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18話 溶けない氷

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 あれはほんの2年前のことよ。
 そう切り出して、ルフランは己の過去を語りだす。

 それはこの地から遠く離れた小さな町。フラミスで起きた出来事。
 だけどそれを語る前に、ある人物のことを話さなければならない。
 
 大きく発展した中央都市とは対照的な、一昔前の面影を残す自然豊かな地。
 そんなルフランには、同じ日に生を受けた双子の姉がいた。

「ま、待ってよー! ルフラン!」

「もー、遅いよフェルマ! 置いて行っちゃうよ?」

「はぁ、はぁ……もうっ、私を置いていったら迷子になっちゃうよ……?」

「大丈夫大丈夫! ほとんどまっすぐの一本道でしょ! 迷子になんてならないって!」

「……一個前の分かれ道、ほんとは右に曲がらないとダメなんだけど」

「…………」

「分かったらほら、一旦戻るよ。今度はゆっくり歩いていこうよ。もう少しで着くんだから焦る必要ないでしょ?」

「う、うん……」

 いつどこへ行くにも二人一緒。
 その日は病気の母親に頼まれて隣町までお使いに向かっていたところだった。
 活発で元気あふれる妹のルフラン。
 対照的に大人しくて頭のいい姉のフェルマ。
 各々の性格は髪色によく表れていて、燃えるような赤い髪のルフランに対して、姉のフェルマは大空のような澄んだ髪色をしていた。

「えっとぉ……ここを曲がるんだよね?」

「うん。そうだよ――って、ルフラン危ないっ!」

「えっ、きゃああっ!?」

 曲がり角の手前で止まっていたルフランに襲い掛かる影が二つ。
 人間とはかけ離れた体躯を持つ異形の魔物が、その華奢な体に食らいつかんとしていた。
 しかしその魔物の牙がルフランに届くことは無かった。

「ま、間に合った……大丈夫? ルフラン」

「う、うん。ありがとうフェルマ」

 フェルマが魔物に片手を向けると、その足元から薄青色の氷晶が飛び出し、瞬時に魔物たちを閉じ込めてしまった。
 そして彼女が手を下ろした瞬間、大きな氷の結晶は中の魔物ごと綺麗に砕け散る。
 そう。フェルマは幼いながらも魔物と戦う力を有した立派な魔法使いだった。

「ルフラン。やっぱり手を繋いで歩こう。このあたりはあんまり強い魔物は出ないらしいけど、危ないから」

「そうだね……あたしもフェルマみたいに魔法が使えればなぁ……」

「きっといつか使えるようになるよ。だって私の妹だもん」

「そうだといいなぁ」

「でもそれまでは私がちゃんと守ってあげる。だって私はお姉ちゃんだから」

 笑顔で妹の手を握るフェルマに対して、ルフランは魔法使いとしての才能には恵まれなかった。
 姉と同じく膨大な魔力を有して生まれたはずのだが、彼女はそれを上手く扱う術を持っていなかったのだ。
 フェルマが自分を守ってくれるという信頼がある一方で、いざと言うときに自分は姉を守って戦うことが出来ない。
 そんな歯痒さを噛みしめながら、ルフランは姉の手を握り返した。
 
「ねえねえフェルマ!」

「なぁに? ルフラン」

「お買い物早く終わったわけだし、あたし行きたいところがあるの!」

「行きたいところって……ダメだよ。早く帰らないとお母さん心配しちゃう」

「ちょっとくらい大丈夫だって! せっかくお小遣いも余ったんだしさ!」

「む、無駄遣いは駄目だって。ほら、早く帰るよ」

「もぉ……フェルマは頭が固いんだから! それに無駄遣いじゃないよ! だって――」

 ルフランが自信満々に目的を告げると、フェルマは少しの間沈黙した後、小さく頷いて笑った。
 向かう先はこの街に最近できたばかりのケーキ屋さんだ。
 しかしそれは決して二人だけで楽しもうという提案ではない。
 病に伏した母親のために買って帰ろうというのだ。

「……うん。分かった。そう言うことなら行こ、ルフラン」

「やったぁ!」

 パンパンの買い物袋を提げながらも、元気いっぱいに走る二人。
 楽しかった、幼い頃の記憶。
 母親のことだけは心配だったが、それ以外は充実して満たされていた毎日。
 しかし、そんな素晴らしい日常は、唐突に終わりを迎えることになる。

「――なに、これ」

 その日、緊急の用事で訪れていた隣町から帰ってきたルフランの目に飛び込んできたのは、信じがたい光景だった。
 見慣れた建物と人々。ありふれた日常の一コマがそのまま切り取られ、保存されたような光景。
 町を覆う程の巨大な氷の結晶が、全てを飲み込み、凍結させてしまったのだ。
 ルフランの思いつく限り、こんなことが出来る人間は一人しか浮かばなかった。

「フェルマ! ねえフェルマ! どこにいるの! ねえっ!!」

 ルフランは必死に己の片割れの名を呼びながら走る。
 氷晶は自分の力で破壊できるほどやわではない。
 大きな石を投げつけようが、思いっきり殴ろうが、ヒビの一つすら入らない。
 仕方がないので凍結された町の外周を走るも、姉の姿は全く見当たらない。
 それでもがむしゃらに走り続けていると、やがて物陰からフードを深く被った少女が現れた。

「見つけたっ! フェルマ! これはどういうことなの!?」

「――あまり騒がないで。耳に響くわ」

「なんでそんなに冷静なの!? 町が……私たちの町がこんなことになってるのに!」 
 
「町……? あぁ、この芸術品アートのことかしら。素晴らしいでしょう? 建物も生き物も等しく時間を止めて固定する私の魔法――」

「やっぱりフェルマがやったのねっ……! 悪い冗談はやめて! 早く元に戻してよ!」 

「元に戻す? 冗談じゃないわ。この町はこのままずっと凍ったまま存在し続けるの」

 フードのせいでほとんど表情が見えない。
 だがこの信じがたい言動をとるこの少女は間違いなく自身の片割れ。
 ルフランは酷く混乱し、次に言うべき言葉を見失ってしまう。
 直後、フェルマはすっと右手を伸ばすと、

「でもそうね。この町を保存するにあたって足りないピースが二つほどあるわ。一つは私。もう一つは――あなたよ、ルフラン」

「えっ――?」

「……本当は町の中にいてくれた方が美しかったけれど、まあいいわ。どっちにしろ完成形にはならないもの」

 気が付くと、ルフランの足にはフェルマが生み出した氷晶が食らいついていた。
 それは段々と膝から腰、胸、そして顔まで伸び、あっという間に体の自由が利かなくなる。
 逃げる暇すら与えてくれない、完璧な魔法だった。

「フェルマ……どうして……?」

 消えゆく意識の中、ルフランは声を絞り出して問いかける。
 あんなに優しかった姉が、どうしてこんな凶行に及んだのか。
 どうして自分に魔法の手を向けたのか。
 知りたかった。

「……私の目的を叶えるのに、あなたたちが邪魔だったからよ」

 最後に聞こえたのは、全てを突き放す冷酷な一言だった。



「――という訳よ。今でも私の故郷は凍り付いたままで、フェルマは国際的に指名手配されてる犯罪者になったわ」

「そんな事が……じゃあルフランはそのお姉さんを捕まえたいんですね」

「そうよ。もし捕まえたらどんな手を使ってでも町を元に戻させる。万が一それがもう不可能だったとしたらその時は――あたしの手でその責任を取らせるつもり」

 鋭く空を睨むルフランに、クロムは少し恐怖を覚えた。
 その言葉と決意が決して半端なものではないと悟ったのだ。
 しかし何故フェルマは突如として豹変し、町を襲ったのだろうか。
 今のルフランの話だけでは、その明確な理由が思い浮かばなかった。
 それともう一つ、気になることがある。

「ところでルフランは、そのフェルマさんに氷漬けにされたんですよね? いったいどうやって抜け出したんですか?」

「それは――」

 ルフランは一瞬言葉を詰まらせた。
 だが、一度深く息を吸い、ゆっくり吐くことで己を落ち着かせ、再度口を開く。

「自力で抜け出したの。あたしの固有魔法、エクリクシスを使って」

「えっ、でもルフランってその時は魔法を使えなかったんじゃ……」

「……奇しくも氷漬けにされて生死の境を彷徨っている時にこの力に目覚めたの。ぼんやりとした意識の中であたしの中から燃え上がる何かを感じ取って、それを思いっきり解放したら、気づいたときには内側から氷を破壊して脱出してた」
 
 ルフランの固有魔法、爆破魔法エクリクシス
 それは己の制御下にあるあらゆるものに爆破の性質を与える力を持つと言っていた。
 その力に目覚めたおかげで彼女はフェルマの生み出す氷晶を破壊することが出来たようだ。

「……でも、破壊できたのは自分を閉じ込めてた氷晶だけ。何度も町に向けてエクリクシスを使ったけどダメだった。だからあたしはこの魔法をもっと極めて、いつか自力であれを破壊する術を見つけ出すの」

「なるほど……」

「普通に学校に通いながら国に捕まえてもらうのを待つだけじゃダメなの。常に実戦で自分を鍛えながら、世界中を巡って姉の痕跡を追い続ける。それが出来る唯一の職業が冒険者ってわけ。だからあたしは冒険者になる道を選んだ」

 当面の目標はAランクに上がって自由に各地を巡ることが出来る立場を手に入れることね、とルフランは続けた。

(復讐、か。そんな事、考えたこともなかったな)

 ルフランの話を聞き、クロムは己の境遇を思い出す。
 実の家族に散々冷遇され、抜けば死ぬと伝えられていた妖刀と共に、危険な魔物溢れる森に捨てられた。
 もし他の人だったらその家族に対して復讐心を抱いていたのだろうか。
 エルミアに助けられるまではそんな事を考える余裕なんてなかったし、助けられて以降はあまりに生活が充実し過ぎていて過去のことを思い返す気すら起きなかった。
 しかしルフランの目的とその思いはなんとなく理解できる気がした。

 
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