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5話 冒険者の試験1

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 冒険者。
 それはこの世界において様々な仕事を内包した特殊な職業である。

 未開の地を探索し、調査するその名の通りの冒険者。
 都市間を移動する人たちを魔物などからの脅威から護るフリーの傭兵。
 人手が足りない単純労働の手伝いや人探しなど。
 依頼さえ入ればあらゆる仕事を行う。
 その依頼を管理し、所属する冒険者たちに斡旋するのが冒険者ギルドという組織だ。
 
 ただ、結局のところ冒険者にとって最も重視されるのは〝強さ〟である。
 冒険者はその強さに応じて上からAからFの6ランクで格付けされる。
 正確にはAランクの上に当たるSランク冒険者も存在するが、それは特殊な条件を満たした者に与えられる特権階級に当たるので今は除外しよう。

 Fランクは所謂初心者冒険者であり、戦闘が絡まない比較的簡単な仕事が割り振られる。
 Eランクを超えると比較的弱い魔物の討伐依頼などが振り分けられるようになり、中級者と呼ばれるようになる。
 もし仮にAランクまで上り詰めた場合、その戦力は各国のトップクラスに匹敵する存在として認められ、国から直接依頼を受けることもあるという。

「冒険者についての説明はこんなもんでいいか。何か分からないことはあるか?」
 
「いえ、今のところは大丈夫です」

「この最初の試験で目指せるのは最大でCランクまでだ。対魔物戦、対人戦の両方で挑戦者の資質を見極め、適切なランクを定める。一応言っておくが、手は抜くなよ?」

 アルファンの言葉にクロムは黙って頷いた。
 正直なところ、どうしてこのような状況になっているのかは理解できていなかったが、自分の力を見定めたいという要望を受けたことは理解しているので、もとより手を抜く気はなかった。
 
 ちなみに初めてギルドに登録しに来た新人冒険者全員に平等で与えられる昇格のチャンスがこの最初の試験だ。
 生活のために簡単な仕事を求めてきた人間には関係のない話だが、腕に覚えがあり、冒険者として高みを目指す心構えがある者にはこうして飛び級の機会が与えられる。
 最初は皆Fランクからスタートし、一定数の依頼をこなしてギルドからの信用を高め、その後受けられる昇格試験を合格していくことで1ランクずつ階級を上げていくのが基本だが、この試験の結果次第ではいきなりDランクやCランクからスタートすることが出来る。
 そうすれば面倒な下積み期間をスキップして一気に高ランク冒険者を目指すことが出来るのだ。

「クロムくん……その、ごめんね。急にこんなことになっちゃって」

「いいんです、エルミアさん。僕も、今の自分がどれくらい戦えるのか知っておきたいんです」

「――無茶はしないでね。危なくなったらすぐ助けに行くから」

「はい。その時はお願いします」
 
 不安そうにこちらを見るエルミアに、クロムは笑顔で返答した。
 もともと今の自分がこの世界でどのレベルの強さなのかはずっと知りたかったのだ。
 それが思わぬ形ではあるが、こうして叶うのだ。
 クロムとしては喜ばしい出来事と言えるだろう。

 師匠と別れてから数年間、ずっと一人で修業をしてきたクロムにとってその力量を図られる機会と言うのは全くなかった。
 そして今だからこそわかる。あの時の師匠は明らかに全力ではなかった。
 亡霊故に本気を出せなかったのか、それとも弟子に自信を持たせるためにあえて手を抜いたのか。
 その真実はクロムには分からない。
 それに気づくまでは師匠に一本取ったことを自慢とし、こんな自分でも強くなれたのだと驕ってしまった。
 だけど、兄ギリウスに一撃を加えることもできないまま完膚なきままに敗北し、情けなくも気絶してしまった自分はとんでもない未熟者であるという事を再確認させられた。

 剣士クロムは未だ弱者であり、未知なる強敵への挑戦者である。
 例え妖刀と言う強力な武器を手に入れたとしても、その事実に変わりはない。
 自らにそう強く言い聞かせ、この試験に臨むことにした。
 
 案内された先はドーム状の巨大な訓練施設だった。
 それはジーヴェスト公爵家が所有するものに近い――否、それすらも上回る最新技術が惜しみなく使用された特別な施設。
 下手な国の国家予算を上回る資金力を保有する冒険者ギルドと言う組織だからこそ成し得る贅沢な設備だった。

「この中だったらどれだけ暴れてもらっても構わねえ。何が壊れようとも即座に修復可能だから安心して戦え」

 クロムはその言葉を聞いて安心した。
 自分は未だにこの妖刀を完全な制御下に置けていない。
 下手をすればあのファアリの森での大破壊を再びここで再現してしまう可能性もあった。
 無論そうならないように全力を尽くすつもりではあるが、万が一のことを考えると集中力が乱れてしまうかもしれなかったのだ。

「よし。カーティ、後は任せた」

「はぁい。任されましたぁ。」

 アルファンの呼びかけと共に、彼の後ろに控えていた男性がゆったりと前へと出てきた。
 ぼさぼさの黒髪に金のメッシュがかかった独特な風貌の男は自らを試験官のカーティと名乗った。
 独特な丸眼鏡の奥から気だるげな黒い瞳が覗き、その左手には分厚い本が握られている。

「では、これから対魔物試験をはじめまぁす。これからクロムさんにはこの訓練場の中で魔物を倒せるだけ倒してもらいまぁす。ボクが様子を見ながら適当なタイミングで魔物を召喚するので、クロムさんはボクが止めるか限界が来るまで戦い続けてくださぁい」
 
 何とも気が抜ける喋り方ではあるが、襲い掛かってくる魔物を倒すだけでいいというのはとても分かりやすいルールだ。
 クロムが納得したのを確認すると、カーティは右手をパチンと鳴らした。
 すると訓練場の内部がまるで森のように変化した。

「冒険者が相手にしなければならない魔物はぁ、いつも正面から正々堂々挑んでくるわけではありませんねぇ。背後から、上空から、あるいは地面から。あらゆるどころから不規則に襲い掛かってきまぁす。この試験ではそういった状況での対応力を見極めまぁす」

 なるほど、とクロムは頷いた。
 確かにファアリの森ではあらゆる方角から魔物が襲い掛かってきた。
 そのような状況に追い込まれてもきちんと魔物を撃退し生き残ることが出来るのか。
 それを見極める試験となれば納得がいく。

 クロムは促されるままに試験場へと入場した。
 すると周りの景色が一変し、背後を振り返っても誰も見えなくなってしまった。
 これでは完全に森の中に迷い込んだ状態――少し前の出来事がフラッシュバックするようだ。

「それでは試験を開始しまぁす!」

 やはりやや気の抜けてしまうような声が大きく響き、その後を追うように何やら鐘の音のような音があたり一帯に響く。
 さて、どこから敵が襲ってくるのか。
 気が付いたら周囲を魔物に囲まれているなんてことも十分にあり得る。
 だからこそ最大限の警戒をし、集中力を高め、腰に差した妖刀の柄を握った。
 しかし、そんなクロムの予想とは裏腹にしばらく待っても何も襲い掛かってこなかった。

「――あれ?」

 思わずそんな声が漏れてしまうくらいの時間が経った。
 ひょっとして、また自分は捨てられたのか?
 試験と言うのは嘘で、得体のしれない自分を閉じ込めただけだったのか?
 そんな想像すら膨らませるような時間が経った。

「――ん?」

 そうこうしていると、木々の間から何やら青い物体が飛び出してきた。
 小さく、丸い。プルプルと体を震わせるその様はどこか愛らしささえある。
 目と口しかないその異様な体つきからそれが魔物であることは理解できたのだが、クロムには自分から攻撃を仕掛ける気がどうにも起きなかった。

「なんだろ、この子」

 ゆっくりと警戒しながら前進すると、青い物体はニコニコとした表情を浮かべながらぴょんぴょんと跳ねながらこちらへやってきた。
 もしかするとこれは人間に友好的な魔物なのだろうか。
 そんな想像をしながら、胸に飛び込んできそうな勢いの青い物体を受け止めようとしたのだが、

「――ッ!?」

 青い物体はその速度を急激に高め、猛スピードでクロムに向かって突進してきた。
 明らかに体に直撃すればただでは済まない勢いだ。
 クロムはすぐさま妖刀を抜き、一瞬にして青い物体を袈裟けさに切り裂いた。
 そして自分の考えの甘さに深く猛省した。
 
「危なかった。もう少しで警戒を解くところだった――って、えっ?」

 真っ二つになった青い物体が地面に落ちていくのを眺めつつ、再度警戒心を強めた。
 するとその青い物体はパンっ、と弾け飛び、小さな粒が周囲へ飛び散る。
 何事だとクロムは再び妖刀の柄を握る力を強める。
 すると地面にぴちゃぴちゃと散った小さな粒達が、先ほどの青い物体と同じくらいの大きさに急成長し、一斉に襲い掛かってきた。
 しかもそれらは赤く燃えるもの、青白く氷結したもの、突風を纏うもの、岩の塊のようなものと非常に多彩で、どれも危険な様相だった。

「くっ――至天水刀流してんすいとうりゅう波流なみながし!」

 この状況で頼ったのは師匠に教わった技。
 集中力を高め、波のように体を滑らせることで攻撃を受け流しながら斬撃を叩き込む技だ。
 まるで舞を踊るかの如く華麗に体と剣を動かし、突進を回避しながら魔物たちを叩き落していく。
 妖刀が今までの武器よりもはるかに重く、思ったように体が動かないのを感じながらも最終的には全ての魔物を始末することに成功した。

「っは! 危なかった……」

 また分裂するのではないかと警戒して大きく距離を取るが、魔物はこれ以上復活する様子を見せなかった。
 ほっと、息を付き、妖刀の刃を見る。
 刃こぼれはもちろん、汚れ一つ付着していない。
 美しい紫色の刀身を保ったままだ。

「マルチスライムを無傷で倒すたぁ、やるじゃねえか小僧。流石俺の見込んだ男だ」

「クロムくん――やっぱり、只者じゃなかったんだね」

 試験の様子を外から監視するアルファンとエルミアは、クロムに対する評価を一段階上げた。
 元より歴戦の猛者である二人にはクロムがただの子供には見えていなかったが、これほどとはと感心する。
 マルチスライムは本来Cランク相当の冒険者が対等に戦えるような見た目以上に危険な魔物だった。
 本来は最初の試験で一発目にぶつけるような魔物ではないのだが、アルファンの指示でカーティが用意したのだ。

「対魔物試験は文句なしの合格だな。カーティ、後は適当な魔物を何匹かぶつけて試験を終わらせ――おい!」

「これは凄い! 凄いですよぉ! ボクのマルチスライムをあんな一瞬で全滅させるだなんて! 速く次なる刺客しかくを送り出してその実力をもっと測らねばぁ!」

 カーティは己の好奇心が高ぶるのを感じ、独断でより強力な魔物を送り出すことを決めた。
 カーティはこの試験の監督官を務めるにあたって、ギルドマスターのアルファンより直々に〝最大レベルでやれ〟と言う言葉を受けている。
 本来は弱い魔物から順番に戦わせるのが正しい試験の行い方であるが、いきなりCランクの魔物をあてがうことが認められた上にそれを一瞬で討伐されたのだ。
 アルファンとしてはそれだけで十分だったのだが、カーティはそれでは満足がいかなかったようで、勝手にBランク相当の魔物を召喚しクロムの下へ送り付けてしまった。

 それは竜種――ブリーゼドラゴン。
 竜種の中では非常に弱い部類に入る魔物だが、竜と言う種族はこの世界における最強生物の一角として扱われるため非常に強力な魔物であることに変わりはない。
 大きな羽ととげのある長い尻尾を震わせ、大声で威嚇する様は半端物を恐怖させるには十分な迫力だった。

「――次はキミか」

 そんな状況を前に、クロムは冷静だった。
 翼を広げながら彼を見下ろすブリーゼドラゴンを視界に捉え、妖刀を握る力を強める。
 空を飛ぶものを相手取ったことがないクロムは、この魔物を相手にどう戦ったものかと思考を巡らせていると、ドラゴンは突如羽を震わせて強烈な突風を放ってきた。

「うわわっ!!」

 クロムは慌てて刀を体の前に構えて風を受け止めようと試みる。
 しかしその直後、鋭い痛みが腕を襲った。

「これは――」

 そう、この風はのだ。
 斬撃の性質を持った突風を放つ魔物、それがブリーゼドラゴン。
 このままでは切り刻まれてしまうと判断したクロムは、地面を転がるようにして突風の範囲内から逃れる。
 しかしそれを見たドラゴンはすぐさま翼の向きを変え、クロムを追いかけるように突風をけしかける。
 クロムは逃げ回りながら、どうするかを必死に考えた。
 そして、その思考は非常に単純な形で答えへと結びつく。

「そうだ。斬ればいいんだ」

 今の自分にはそれが出来るという確信があった。
 思い返すのは最初に妖刀を抜いたときのこと。
 この刀には空間ごとまるごと切り伏せるほどの強大な力が宿っている。
 これまではその力を押さえつけるように慎重に剣を振るっていたが、それを自らの意思で解放したらどうなるのか。
 この憎たらしい風ごと、あのドラゴンを斬れるのではないか。

 クロムは地面を強く蹴り、突風の範囲内から大きく逸れた。
 そして深く深呼吸をし、妖刀を大上段に構える。
 この訓練場の中ではどれだけ暴れても大丈夫。
 その言葉が事前に聞けたのはとても良かった。
 これから放つ一撃に、何も躊躇ためらう必要がないのだから。

 耳障りな咆哮ほうこうが響く。
 そして周囲の木々を切り刻みながら、再びあの危険な突風が向かってくる。
 
「喰らえ――!!」

 それに負けないくらいの大きな声でクロムは叫び、思いっきり妖刀を振り下ろした。
 直後、紫色の剣閃が走る。
 周囲からすべての音を奪い去るような、重い斬撃が解き放たれた。

「グ、ガ、ァ――」

 次の瞬間、自慢の羽ごと真っ二つに切り裂かれたブリーゼドラゴンが重力に従い落下していった。

「ふおおおおおお!! 素晴らしいですよぉ! ではではさらにさらに強力な魔物を――あだっ!?」

「やり過ぎだバカ。その辺にしておけ」

 興奮が最高潮に達したカーティの頭にアルファンの握り拳が落ちた。
 予定とはやや違ったものになってしまったが、これはこれで良いものが見れた。
 本来ならばブリーゼドラゴンが召喚された時点で自身が割り込んで中止させるべきだったのだが、あまりにクロムが動じていなかったのでアルファンは様子を見ることにしていた。
 すぐにでも試験場に飛び込もうとしていたエルミアを強引に押さえつけてまで、だ。
 アルファンは口角を上げ、不敵な笑みを浮かべた。

「こいつは想像以上だな。磨けば光るぜ」

 久しぶりに見るを前に、アルファンもまた己に宿った熱を感じ取るのであった。
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