妹のワガママで不自由な思いをさせて」
「いえいえ! 大事な友達の頼みですから! これくらいなんでもありません!」
「へぇ。友達、かぁ」
私はすぐに、己の失言に気づき冷や汗を流した。
今目の前に立っているお方はヴェルス=アーケンブルグ殿下。
友好国であるアーケンブルグ王国の第二王子であられる、私よりも身分の高いお方だ。
そして彼の妹であるヴェネットもまた、同様の身分である。
それなのにいくら公爵家令嬢である私でも、気軽に友達などと呼ぶのは――
「も、申し訳ございません! ヴェネット殿下にはとても良くしていただいておりましてつい――」
「いや、いいんだよ。むしろ嬉しくてね。籠りがちだったあの子にも友達と呼んでくれる子が出来たんだなぁってね。今後ともよろしくしてやって欲しい」
「あ、ありがとうございます!」
私がそう言うと、ヴェルス殿下は二つあるうちのソファの一つに腰を掛け、私にも対面へ座るよう促してきた。
彼とお会いするのはこれで3度目だけど、未だに緊張の糸が解けない。
身分の差もあるけど、神が作った人形のように美しく整った顔立ちにその内面の器の広さを現すかのような穏やかな表情の組み合わせを前に間違いを犯してしまいそうな自分を抑えるのに必死なのが大きい。
(いつ見てもかっこいい人だなぁ……これでいて学芸に優れ人望も厚いだなんて、天は二物を与えずという言葉を疑っちゃうよ)
しかし私は婚約者を持つ身。
決して変な気を起こすことはないよう、今一度自分に強く戒める。
「それにしてもこれで何度目だい? キミとヴェネットが入れ替わるのは」
「今回で五回目、ですかね。ヴェネット殿下もお忙しい身故に気軽にはこちらへ来られないようですが、来た時は必ず一度は入れ替わっておりますので……」
「まあ、そのうちの二回――今回を含めたら三回は僕が付き添いで来ているからそれくらいだと思ったけど、すっかり満喫しちゃってるね。はは」
最初は今から3年前。この奇妙な関係のはじまりはあまりに唐突だった。
それまではたまたまアーケンブルグ王国からの使者の方をお目にかかる機会があって、その時に少しだけお話ししただけの関係だったのに。
何故か私はその後秘密裏に呼び出されて、
「お願い! 一日だけ私と入れ替わってほしいの!!」
そう、ヴェネットに頭を下げられたのだから、激しく動揺したのを今でも覚えている。
そこにはヴェルス殿下もいて、彼にも同じようにお願いをされたのだから余計にね。
どうやら私とヴェネット殿下は容姿がとても似ているらしく、お互い髪をちょっと変えるだけで見分けがつかないほどだったらしい。
一度王族として扱われない状態で街を歩いてみたかったらしく、私はその夢を叶える適任だったそうだ。
ヴェルス殿下としても溺愛する妹君の願いを叶えてあげたかったものの、平民に任せるには少々不安だったところに現れたのが公爵令嬢である私だったということで、この機を逃すまいと思っていたと後で聞いた。
それからというものの、ヴェネットはこちらへ来る際には必ず予定に余裕を持たせて私と入れ替わる生活を楽しんでいる。
その間私は基本的に貸し与えられた部屋で読書などをして過ごしているという訳だ。
「ところで私は少々小腹がすいたのだが、もしよければこの辺りに美味しい甘味処などがあれば是非付き合ってはもらえないかな?」
「甘味処、ですか? ですがその、今はヴェネット殿下のお姿を借りている状態ですのであまり外に出るのは……」
「なぁに。兄が妹をお茶に誘うのは何ら変なことではないだろう。少しくらいなら問題ないさ。それにキミもずっと部屋に籠っていたら気分も鬱屈としてしまうだろう」
「そ、そういうことでしたらぜひ……」
「あぁ、案内よろしく頼むよ」
そう言ってにこやかに笑うヴェルス殿下。
この人は多分、裏で女殺しとか言われてるんだろうな。
お付きのメイドさんなんかの心情を察すると、少し不憫に思えてきた。
そしてヴェルス殿下が立ち上がったのを見て、私も立ち上がったのだが。
ドタドタドタと激しい靴音が廊下を駆けるのが聞こえてきた。
何事か!? と身構えていると、バアンと激しくドアが開けられた。
「ヴェネット……?」
「はぁ、はぁーっ! 大変です! ミリア! お兄様!」
大きく息を切らしながらも、鋭く真剣なまなざしをこちらに向ける私――の姿をしたヴェネットがいた。
私がどうぞ、と言うと、美しい白銀の髪を持つ高貴な青年が部屋に入ってきた。
「あっ、ヴェルス殿下! ご無沙汰しております。ご挨拶が遅れて申し訳ございません!」
「やあやあ、ミリア嬢。ごめんねー、今日も妹のワガママで不自由な思いをさせて」
「いえいえ! 大事な友達の頼みですから! これくらいなんでもありません!」
「へぇ。友達、かぁ」
私はすぐに、己の失言に気づき冷や汗を流した。
今目の前に立っているお方はヴェルス=アーケンブルグ殿下。
友好国であるアーケンブルグ王国の第二王子であられる、私よりも身分の高いお方だ。
そして彼の妹であるヴェネットもまた、同様の身分である。
それなのにいくら公爵家令嬢である私でも、気軽に友達などと呼ぶのは――
「も、申し訳ございません! ヴェネット殿下にはとても良くしていただいておりましてつい――」
「いや、いいんだよ。むしろ嬉しくてね。籠りがちだったあの子にも友達と呼んでくれる子が出来たんだなぁってね。今後ともよろしくしてやって欲しい」
「あ、ありがとうございます!」
私がそう言うと、ヴェルス殿下は二つあるうちのソファの一つに腰を掛け、私にも対面へ座るよう促してきた。
彼とお会いするのはこれで3度目だけど、未だに緊張の糸が解けない。
身分の差もあるけど、神が作った人形のように美しく整った顔立ちにその内面の器の広さを現すかのような穏やかな表情の組み合わせを前に間違いを犯してしまいそうな自分を抑えるのに必死なのが大きい。
(いつ見てもかっこいい人だなぁ……これでいて学芸に優れ人望も厚いだなんて、天は二物を与えずという言葉を疑っちゃうよ)
しかし私は婚約者を持つ身。
決して変な気を起こすことはないよう、今一度自分に強く戒める。
「それにしてもこれで何度目だい? キミとヴェネットが入れ替わるのは」
「今回で五回目、ですかね。ヴェネット殿下もお忙しい身故に気軽にはこちらへ来られないようですが、来た時は必ず一度は入れ替わっておりますので……」
「まあ、そのうちの二回――今回を含めたら三回は僕が付き添いで来ているからそれくらいだと思ったけど、すっかり満喫しちゃってるね。はは」
最初は今から3年前。この奇妙な関係のはじまりはあまりに唐突だった。
それまではたまたまアーケンブルグ王国からの使者の方をお目にかかる機会があって、その時に少しだけお話ししただけの関係だったのに。
何故か私はその後秘密裏に呼び出されて、
「お願い! 一日だけ私と入れ替わってほしいの!!」
そう、ヴェネットに頭を下げられたのだから、激しく動揺したのを今でも覚えている。
そこにはヴェルス殿下もいて、彼にも同じようにお願いをされたのだから余計にね。
どうやら私とヴェネット殿下は容姿がとても似ているらしく、お互い髪をちょっと変えるだけで見分けがつかないほどだったらしい。
一度王族として扱われない状態で街を歩いてみたかったらしく、私はその夢を叶える適任だったそうだ。
ヴェルス殿下としても溺愛する妹君の願いを叶えてあげたかったものの、平民に任せるには少々不安だったところに現れたのが公爵令嬢である私だったということで、この機を逃すまいと思っていたと後で聞いた。
それからというものの、ヴェネットはこちらへ来る際には必ず予定に余裕を持たせて私と入れ替わる生活を楽しんでいる。
その間私は基本的に貸し与えられた部屋で読書などをして過ごしているという訳だ。
「ところで私は少々小腹がすいたのだが、もしよければこの辺りに美味しい甘味処などがあれば是非付き合ってはもらえないかな?」
「甘味処、ですか? ですがその、今はヴェネット殿下のお姿を借りている状態ですのであまり外に出るのは……」
「なぁに。兄が妹をお茶に誘うのは何ら変なことではないだろう。少しくらいなら問題ないさ。それにキミもずっと部屋に籠っていたら気分も鬱屈としてしまうだろう」
「そ、そういうことでしたらぜひ……」
「あぁ、案内よろしく頼むよ」
そう言ってにこやかに笑うヴェルス殿下。
この人は多分、裏で女殺しとか言われてるんだろうな。
お付きのメイドさんなんかの心情を察すると、少し不憫に思えてきた。
そしてヴェルス殿下が立ち上がったのを見て、私も立ち上がったのだが。
ドタドタドタと激しい靴音が廊下を駆けるのが聞こえてきた。
何事か!? と身構えていると、バアンと激しくドアが開けられた。
「ヴェネット……?」
「はぁ、はぁーっ! 大変です! ミリア! お兄様!」
大きく息を切らしながらも、鋭く真剣なまなざしをこちらに向ける私――の姿をしたヴェネットがいた。
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