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33話 覚醒の兆し

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 天より降り注ぐ純白の光に照らされた夜の荒野。
 遮るものが何もない決戦の地で、二人の男が剣を交えていた。

「ハァ……ハァッ……」

「ふぅ……くくっ、楽しんでるか小僧!」

「……えぇ!!」

 紫の光を纏い、大振りの刀を構えるクロムに対し、宙に浮きながら紅きオーラと金色の雷を纏い大剣を担ぎ上げるアルファン。
 その額には汗が滲み、刀を握る手にも若干の震えがあるも、両足はいまだに大地をしかと踏みしめ、目は鋭く相手を捉えていた。
 
 既にクロムは新たな強化形態である紫奏剣冴シソウケンゴを発動させている。
 これこそがこれまでのアルファンとの修行の成果であり、妖刀と一体化することで莫大な力を引き出すことを可能とした状態だ。

 もはや無尽蔵にすら思える膨大な妖力を強靭な精神で制御し、己の戦闘能力に反映させているが、その分消耗も激しい。
 妖力に限りはないが、クロムの肉体がその力に耐えきれないのだ。
 すでにこの形態に移行してから30分以上戦闘を行なっている。
 普段ならとっくに限界を迎えて倒れているところだが……

(まだだ……まだ倒れないっ……僕はもっと……もっと強くならなきゃいけないっ……)

 思い返すのは、先日のジプラレア遺跡での出来事。
 ルフランの姉、フェルマは強かった。
 あの時はクロムが一方的に圧していたが、彼女が全然本気を出していなかったのは明白だ。
 もし彼女があの悪魔のような素顔を曝け出した状態で本気で向かってきていたらと思うと……

至天水刀流してんすいとうりゅう水天斬スイテンザン

「――ふっ」

 クロムは一瞬にしてアルファンとの距離を詰め、文字通り天を斬り割かんばかりの勢いで妖刀を振るう。
 だが、アルファンはまるで後ろに目がついてるかのように視線を向けることなく大剣の腹でそれを防ぎ、弾き返した。
 だが、その手応えに違和感を覚え、振り向くと、弾き返したはずのクロムの刀はそこにはなく、彼は既にアルファンの足下へと移動していた。

「至天水刀流・滝登り」

「甘ぇ!」

 それは流れに逆らい大滝を駆け上がる鯉の如く、紫に染め上げられた刃はやがて竜を成す。
 しかしそれすらもアルファンは対応してみせた。
 空中での強引な体勢変更。重々しい大剣をまるでオモチャのように操り、竜刃を防ぐ。
 伊達に何十年間も大剣一筋で戦ってきてはいない。この程度の高速戦闘など慣れたものなのだ。

 だがクロムも負けてはいない。
 防がれたのを認識した時点で攻撃を中断し、空を蹴って瞬間移動を試みる。

(次が本命の一撃ッ――)

 幾度となくアルファンと対峙してきたクロムは、この程度の攻撃が防がれることなど百も承知。
 しかし一撃の重さではどう考えてもアルファンに分がある以上、真正面から初手で最大の攻撃を叩き込むのは愚策でしかない。
 それならばクロムは自らの得意とする高速戦闘で可能な限りアルファンの動きを妨害し、最も効果的なタイミングで最高の一撃を叩き込むのだ。

至天水刀流奥義してんすいとうりゅうおうぎバクッッ!!」

 凪が反撃の奥義ならば、瀑は攻めの奥義。
 両手で柄を握り、最大限まで引き出した妖力を溢れさせながら、紫の流星が迫り来る。
 アルファンの死角から攻め込む必殺の一撃だ。

「チィッ――」

 回避が間に合わねえ……
 そう判断したアルファンは、避け切ることを諦め、ダメージを最小限に留める方針に移行した。
 狙いをつけたクロムを騙すように、限界まで引きつけ、皮一枚のところで身を逸らす。

「ぐぅっ……」

 直後、鋭い痛みが走る。
 致命傷こそ避けたものの、脇腹を軽く抉られた。
 もしこれを受けたのが自分でなければ間違いなく死に至っていたであろう、恐るべき一撃だった。

 さらなる強さを追い求めんとするクロムに対して、アルファンはいつものようにこう言った。
 本気で来い、と。
 それは決して稽古の延長線上で、という意味ではない。
 命のやり取りすら覚悟した上でかかってこいという意味だ。

 全力を以て刀を振り切ったクロムの体はそのまま地面に吸い込まれていき、着地と同時に倒れ――なかった。
 ふらふらとおぼつかない足取りながら、妖刀を片手に振り返り、妖の面を被ったかのような顔でアルファンを睨みつけた。
 そしてゆっくりと刀身を上げ、その切先を彼へと向ける。
 それと共に彼のカタチが深みを増し、より異形に迫らんとしていくのが見えた。

(こりゃあもうじきな……)

 紫奏剣冴はあくまで妖刀との繋がりを強めるきっかけに過ぎない。
 クロムがあの刀の真の使い手と成った暁には、この程度では済まない。この世界で最も強大かつ凶悪な力を振るう最強剣士の爆誕だ。

(だがそれは今じゃねえ。その力を振るうにはまだお前の体は若すぎる。今は少しずつ馴染ませていけばいい……)

 瞬時に腹の傷を癒やし、大剣を構える。
 暴走しつつある弟子を止めるのは師である自分の役目。
 もはや技名すら口にすることなく突っ込んできたクロムに対して冷静に剣を振るった。
 
 妖力に侵され、段々と人の道から踏み外そうとしているクロムだが、どうやらクロムの肉体はそれに適応するだけの資質を秘めているらしい。
 ならばそれが完成するまで付き合ってやろう。
 一度弟子に取ると決めたのならば、それが筋というものだろう。

 彼にとっても妖刀という存在は未知数。
 これからクロムにどのような変化を与えるのかはわからない。
 だが、覚醒の時は近い。
 それだけは確信していた。

 
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