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1巻
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しおりを挟むプロローグ 陰の実力者
「ふははははははっ!! これが人類最強の勇者パーティだと!? 笑わせてくれる。ただの雑魚集団ではないか!!」
魔剣の一撃によって、あっという間に命を落とした勇者たちを前に、魔将レグナートが高らかに笑った。
魔族特有の青紫色の皮膚と、頭部に生えた立派な二本の角。
その周りには空に浮いた四本の魔剣が舞っている。
「残すは貴様ただ一人。どうやって我が魔剣から逃れたのかは知らぬが、次で終わりよ!」
ああ、確かに終わりだな。
勇者ラティル、魔法使いフィノ、聖騎士アーク。
本来、対魔族の最高戦力であるはずの三人は今、バラバラに切り刻まれ、無残な死体姿を晒している。
残されたのは、俺ことレイルただ一人。普通ならどう考えてもこの状況は詰みだ。
「ククク、どうした。恐怖で逃げる事すらできないか?」
「……ああ、そうだなぁ。これから動く死体が三つも現れると思うと、怖くて怖くて仕方ねえよ」
「……何?」
この状況、普通に考えたら四人がかりで敗北した相手に、たった一人で挑んだところで勝ち目なんかあるはずがない。
そう、普通だったらな。
「さあ、起き上がれ、勇者たち!! お前たちの仕事はまだ終わっていないぞ!!」
「……ぅ、ぁぁ……ぅ?」
「――なっ!?」
次の瞬間、俺の呼び声に応じて、先ほどまで完全に死んでいたはずの勇者ラティルが、地面から生えてきたゾンビかの如くのろのろと起き上がる。
それに続いてフィノとアークの二人も同様に立ち上がり、魔将レグナートと対峙する。
その肉体は急速に修復されていき、彼らが再び武器を構える頃には傷なんて一つも残っていなかった。
ただしその目の色は白と黒が逆転し、皮膚も青白く意識もハッキリとしていない。
その様はまさに動く死体だ。
「一応、名乗っておこう。俺の名はレイル。勇者ラティル率いる勇者パーティのネクロマンサーだ! さあ、行け!!」
「ぁ、あぁぁぁっ!!?」
ネクロマンサー。それは数ある職業の中でも最高峰の、『死を操る能力』を持つ。
つまりこのように死んだはずの勇者たちを、死から救い出すことができるのだ。
ただしこんな感じでゾンビのようになってしまい、その間だけは俺が使役し、自在に動かすことが出来る。
数分後には、元通りの完全なる蘇生が完了するのだが、それまでは俺の人形も同然だ。
「くっ、ネクロマンサーだと!? だが雑魚三匹が生き返ったところで我が敵ではな――いっ!?」
「ああ、言い忘れていた。気を付けろよ。俺が操っている時、その死体の戦闘能力は、生前の数倍になる」
「チッ、おのれええええっ!!」
魔将レグナートが放った魔剣の一撃を全て躱して懐へと入った勇者ラティルの聖剣が、その両腕を一瞬にして斬り落とした。
そして後衛へと流れてきた魔剣を、修復された大盾を構えた聖騎士アークを割り込ませることで完全に防ぎきる。
さらに魔法使いフィノによって生成された極大の火焔球が三つ、凄まじい勢いでレグナートに突き刺さった。
「が、はっ……」
先ほどまでとは明らかに違う、強烈な一撃を受けたレグナートが地に膝をついた。
両腕を失い、皮膚には大きな火傷跡。決して浅くない傷だ。
それに対してこちらは強化蘇生が成された無傷の勇者パーティ。
「……さあ、とどめだ。やれ」
「な、まっ――」
◇ ◇ ◇
「――はっ!? ここは……」
「魔将レグナートはっ……もう、倒したの?」
「ああ、どうやらそのようだ。完全に死んでいる」
数分後、ラティルたちが意識を取り戻す。
彼らの目の前には傷だらけで倒れたレグナートの死体があり、その周りで三人が状況を呑み込もうとしていた。
「ふっ、最初こそ苦戦したが、やはり勇者たる俺の敵ではなかったか」
「そのようね。最初こそあたしの魔法を喰らってもピンピンしてたから焦ったけど、やっぱりちゃんと効いていたんじゃない」
「今回の僕の守護も完璧だったようだね。その証拠に、僕たちの体には一切傷がない」
……この蘇生には一つ大きな難点がある。
それは、自分が殺された事実と俺が操っている間に関する記憶が、ほとんど残らないと言うものだ。
どうやら操られている間、自分たちが戦って倒したと言う、うっすらとした記憶だけが残るらしい。
だからこそ彼らは、無意識の内に自分たちの力で魔将レグナートを討ったのだと誤認し、こうやって調子に乗っているのだ。
「それにしてもよお、ネクロマンサーさんはちっとも役に立たねえよなあ」
「あたしたちが強すぎて死なないからしょうがないじゃない。ま、もしあたしたちが死んじゃったとしても、レイルだけが生き残って蘇生できるとは思えないけど」
「そもそも絶対的な守護能力を持つ僕がいる限り、死者なんて出るはずがないしね。残念だけど君の出番はないよ」
更に厄介なことに、こいつらはいつ彼らがやられてもいいように最後衛で待機している俺の事を役立たず扱いしてくるのだ。
最初こそ何度も何度も、俺が蘇生したおかげで勝てたと説明したのだが、勇者パーティに選ばれた自分たちの実力を過信してか、全く信じてもらえなかった。
もう説得は諦めて、適当に流すことにしている。
「はは、悪かったな。とりあえずレグナートは倒したんだし、街に戻ろうぜ」
「お前が指示を出すなよ。パーティリーダーは勇者である俺だぞ!」
「分かった分かった。怒るなって」
はぁ……いっその事次から蘇生するのやめてやろうかなぁ……
それか一生ゾンビのままにしてやるのも悪くないかもしれない。
――いや、そうすると後々、面倒な目にあうのは俺か……
一話 ネクロマンサー、追放される
「レイル。お前は今日限りで俺のパーティから抜けてもらう」
「……は?」
魔将レグナートを討ち、俺たちの故郷であるゼルディア王国へ帰還したその夜。
メンバー全員を酒場に集めた勇者ラティルが、唐突にとんでもないセリフを吐いてきた。
俺がパーティを追い出されるだと? 一体何を言っているんだコイツは。
「おいおい、何の冗談だよ。ちっとも面白くないぞ」
「冗談なんかじゃない。なあ、二人共」
「そうね」
「残念だけど、これは君のためでもあるからね」
「フィノとアークまで……」
ラティルの問いかけに、魔法使いフィノと聖騎士アークが同意を示す相槌を打った。
二人共、俺をパーティから強制的に脱退させることに異存はない、と言わんばかりの表情をしている。
むしろそれが当然といったふうにすら捉えられた。
「どういう理由か、説明してくれるんだろうな」
「ハッキリと言われないと分からないのか? なら言ってやろう。レイル、お前は俺たちの戦いについていく上で力不足だ。この先の戦いにお前は必要ない!」
「……なんだと?」
「だって考えてもみろ。俺たちが戦う時、お前はいつも一番後ろに陣取って、ただ俺たちが敵を倒すのを眺めているだけだ。俺のように天才的な剣の腕がある訳でも、フィノのように強力な攻撃魔法が使える訳でも、アークのように優れたサポートができる訳でもない」
両手を広げて演説を行っているかのように饒舌に語るラティルと、それに頷く二人。
「お前のただ一つの長所である蘇生能力も、人間相手に使っているところなんか見た事ない。死んで三分以内の死体じゃないと蘇生できないとか言って、本当はそんな能力持ってないんだろう?」
「はぁ……」
まったく好き放題言ってくれるじゃないか。
確かに俺の蘇生の力は、死んでからおよそ三分以内でないと、完璧な形で発揮出来ない。
絶対に成功させられる自信があるとはいえ、実演するために目の前で人を殺す訳にはいかなかったので、他の動物や魔物を蘇生させて見せた事しかない。
しかし実際俺はこの蘇生能力でパーティの危機を幾度となく救ってきた。
人間を蘇生できることは間違いないのに、それを誰一人として知らないのは、強敵相手だと毎回お前らが全滅しているからだ。
一人でも生き残ってくれれば、実際に目の前で蘇生を見せてやることが出来たのに、コントかの如く毎回全員纏めて死にやがるから、みんな記憶を失ってしまうんだよ……
「という訳だ。お前はもう勇者パーティのメンバーじゃない。勇者の証を返してもらおうか」
「……本当にいいんだな? 一応前にも言ったが、もう一度ちゃんと言っておく。お前らは勇者パーティとしての活動を始めた一年前から今日までの戦いで、計十五回も全滅している。そのたびに俺が蘇生して敵を倒してきたんだぞ」
「まーた始まったわ。レイル、そんな嘘を吐いたって無駄よ。だって私たち三人は誰一人としてその姿を見ていないんだもの」
「だから蘇生をすると記憶が――」
「もういい!! レイル、その嘘話は聞き飽きた。勇者の証を置いて、もう俺たちの前に姿を現すな!!」
「……分かったよ。それがお前たちの総意だって事はよく理解した。今まで世話になったな」
もう、これ以上は何を言っても無駄だろう。こいつらにはつくづく愛想が尽きた。
今までどれだけ俺が助けてやったのかも知らずに、その恩をこんな形で返された以上、もう俺がこいつらの面倒を見てやる必要はない。
俺は王国から勇者一派の証明として譲り受けた、王家の紋章入り五角形の金属板をテーブルの上に置いた。
金メッキが施されたそれが、天井の明かりから放たれた光を反射して僅かに光る。
一年前、神託が降りたとか言っていきなり集められた勇者パーティも、これで終わりか。
まあ勇者パーティなら他の国にも複数ある。
こいつらはその中でも最弱の部類に入るだろうから、本当の意味で全滅したとしても、きっと何とかなるだろう。
「じゃあな。せいぜい死なないように頑張るんだな」
「お前なんかに言われずともそうするさ。いずれ魔王を討つのはこの勇者ラティルなんだからな!」
「……そうかよ」
きっと後悔するぞ。
そんな捨て台詞みたいな言葉を心の中で呟きながら、俺は酒場を後にした。
二話 ネクロマンサー、振り返る
「俺が憧れた勇者は、あんなものじゃなかったはずなのにな」
酒場から宿へ向けて歩く一人ぼっちの夜。
満月の光に照らされた小さなベンチに、俺はゆっくりと腰を下ろした。
「俺はいつかこの本の主人公みたいな英雄になるんだ!」
子供のころに幾度となく読んだ一冊の本。
今まで誰も握る事が出来なかった伝説の剣を振るい、頼れる仲間と共に巨悪を討つ。
そんなありふれた英雄譚だ。
だけど俺は、それに強い憧れを抱いていた。
いつかきっと、俺もこの主人公のように凄いことを成し遂げるんだと信じてやまなかった。
だから俺は、来るはずもないチャンスに備えて、子供ながらに村の大人なんかに教えを請うて、体を鍛えたりしたものだ。
今だから分かるけれど、あの時の大人たちは、当時の俺を生暖かい目で見ていたんだろう。
だがあれは二年前の事だ。
絶対に来るはずがないチャンスが、俺の下に舞い降りてきたんだ。
「私はゼルディア王国王立騎士団第三部隊隊長のガルシア。この度ネクロマンサーのレイル殿をお迎えせよ、との神託が下ったため、馳せ参じた」
ある日突然、俺が暮らしていた村に姿を現した、王立騎士団の面々。
そのトップであろう壮年の男性が、突如俺に向かってそんなセリフを吐いたのだ。
始めは何を言っているのかさっぱり分からなかった。
話を聞いてみると、近々魔族との戦争が始まるらしい。
それに対抗するため、神の代理なる者のお告げに従い、勇者の職業を持つ王子を中心とした、先鋭集団を結成する事になった。
その一人が俺。ネクロマンサーという稀有な職業を生まれ持ったレイルだ、と彼は言った。
呑み込むまでには時間はかかった。
やがて現実だと認識すると、今までため込んできた熱い感情が一気に湧き上がってきて、確認すら取らずに二つ返事で快諾したことを今でも覚えている。
それからはもはや説得とすら言えない一方的な説明と別れを告げて、俺は生まれ育ったルスフルの村を飛び出す事となった。
その時の俺は自信と希望に満ち溢れていて、これから描くであろう新たな英雄譚に胸を躍らせたモノだった。
だが、現実は――
「そう、上手くはいかねえんだよな」
俺の役割はおおよそ主人公には程遠いサポート役。
その上、主人公になるべき男――ゼルディア王国王子である勇者ラティルは、どうしようもないクズだった。
仲間の魔法使いフィノと聖騎士アークも、共に王侯貴族の出。平民の出である俺にはあまりいい印象を持っていないらしく、出会いから雰囲気は最悪に近かった。
彼らの戦闘能力は俺より低いし、遊んでばかりで、ちっとも己を鍛えようとしない。
本来、誰よりも才に溢れて磨けば磨くほど強く光る逸材のハズなのに、ちやほやされる現状に満足して動かない。
代われるものなら代わってくれよ、と何度思った事か。
いい加減にしろよ、と何度殴ろうと思った事か。
それでもいつかは報われると信じて、ひたすら頑張ってきたが、もうそれも終わりだ。
「……村に、帰ろう」
もはやため息すら出てこない。
長い長い子供じみた夢から覚めたんだ。これからは現実を見て生きていかなければならない。
もう、幻想を追うのはやめよう。
「……そう、言えたらよかったんだけどな」
それは今までの自分を否定する行為。少なくともこの二年の間で頑張ってきたことは、無駄ではなかった。
そう、誰かに認めてほしい。
「……虚しい、な」
気づけば手を高く伸ばして、決して掴むことのできない満月を撫でていた。
三話 ネクロマンサー、出発する
俺が勇者ラティルのパーティを除名されてから一夜が明けた。
王国側の支援で二年近く借り続けていた、狭くはないが広くもない宿屋の一室で、早起きした俺は手早く荷物を纏めてしまう。
どうせ俺が勇者パーティから追放されたことは、すぐに国王陛下の耳に入るだろうし、そうなったらここに住み続ける事は不可能になる。
その時わざわざ一悶着を起こすのもバカらしいので、俺の方からさっさと出ていってやろうという訳だ。
それに早起きしたのにはもう一つ理由があるのだが、それはその場所に行ってからだ。
「あら、レイルくん。おはよう。随分と早いわね。大荷物だけど、またどこかに出かけるのかしら」
「おはようございます。ええ、ちょっといろいろと事情がありまして……あと急で申し訳ないんですけど、今日限りで王都を出ていく事になっちゃったので、今までありがとうございました」
「ええっ!? そりゃまた随分急ねえ……」
俺の部屋は二階なので、食堂となっている一階へ下りると、宿主の奥さんが俺に声をかけてきた。ちょうど良かったので、俺が出ていく事になった趣旨を簡潔に話す。
昨日俺が戻った時は既に夜遅かったので、話すのは朝に回したのだ。
彼女の作る料理は俺の好みだったので少し名残惜しいが、こればかりは致し方ない。
「はい、すみません。もっと早くに言えれば良かったのですが……」
「レイルくんの事だから、何か深刻な事情があるんでしょう? 深くは聞かないけど、また近くに来ることがあったら、いつでもウチに寄ってちょうだいな。もうレイルくんは私の子供みたいなものなんだから」
「……! ありがとうございます。その時は、必ず」
社交辞令かもしれないけど、今は奥さんの優しい言葉に、少し心が癒されるような気がした。
もともと奴らとは関係が冷え切っていたとはいえ、この約二年間、俺は魔王を倒すためだけに生きてきた。
戦闘訓練を積むのに一年近く。そして旅を始めて一年近く。
人生の貴重な時間が、あんなくだらない追放宣言で全てが無駄になってしまった。
そう思うと全く心が痛まないなんてことはなかったのだから。
俺は出口で深く一礼してから宿屋を後にし、そのまま真っすぐある場所へと向かった。
◇ ◇ ◇
「よし、着いた。転送門」
俺が向かった先。そこにあったのは縦長で透き通った真紅の結晶だ。
これは転送門と呼ばれる特殊な魔道具であり、王都リィンディアの各地に五つほど設置されているものだ。
これを使う事で王国内であればどの町、どの村にでも一瞬で移動することが出来る。
つまりこれを使って故郷の村に帰ろうという訳だ。
俺は早速その前に立っている転送管理人の男に話しかけた。
「すみません。転送、お願いしたいんですが」
「はい――って! あなたはレイルさんじゃないですか! こんな朝早くにどこかへいらっしゃるのですか?」
「ええ、ルスフルの村へ行きたいんですが、大丈夫ですか?」
「はい、それは大丈夫なのですが……」
彼とは過去に何度も転送をお願いしている関係上、既に顔見知りになっている。
名前はファラン。年齢は知らないけれど俺よりも上なのは間違いない。
「じゃあ早速お願いしま――」
「あ、あのっ! ちょっと待ってください……」
「え、あ、はい。どうしました?」
「あの……もし急ぎの用じゃなかったらでいいんですけど、一つ頼みを聞いてはいただけませんか?」
「頼み、ですか?」
転送管理人のファランさんが俺に頼み事とは一体何なんだろうか。
俺がこの転送門を使う事を周囲に悟られる前に、さっさと帰りたいのが本音だが……
「とりあえずお話だけでも聞きましょう」
「ありがとうございます。実はですね……」
◇ ◇ ◇
「なるほど、大体事情は理解しました。小さい娘さんが遊んでいる途中で、片目を怪我して失明してしまったと。それを治すには莫大なお金が必要、かつすぐには治療できないという事で、困っている訳ですね」
「はい……」
「そこで俺ならすぐに治せるんじゃないか、と」
「はい……本当は今も隣にいてあげたいのですが、今日の仕事はどうしても休めなくて……お願いします。私に出来るお礼なら何でもしますので、娘を助けてください……」
失明、か。
玩具か何かが目に突き刺さってしまったんだろうが、その痛みを考えただけでも恐ろしい。
確かに、回復系職業のような能力を持つネクロマンサーの俺ならば、すぐに治してやることが出来るだろう。
ならば俺が出す答えは一つ。
「分かりました。引き受けましょう」
今の状況で俺にしか助けることが出来ないのなら、断る理由はない。
俺がその意思を示すと、先ほどまで暗かったファランさんの表情が、少し明るくなったような気がした。
四話 ネクロマンサー、故郷に帰る
「おにいちゃん……なにを、するの……?」
「大丈夫だ。その右目、すぐ治すからな」
教えてもらったファランさんの家を訪れると、若い奥さんが出てきた。
最初は、今客の相手をしている余裕はないと言った様子だったのだが、俺、レイルが治療に来たと分かるや否や、中に入れてもらうことが出来た。
そしてすぐに、娘さんが寝かされているベッドへと向かう。
一応簡単ではあるが応急処置が施されており、早速幼い少女の右目を覆っている布を慎重に取り外して右手をかざす。
「レイルさん……お願いします」
「はい。では始めますね」
欠損した眼球へと意識を集中させる……すると彼女の顔と俺の右手に青い炎のような光が灯る。
これを通じて俺の魔力とリンクさせ、眼球の再生を試みる。
そう、再生だ。
俺の職業はネクロマンサー。つまり『死』に関するスペシャリストだ。
言い換えれば、傷や機能の『死』を『生』へと逆転させているので、どちらかと言えば復元もしくは再生能力を持つスペシャリスト、と言うのが正しいだろう。
故に今回も死んでしまった彼女の右目を生き返らせるのだ。
「……よし、これで終わりました」
ほどなくして、再生は完了した。
この二年間、己の能力を高めるために、かなりの訓練に加えて医学等の勉強を重ねたおかげか、村にいた頃より遥かに早い再生が可能になっている。
「……あれ?」
「ほら、目を開けてみて」
「……あっ!」
閉じていた右目がゆっくりと開いていく。
言葉には表れなかったが、反応を見る限りちゃんと見えているのだろう。
よほど嬉しかったのかそのまま飛び起きてしまいそうだったので、俺は慌てて止めて寝かせなおした。
「怪我をしてからずっと痛みで寝られていなかったはずだ。今はゆっくりと休んだ方がいい」
「……はーい」
ちょっとだけ不満そうな顔だったけど、枕に頭を乗せてやるとすぐに眠りについてしまった。相当体力を消耗していたのだろう。
「ありがとうございました、本当に……レイルさんが来てくれなかったら、この子はどうなっていた事か……」
「次からはこんなことにならないように、気を付けてくださいね」
「はい……ありがとうございました。えっと、その、お礼ですが……」
「ああ、いりませんよ。その代わりファランさんに、ちょっとしたお願いをさせてもらいますので」
「夫に? それは一体……」
「そんな身構えるようなモノじゃないですから安心してください。それじゃあ、先を急いでいるんで失礼します」
せめてお茶でも、と引き留めようとしてきた奥さんだったが、俺としてはさっさと村に帰りたかったので丁重にお断りした。
何故俺がこんなに急いで帰ろうとしているのか、それは王国側の連中が俺を引き留めに来る可能性があるからだ。
説明を受けただけのあのバカ勇者共は信じていないが、死刑囚を使った実験をやっているので、蘇生能力と再生能力は間違いないと言う事を王国側は知っている。
だからこそ勇者共が勝手に追放したことを知れば、ほぼ確実に引き留めに来るはずだ。
まあどうせラティルの奴は、すぐには報告に行かないだろうから、まだ大丈夫だと思うが……
とりあえず急いで村に帰って挨拶をしてから、迷惑をかけないよう、そのまま旅に出た方がいいだろう。
俺はやや駆け足気味でファランさんがいる転送門の下へと戻っていった。
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