持ち主を呪い殺す妖刀と一緒に追放されたけど、何故か使いこなして最強になってしまった件

玖遠紅音

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1話 起点

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 鳥が鳴き、木々が揺れ、動物たちの声が響く。
 世界が斬られる・・・・・・・という異常事態に、森の喧騒けんそうは消え、ほんの一瞬だけ静寂が場を支配したが、すぐに森はいつもの活気を取り戻す。
 否、むしろ以前より激しくなった森の声は、クロムの耳に強く響き、彼を現実へと引き戻す。

「……これからどうしようかな」

 彼の手には鞘に収まった妖刀が一振り。
 先ほどまで禍々まがまがしい妖気を放っていたそれは、一転して大人しいただの小振りな刀となっていた。
 目の前にはこの刀が切り開いた一直線の道が彼方まで伸びている。
 ただし地面も大きく切り裂かれているので、そのまままっすぐ進むことは出来ないが。

「傷……は塞がってるけど、服がボロボロだなぁ……」

 首を下に向けて、自分の体を確かめる。
 妖刀が放った不思議な煙に包まれた影響でギリウスから受けた傷は全て回復しているが、彼の身を包む服はその大半が焼け焦げて失われてしまっている。
 ここまで運ぶ上で不都合だったのか、全てが燃え尽きる前に消火されていたようだが、当然着替えなんてものが用意されているはずもない。

「ま、いいか。もともと死んじゃうはずだったから、生き残れただけでラッキーだよね」

 しかしクロムはこの状況を前向きにとらえることにした。
 死ぬ覚悟で抜いた妖刀がまさか自分を救ってくれるだなんて思ってもいなかったのだ。
 これを幸運と言わずしてなんと言う。

 とはいえ、これからどうするかという問いへの答えはまだ見つかっていない。
 そもそもクロムは生まれてこの方、一度もジーヴェスト公爵家の敷地外に出たことがないのだ。
 だからこそこの森がどこにあるのかも知らないし、どこへ向かえば人に会えるのかも分からない。

「ここにいても仕方がないし、とりあえず歩いてみようかな」

 クロムには今思っていることを口に出す癖があった。
 誰とも会話をして貰えない状況に置かれていたクロムは、こうして時々言葉を発しないと喋ることを忘れてしまう恐れがあったのだ。
 いつ誰に話しかけられてもちゃんと言葉を話せるように。
 自分が言葉を口にする一人の人間であることを忘れないようにするために。
 独り言をぶつぶつと呟きながらクロムは歩き出した。

 当然行く当てなどあるはずもないので、妖刀が切り開いた道を進むことにする。
 木々が生い茂っていてあまりよく見えないが、その先はどうやら山があるようだ。
 人、いなさそうだなぁと思いながら、崖のようになっている大地の傷跡のすぐ横を歩く。
 
「グルルルルルル――」

「ん?」

 道中、腹の虫と勘違いするような音が聞こえてきたので振り返ってみると、そこには鋭い牙を白く光らせる凶暴そうな狼型の魔物が数匹。
 こちらを威嚇しながら食らいつくタイミングをうかがっているようだ。
 それを見たクロムの手は自然と妖刀の柄に伸びていた。

「……大丈夫、だよね?」

 妖刀に問いかける。
 当然答えなんて帰ってこないけれど、口に出さずにはいられなかった。
 先ほどは奇跡的にこの刀を抜いても生き残ることができたけれど、次も同じように助かるとは限らない。
 せっかく拾った命だ。こんなところで失いたくはない。
 だけど――

「己のけんに命を預けられぬ者に剣士を名乗る資格はない――でしたよね。師匠」

 師匠が口を酸っぱくして言っていた言葉を思い出す。
 どちらにせよここで抵抗しなければ自分はこの魔物に食われて終わりなのだ。
 そして自分が扱える武器は現状妖刀これしかなく、この魔物相手に素手で殴りかかるなんて無茶な真似はできない。
 ならばもう、やるしかない。

 クロムは勢いよく鞘から刀を引き出した。
 鮮やかな紫色の刀身。
 もしこれがショーケースの中に展示されていたら、見る者の目を奪い取るであろう美しさだ。
 だがその実態がとんでもない暴れ馬であることをクロムは理解している。
 この刀は〝斬れすぎる〟のだ。
 でも、

「どんな剣だって扱って見せる。だって僕は――」

 地面を強く蹴り、勢いよく狼の群れへと突っ込む。
 水流の如き滑らかな動きで距離を詰め、反応が遅れた正面の狼に対して真向斬まっこうぎりを仕掛けた。
 極限まで集中力を高め、最適な力加減を模索しながら刀に呼び掛ける。
 自分が斬りたいものは何か――それを明確にイメージする。

「うぐっ――ああああああっ!!」

 だが――その刀身は急激に重さを増し、クロムは気が付けば力任せにそれを振り下ろしていた。
 自らの意思で剣を振ったのではなく、剣の意思で勢いよく振らされた。
 そしてその勢いを受けた世界が割れる。
 最初に放った一撃ほどではないが、大きく森が開け、大地には深い傷跡が刻み込まれた。
 当然狼も真っ二つに割れ、大量の血を吹き出しながら絶命していた。

「はぁ……はぁ……凄いな、この刀。でもなんとなく分かったよ、キミのこと」

 クロムは息を切らしながら、残った狼たちに目を向ける。
 目の前で信じがたい現象が起こったことに驚いているのか、彼らの足は少し後退っていた。
 だが、すぐに首を振り、大きく咆哮ほうこうしてから大口を開けて飛びかかってくる。

「ふっ――!!」

 次に選んだのは一文字斬いちもんじぎり。
 妖刀を構え、横一文字に振るう。
 優しく、撫でるように。それでいてその身を確実に引き裂く。
 先ほどは敵を殺すという意思が先行し過ぎたのだ。
 だからこそ妖刀にその意思を吸われ、望まない強力な一撃へと発展させてしまった。
 ならば今度は、己の感情を制御し確実に斬りたいものだけを斬る。

 そして――

「……ちょっとやり過ぎたけど、まあこれくらいならセーフだよね?」
 
 三匹の狼の魔物は横半分に割れ、地面に落ちた。
 よく見るとその後ろの大木が何本か音を立てて崩れ落ちていたが、これまでの失敗と比べたら被害はかなり抑えられたと言えるだろう。
 だが、この妖刀を完全に制御するにはまだまだ時間がかかりそうだ。
 でもそれでいい。
 この妖刀が真の意味で自分の剣と成った時、剣士としてより高みに至る。
 クロムはそう確信していた。

「僕はいずれ最強の剣士になる。それが僕が初めて手に入れた生きる意味。人生の目標――夢だから」

 自分に言い聞かせるように、自らの夢を再度口にした。
 
 魔術師になれなかったクロム・ジーヴェストは妖刀を抜いたあの瞬間に死んだ。
 かつてのクロムはジーヴェスト家に認められたかった。
 父に息子と呼んでほしかった。兄に弟と呼んでほしかった。
 みんなと会話をさせて欲しかった。

 でも。そんな過去の未練はもう捨てよう。
 あんな小さな家で認められなくたっていいんだ。
 僕はやがて世界で誰もが認めてくれる最強の剣士になる。
 その夢さえあれば、きっと生きていける。

「見ていてください。お母さん、師匠」

 今は亡き、大切な人たちに宣言する。
 この瞬間、クロムの人生はようやく動き出したのだ。
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