34 / 43
32話 贈り物
しおりを挟む
「むむむぅ……出ろっ! まほー出ろっ!」
そよ風に木の葉が揺らぐ春の森。
間も無く日が落ちようとしている中、赤毛の少女が一人、小さな杖を精一杯握りしめて魔の法をなさんとしていた。
しかし結果はまるでダメ。
その杖先からは小さな火種一つ発生することはなかった。
「あっ、こんなところにいた。ルフラン。もう少しでご飯だよ」
「フェルマ……」
「――もしかして魔法の練習中だった?」
「……うん」
バツが悪そうに頬を掻くルフランの姿を見て、今日も上手くいかなかったんだなとフェルマは悟った。
不思議なことに、ルフランは自身と同じく莫大な魔力を生まれ持ったはずなのに、なぜか魔法の一切を発動させることができない。
フェルマとしても自分が魔法を使ってみせたときのルフランの羨望と悲哀が混ざった眼差しを見るのが辛かった。
「ねぇフェルマ。どうしてあたしは魔法を使えないんだろ。魔力はあるんでしょ? でも魔法はさっぱり。なんでなんだろ……」
「それは……」
それは妹の口から幾度となく聞いた言葉。
フェルマはその問いに対する答えを持ち合わせていなかった。
「――なんてね! いいの! あたしには魔法が使えなくたって、あたしのことを守ってくれるお姉ちゃんがいるから! ね、フェルマ!」
「えっ、ああ、うん。そうだね……どんな時でもルフランのことはわたしが護るから」
「ありがと! さ、かえろっ! ごはんごはん!」
精一杯の笑顔を作って、振り返るルフラン。
ああ、そんな顔しないで。あなたにそんな表情は似合わない。
花は自然に咲くからこそ美しいの。枯れた花に魔法をかけたって本来の美しさには及ばない。
「ねえっ! ルフラン!」
「……? なぁに? フェルマ」
「今日はあなたの大好きなシチューを作ったの! 楽しみにしてて!」
「……うんっ!」
今のフェルマにできることはこれくらいだった。
慰めの言葉が意味をなさないことを知っている。励ましの言葉だってわたしにはきっと言われたくないだろう。
だから、これでいいのだ。
「あっ、おばーちゃん! こんにちは!」
「あらこんにちは。ルフランちゃん。フェルマちゃん」
「こんにちは。メーザさん」
町に帰ると、二人の姉妹に声をかける老婆がいた。
杖をつき、すっかり腰が丸くなってしまったが、二人を見つめる温和な眼差しは変わらぬままだった。
「相変わらず仲がいいわねえ。どんな時でも姉妹仲良く。感心感心」
「えへへっ、そうでしょ!」
「…………」
楽しそうに談笑する二人。
しかしフェルマには一つ、見過ごせない気になるところがあった。
それは彼女の頬に浮かび上がった不自然に白いアザだった。
「メーザさん。その頬のアザ……」
「ああ、これかい? なんか最近になってできちゃったのよねえ……ま、別に痛くもなんともないから気にしちゃいないけどね」
「だいじょーぶ?」
「ああ、大丈夫さ。他にも何個かできちまったけどこの通りピンピンしとるさ」
「――――ッッ!!」
「……? どうしたの?」
「――ううん、なんでもない。それじゃあメーザさん、わたしたちはこれで。さ、帰ろうルフラン」
「ええ。さようなら」
フェルマはやや強引にルフランを連れて家路に着いた。
メーザはその様子を微笑ましそうに見つめていた。
「……ねぇ、ルフラン。手、つなご」
「えっ? もう少しで家に着くのに?」
「……うん。おねがい」
「……? わかった!」
フェルマの突然な誘いに困惑するも、特に断る理由がなかったのでルフランはそれに応じ、フェルマの手を握った。
氷を扱う魔法使いであるフェルマの手は真っ白で少し冷たかったが、ルフランはこの感触が好きだった。
そしてフェルマもルフランの手が触れると、決して離さないと言わんばかりに優しく強く握り返した。
♢♢♢
「フェルマ。どうしてなの……?」
そこはいつもルフランが修行場として使っている空き地。
大木を背に膝を抱えて座る赤髪の少女――ルフランは、遠く離れた存在になってしまった姉のことを思い出していた。
何を思い出しても、頭に浮かんでくるのは楽しい記憶ばかり。
フェルマはいつだって自分の味方だったし、町や家族のことを愛した優しい姉だった。
でも、それより先――あの地獄の日に至るまでの記憶には何やらぽっかり穴が空いているような気がしてならない。
どんな生活をして、どんな出来事があったのかはぼんやりと思い浮かぶけれど、その記憶に深く触れようとすると何故かモヤがかかったようにあやふやになる。
(……あたしは一体、何を忘れているの? あたしはフェルマのこと、本当は何も知らないのかな……?)
これまではあの惨劇を引き起こした犯罪者のフェルマが許せなくて、怒りに身を任せてフェルマに当たることしか考えてこなかったけれど。
あの優しい姉が変貌したのには必ず何か理由があるはずなのだ。
一度対峙してみて、それからこうして冷静になって考えてみると、色々と考えてしまう。
今にして考えてみれば、フェルマは露骨なまでにルフランに興味を示さないどころか、突き放そうとしていたようにすら思えてくる。
「……本当にもう、戻れないのかな」
幸せいっぱいの日常はもう、帰ってこない。
生き残ったたった一人の家族である姉は遥か遠くへ行ってしまった。
精一杯、自分の方を向けとアピールしても、彼女はその顔を隠すフードを脱ごうとすらしなかった。
孤独。どうしようもない寂しさと、虚しさと、悲しさが胸に穴を開ける。
それを埋めるためにはもう、フェルマへの怒りを燃やし続けるしかないのだ。
「…………」
水滴が頬を濡らした。
これはきっと、降り始めたばかりの小雨のせいだ。
今日はもう、帰ろう。そう思っていたら――
「――いたっ! ルフラン!」
「えっ……クロム……?」
彼と別れたのは1週間ほど前のこと。
邪魔をしては悪いと思いこうして一人で修行をしつつ、己の中の気持ちに整理をつけようとしていた。
だが今日も結局納得のいく答えは出ずに帰ろうとしていた矢先に、パートナーの少年は息を切らしながらやってきた。
「はぁ、はぁ……良かった! 間に合った!」
「どうしてこんなところに……」
「エルミアさんが教えてくれたんです! この時間ならここにルフランがいるかもって!」
そう言われてふと思い出す。
あの日、一人で修行をしていた中エルミアに声をかけられたのはこの場所だったなと。
そしてクロムは布に被せてあった何かを自慢げにルフランに見せつけた。
「……それってもしかして」
「――はいっ! できました! ルフランの杖!」
自信満々に布を取り出すと、一振りの小さな杖が姿を現した。
先端に練魂石があてがわれた木製の杖。
シンプルながら洗練されたフォルムには芸術的な美しさすら覚え、何より先端の練魂石には強く目を奪われた。
「名付けるならソウル・グリード――ってエルミアさんが言ってました!」
ソウル・グリード。
それは己の魂の力を引き出し、奪い取り、魔法に乗せて放つことができる革新的な杖だ。
使い手が強くなればなるほどその輝きを増す、未来ある魔法使いに相応しい逸品。
ルフランがその杖を手にとると、その異質さと重さに戦慄した。
「――すごいわね、これ」
「やっぱりそうなんですね! その、僕は魔力が全くないのであまり凄さは感じられなかったんですけど――」
エルミアは相当良いものが出来たと自慢げに言っていたことを伝えると、ルフランはそれに納得して杖を撫でた。
この杖とならば、もっと自分は強くなれるかもしれない。
そう思わせてしまうくらい、魅力的な杖だった。
しかし……
「ありがと、クロム。でもあたしがこんなに良い杖もらっちゃって良いのかな――」
「あっ、待ってください! これだけじゃないんです! もう一つ――えっとこれこれ! これも受け取ってください」
ルフランの声を遮るように、クロムが懐から何かを取り出した。
そしてそれを半ば強引にフェルマに握らせた。
手を開いてみるとそこには、
「……指輪?」
「はい!」
それはやや歪な形をしているが、練魂石を用いて作られた指輪だった。
淡い紫に輝くそれは、他の宝石にも勝るとも劣らない美しさだ。
そしてクロムはまたも自慢げにもう一つの指輪を指で挟んでルフランに見せつけた。
「これって……」
「練魂石が余ったので作ってみたんです。エルミアさんにお願いして、魔力を込めると自動で防御結界を張る術式を組んでもらいました。残念ながら僕には扱えないんですけど、せっかくなのでお揃いで!」
「お揃いって……ええっ……?」
満面の笑みを浮かべながら力説するクロムに、困惑の表情を隠せないルフラン。
「あっ……もしかしてお揃いは嫌でしたか……?」
「う、うぅん。そんなことはない、けど。これって、クロムが作ってくれたの……?」
「えへへ……エルミアさんの知り合いの人に教えてもらいながら作ってみました! ちょっと形は歪になっちゃったけど……」
「そんな……」
軽々と言っているが、そんな簡単に作れるようなものではないだろう。
どうして自分のためにそこまでしてくれるのか。
ルフランには理由が分からなかった。
だがクロムはその考えすらお見通しと言った様子で語り出した。
「……実は僕、ずっとルフランとお揃いの何かが欲しかったんです。これまでもこれからも、ずっと仲間だよって証が欲しくて。やっぱり形あるもので残しておく方が、安心できるじゃないですか」
「クロム……」
「ルフランは……冒険者ギルドで右も左も分からない僕を誘ってくれた。なんの価値もないと思ってた僕のことを対等な仲間として扱ってくれた、たった一人の大切な人なんです」
エルミアはあくまでクロムのことを保護対象としてみているだろう。
アルファンはあくまで弟子としてクロムを扱っている。
そんな中、ルフランだけは唯一対等に、まっすぐ自分を見てくれている存在だった。
初めて出来た仲間――いや、友達と言うべきか。
それがクロムにとっては何にも変え難い宝物で、これまでずっと欲しくてたまらなかったものだったのだ。
「だから、受け取ってくれませんか。僕たちの友情の証。これからも隣で戦ってほしいと言う僕の思い」
「――――っ!」
よくもまあそんなセリフを恥ずかしげもなく言えるものだと、逆にルフランが顔を赤くしてしまったが、改めてクロムの目を見てみると、どう見ても真剣そのものの眼差しだった。
嘘偽りのない、純粋な気持ち。
まっすぐ、曇りなき言葉で彼は伝えてきた。
(……何が孤独よ。バカみたい。いるじゃない。こんなにすぐそばに、あたしのことを必要としてくれる大切な人が)
家族はいなくても、自分の必要とする友がいる。
それだけで十分ではないか。
勝手に広げた心の穴が、たった一人の小さな少年の言葉でこんなにも簡単に埋まっていく。
「……うん、もらうわ。ありがとう」
素直にそう一言、礼を言って、指輪を嵌めたルフランだった。
そよ風に木の葉が揺らぐ春の森。
間も無く日が落ちようとしている中、赤毛の少女が一人、小さな杖を精一杯握りしめて魔の法をなさんとしていた。
しかし結果はまるでダメ。
その杖先からは小さな火種一つ発生することはなかった。
「あっ、こんなところにいた。ルフラン。もう少しでご飯だよ」
「フェルマ……」
「――もしかして魔法の練習中だった?」
「……うん」
バツが悪そうに頬を掻くルフランの姿を見て、今日も上手くいかなかったんだなとフェルマは悟った。
不思議なことに、ルフランは自身と同じく莫大な魔力を生まれ持ったはずなのに、なぜか魔法の一切を発動させることができない。
フェルマとしても自分が魔法を使ってみせたときのルフランの羨望と悲哀が混ざった眼差しを見るのが辛かった。
「ねぇフェルマ。どうしてあたしは魔法を使えないんだろ。魔力はあるんでしょ? でも魔法はさっぱり。なんでなんだろ……」
「それは……」
それは妹の口から幾度となく聞いた言葉。
フェルマはその問いに対する答えを持ち合わせていなかった。
「――なんてね! いいの! あたしには魔法が使えなくたって、あたしのことを守ってくれるお姉ちゃんがいるから! ね、フェルマ!」
「えっ、ああ、うん。そうだね……どんな時でもルフランのことはわたしが護るから」
「ありがと! さ、かえろっ! ごはんごはん!」
精一杯の笑顔を作って、振り返るルフラン。
ああ、そんな顔しないで。あなたにそんな表情は似合わない。
花は自然に咲くからこそ美しいの。枯れた花に魔法をかけたって本来の美しさには及ばない。
「ねえっ! ルフラン!」
「……? なぁに? フェルマ」
「今日はあなたの大好きなシチューを作ったの! 楽しみにしてて!」
「……うんっ!」
今のフェルマにできることはこれくらいだった。
慰めの言葉が意味をなさないことを知っている。励ましの言葉だってわたしにはきっと言われたくないだろう。
だから、これでいいのだ。
「あっ、おばーちゃん! こんにちは!」
「あらこんにちは。ルフランちゃん。フェルマちゃん」
「こんにちは。メーザさん」
町に帰ると、二人の姉妹に声をかける老婆がいた。
杖をつき、すっかり腰が丸くなってしまったが、二人を見つめる温和な眼差しは変わらぬままだった。
「相変わらず仲がいいわねえ。どんな時でも姉妹仲良く。感心感心」
「えへへっ、そうでしょ!」
「…………」
楽しそうに談笑する二人。
しかしフェルマには一つ、見過ごせない気になるところがあった。
それは彼女の頬に浮かび上がった不自然に白いアザだった。
「メーザさん。その頬のアザ……」
「ああ、これかい? なんか最近になってできちゃったのよねえ……ま、別に痛くもなんともないから気にしちゃいないけどね」
「だいじょーぶ?」
「ああ、大丈夫さ。他にも何個かできちまったけどこの通りピンピンしとるさ」
「――――ッッ!!」
「……? どうしたの?」
「――ううん、なんでもない。それじゃあメーザさん、わたしたちはこれで。さ、帰ろうルフラン」
「ええ。さようなら」
フェルマはやや強引にルフランを連れて家路に着いた。
メーザはその様子を微笑ましそうに見つめていた。
「……ねぇ、ルフラン。手、つなご」
「えっ? もう少しで家に着くのに?」
「……うん。おねがい」
「……? わかった!」
フェルマの突然な誘いに困惑するも、特に断る理由がなかったのでルフランはそれに応じ、フェルマの手を握った。
氷を扱う魔法使いであるフェルマの手は真っ白で少し冷たかったが、ルフランはこの感触が好きだった。
そしてフェルマもルフランの手が触れると、決して離さないと言わんばかりに優しく強く握り返した。
♢♢♢
「フェルマ。どうしてなの……?」
そこはいつもルフランが修行場として使っている空き地。
大木を背に膝を抱えて座る赤髪の少女――ルフランは、遠く離れた存在になってしまった姉のことを思い出していた。
何を思い出しても、頭に浮かんでくるのは楽しい記憶ばかり。
フェルマはいつだって自分の味方だったし、町や家族のことを愛した優しい姉だった。
でも、それより先――あの地獄の日に至るまでの記憶には何やらぽっかり穴が空いているような気がしてならない。
どんな生活をして、どんな出来事があったのかはぼんやりと思い浮かぶけれど、その記憶に深く触れようとすると何故かモヤがかかったようにあやふやになる。
(……あたしは一体、何を忘れているの? あたしはフェルマのこと、本当は何も知らないのかな……?)
これまではあの惨劇を引き起こした犯罪者のフェルマが許せなくて、怒りに身を任せてフェルマに当たることしか考えてこなかったけれど。
あの優しい姉が変貌したのには必ず何か理由があるはずなのだ。
一度対峙してみて、それからこうして冷静になって考えてみると、色々と考えてしまう。
今にして考えてみれば、フェルマは露骨なまでにルフランに興味を示さないどころか、突き放そうとしていたようにすら思えてくる。
「……本当にもう、戻れないのかな」
幸せいっぱいの日常はもう、帰ってこない。
生き残ったたった一人の家族である姉は遥か遠くへ行ってしまった。
精一杯、自分の方を向けとアピールしても、彼女はその顔を隠すフードを脱ごうとすらしなかった。
孤独。どうしようもない寂しさと、虚しさと、悲しさが胸に穴を開ける。
それを埋めるためにはもう、フェルマへの怒りを燃やし続けるしかないのだ。
「…………」
水滴が頬を濡らした。
これはきっと、降り始めたばかりの小雨のせいだ。
今日はもう、帰ろう。そう思っていたら――
「――いたっ! ルフラン!」
「えっ……クロム……?」
彼と別れたのは1週間ほど前のこと。
邪魔をしては悪いと思いこうして一人で修行をしつつ、己の中の気持ちに整理をつけようとしていた。
だが今日も結局納得のいく答えは出ずに帰ろうとしていた矢先に、パートナーの少年は息を切らしながらやってきた。
「はぁ、はぁ……良かった! 間に合った!」
「どうしてこんなところに……」
「エルミアさんが教えてくれたんです! この時間ならここにルフランがいるかもって!」
そう言われてふと思い出す。
あの日、一人で修行をしていた中エルミアに声をかけられたのはこの場所だったなと。
そしてクロムは布に被せてあった何かを自慢げにルフランに見せつけた。
「……それってもしかして」
「――はいっ! できました! ルフランの杖!」
自信満々に布を取り出すと、一振りの小さな杖が姿を現した。
先端に練魂石があてがわれた木製の杖。
シンプルながら洗練されたフォルムには芸術的な美しさすら覚え、何より先端の練魂石には強く目を奪われた。
「名付けるならソウル・グリード――ってエルミアさんが言ってました!」
ソウル・グリード。
それは己の魂の力を引き出し、奪い取り、魔法に乗せて放つことができる革新的な杖だ。
使い手が強くなればなるほどその輝きを増す、未来ある魔法使いに相応しい逸品。
ルフランがその杖を手にとると、その異質さと重さに戦慄した。
「――すごいわね、これ」
「やっぱりそうなんですね! その、僕は魔力が全くないのであまり凄さは感じられなかったんですけど――」
エルミアは相当良いものが出来たと自慢げに言っていたことを伝えると、ルフランはそれに納得して杖を撫でた。
この杖とならば、もっと自分は強くなれるかもしれない。
そう思わせてしまうくらい、魅力的な杖だった。
しかし……
「ありがと、クロム。でもあたしがこんなに良い杖もらっちゃって良いのかな――」
「あっ、待ってください! これだけじゃないんです! もう一つ――えっとこれこれ! これも受け取ってください」
ルフランの声を遮るように、クロムが懐から何かを取り出した。
そしてそれを半ば強引にフェルマに握らせた。
手を開いてみるとそこには、
「……指輪?」
「はい!」
それはやや歪な形をしているが、練魂石を用いて作られた指輪だった。
淡い紫に輝くそれは、他の宝石にも勝るとも劣らない美しさだ。
そしてクロムはまたも自慢げにもう一つの指輪を指で挟んでルフランに見せつけた。
「これって……」
「練魂石が余ったので作ってみたんです。エルミアさんにお願いして、魔力を込めると自動で防御結界を張る術式を組んでもらいました。残念ながら僕には扱えないんですけど、せっかくなのでお揃いで!」
「お揃いって……ええっ……?」
満面の笑みを浮かべながら力説するクロムに、困惑の表情を隠せないルフラン。
「あっ……もしかしてお揃いは嫌でしたか……?」
「う、うぅん。そんなことはない、けど。これって、クロムが作ってくれたの……?」
「えへへ……エルミアさんの知り合いの人に教えてもらいながら作ってみました! ちょっと形は歪になっちゃったけど……」
「そんな……」
軽々と言っているが、そんな簡単に作れるようなものではないだろう。
どうして自分のためにそこまでしてくれるのか。
ルフランには理由が分からなかった。
だがクロムはその考えすらお見通しと言った様子で語り出した。
「……実は僕、ずっとルフランとお揃いの何かが欲しかったんです。これまでもこれからも、ずっと仲間だよって証が欲しくて。やっぱり形あるもので残しておく方が、安心できるじゃないですか」
「クロム……」
「ルフランは……冒険者ギルドで右も左も分からない僕を誘ってくれた。なんの価値もないと思ってた僕のことを対等な仲間として扱ってくれた、たった一人の大切な人なんです」
エルミアはあくまでクロムのことを保護対象としてみているだろう。
アルファンはあくまで弟子としてクロムを扱っている。
そんな中、ルフランだけは唯一対等に、まっすぐ自分を見てくれている存在だった。
初めて出来た仲間――いや、友達と言うべきか。
それがクロムにとっては何にも変え難い宝物で、これまでずっと欲しくてたまらなかったものだったのだ。
「だから、受け取ってくれませんか。僕たちの友情の証。これからも隣で戦ってほしいと言う僕の思い」
「――――っ!」
よくもまあそんなセリフを恥ずかしげもなく言えるものだと、逆にルフランが顔を赤くしてしまったが、改めてクロムの目を見てみると、どう見ても真剣そのものの眼差しだった。
嘘偽りのない、純粋な気持ち。
まっすぐ、曇りなき言葉で彼は伝えてきた。
(……何が孤独よ。バカみたい。いるじゃない。こんなにすぐそばに、あたしのことを必要としてくれる大切な人が)
家族はいなくても、自分の必要とする友がいる。
それだけで十分ではないか。
勝手に広げた心の穴が、たった一人の小さな少年の言葉でこんなにも簡単に埋まっていく。
「……うん、もらうわ。ありがとう」
素直にそう一言、礼を言って、指輪を嵌めたルフランだった。
47
お気に入りに追加
310
あなたにおすすめの小説

追放された回復術師は、なんでも『回復』できて万能でした
新緑あらた
ファンタジー
死闘の末、強敵の討伐クエストを達成した回復術師ヨシュアを待っていたのは、称賛の言葉ではなく、解雇通告だった。
「ヨシュア……てめえはクビだ」
ポーションを湯水のように使える最高位冒険者になった彼らは、今まで散々ポーションの代用品としてヨシュアを利用してきたのに、回復術師は不要だと考えて切り捨てることにしたのだ。
「ポーションの下位互換」とまで罵られて気落ちしていたヨシュアだったが、ブラックな労働をしいるあのパーティーから解放されて喜んでいる自分に気づく。
危機から救った辺境の地方領主の娘との出会いをきっかけに、彼の世界はどんどん広がっていく……。
一方、Sランク冒険者パーティーはクエストの未達成でどんどんランクを落としていく。
彼らは知らなかったのだ、ヨシュアが彼らの傷だけでなく、状態異常や武器の破損など、なんでも『回復』していたことを……。

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜
サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」
孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。
淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。
だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。
1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。
スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。
それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。
それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。
増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。
一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。
これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。
勇者に全部取られたけど幸せ確定の俺は「ざまぁ」なんてしない!
石のやっさん
ファンタジー
皆さまの応援のお陰でなんと【書籍化】しました。
応援本当に有難うございました。
イラストはサクミチ様で、アイシャにアリス他美少女キャラクターが絵になりましたのでそれを見るだけでも面白いかも知れません。
書籍化に伴い、旧タイトル「パーティーを追放された挙句、幼馴染も全部取られたけど「ざまぁ」なんてしない!だって俺の方が幸せ確定だからな!」
から新タイトル「勇者に全部取られたけど幸せ確定の俺は「ざまぁ」なんてしない!」にタイトルが変更になりました。
書籍化に伴いまして設定や内容が一部変わっています。
WEB版と異なった世界が楽しめるかも知れません。
この作品を愛して下さった方、長きにわたり、私を応援をし続けて下さった方...本当に感謝です。
本当にありがとうございました。
【以下あらすじ】
パーティーでお荷物扱いされていた魔法戦士のケインは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことを悟った彼は、一人さった...
ここから、彼は何をするのか? 何もしないで普通に生活するだけだ「ざまぁ」なんて必要ない、ただ生活するだけで幸せなんだ...俺にとって勇者パーティーも幼馴染も離れるだけで幸せになれるんだから...
第13回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞作品。
何と!『現在3巻まで書籍化されています』
そして書籍も堂々完結...ケインとは何者か此処で正体が解ります。
応援、本当にありがとうございました!
『おっさんの元勇者』~Sランクの冒険者はギルドから戦力外通告を言い渡される~
川嶋マサヒロ
ファンタジー
ダンジョン攻略のために作られた冒険者の街、サン・サヴァン。
かつて勇者とも呼ばれたベテラン冒険者のベルナールは、ある日ギルドマスターから戦力外通告を言い渡される。
それはギルド上層部による改革――、方針転換であった。
現役のまま一生を終えようとしていた一人の男は途方にくれる。
引退後の予定は無し。備えて金を貯めていた訳でも無し。
あげく冒険者のヘルプとして、弟子を手伝いスライム退治や、食肉業者の狩りの手伝いなどに精をだしていた。
そして、昔の仲間との再会――。それは新たな戦いへの幕開けだった。
イラストは
ジュエルセイバーFREE 様です。
URL:http://www.jewel-s.jp/

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。

クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした
コレゼン
ファンタジー
小日向 悠(コヒナタ ユウ)は、クラスメイトと一緒に異世界召喚に巻き込まれる。
クラスメイトの幾人かは勇者に剣聖、賢者に聖女というレアスキルを授かるが一方、ユウが授かったのはなんと外れスキルの無能だった。
召喚国の責任者の女性は、役立たずで戦力外のユウを奈落というダンジョンへゴミとして廃棄処分すると告げる。
理不尽に奈落へと追放したクラスメイトと召喚者たちに対して、ユウは復讐を誓う。
ユウは奈落で無能というスキルが実は『すべてを無にする』、最強のチートスキルだということを知り、奈落の規格外の魔物たちを無能によって倒し、規格外の強さを身につけていく。
これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。

パーティのお荷物と言われて追放されたけど、豪運持ちの俺がいなくなって大丈夫?今更やり直そうと言われても、もふもふ系パーティを作ったから無理!
蒼衣翼
ファンタジー
今年十九歳になった冒険者ラキは、十四歳から既に五年、冒険者として活動している。
ところが、Sランクパーティとなった途端、さほど目立った活躍をしていないお荷物と言われて追放されてしまう。
しかしパーティがSランクに昇格出来たのは、ラキの豪運スキルのおかげだった。
強力なスキルの代償として、口外出来ないというマイナス効果があり、そのせいで、自己弁護の出来ないラキは、裏切られたショックで人間嫌いになってしまう。
そんな彼が出会ったのが、ケモノ族と蔑まれる、狼族の少女ユメだった。
一方、ラキの抜けたパーティはこんなはずでは……という出来事の連続で、崩壊して行くのであった。

金貨増殖バグが止まらないので、そのまま快適なスローライフを送ります
桜井正宗
ファンタジー
無能の落ちこぼれと認定された『ギルド職員』兼『ぷちドラゴン』使いの『ぷちテイマー』のヘンリーは、職員をクビとなり、国さえも追放されてしまう。
突然、空から女の子が降ってくると、キャッチしきれず女の子を地面へ激突させてしまう。それが聖女との出会いだった。
銀髪の自称聖女から『ギフト』を貰い、ヘンリーは、両手に持てない程の金貨を大量に手に入れた。これで一生遊んで暮らせると思いきや、金貨はどんどん増えていく。増殖が止まらない金貨。どんどん増えていってしまった。
聖女によれば“金貨増殖バグ”だという。幸い、元ギルド職員の権限でアイテムボックス量は無駄に多く持っていたので、そこへ保管しまくった。
大金持ちになったヘンリーは、とりあえず念願だった屋敷を買い……スローライフを始めていく!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる