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2章 学校編
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しおりを挟む木原先生の乱入という予想外の出来事に少し顔面蒼白になりながらも、本来の目的である笹野先生のUSB入手という目的の達成に全神経を集中させるのだが……。
矛先は木原先生との会話に向けざるを得なかった。
ばれないように、木原先生の気を僕との会話に向かわせ、視線だけは右後方の笹野先生のデスク上に落としてみたは良いものの、USB入手をばれずに難なく成し遂げるのは今の齢(よわい)15歳の中学生の自分にはできない。
無理か。
そう、結論を早めようとした矢先のこと。
授業終わりのチャイムが職員室内一帯に響く。
一瞬、木原先生の気が逸れた。
「今だ!」
勝利の女神が僕に口づけでもしたためか、木原先生が僕を気にも留めず、まるで僕に対する関心を失ったように、離れていく。
先生の往来が激しくなる前にすり替えないといけない。
「どこだ! USB」
USBが刺さっているであろう笹野先生のPCの周囲を見て回る。
だが、なかった。
「五明章介は無罪だ」さんの情報はガセだったのか。
思考がめまぐるしく回転しては逆再生されたDVDのように、思考がつぎはぎの断片的な映像として流れ出す。かといって、今度は水滴がひとつ水面に垂れるように、思考がクリアになっていく。
そうだ、USBを堂々と本人から借りれば良いじゃないか。
だとしたら──。
次にすべきは本人である笹野先生と直に対面で話しUSBを借りれる状況を作る必要がある。
でも……待てよ?
USBをそもそも持ち出すことが可能かどうか検討が要るな。
結論からいってそれは不可能に近い。いや不可能だ。USBは学校の備品ないしは、生徒たちの個人情報が大量だ。個人情報保護の観点からいって借りることはまず不可能だろう。
じゃあ、何ができるんだ。どうしたら。
僕はあぁー、と小さく声を漏らすとここが職員室であり、任務遂行中であることを忘れると、頭をわしゃわしゃ掻いて、思考が振り出しに戻るのを呆然と眺めていた。
久しぶりの思考に疲れ、顔から緊張感が少なくなり、口角が緩み眼がとろーんってなるのを知るも僕には表情を取り繕う余裕も元気もなく、全身が鉛のように重くなるのを感じた。
いわゆる眠いから寝たいという睡眠欲が身体を支配しだした瞬間だ。
いいや、それだけじゃない。
この場から「逃げ出したい」という弱者の思考が勝りだした瞬間でもある。
ああ、またこの思考のループなのか……。
煩わしくあり続けるこの負の思考のたどる道にゴールなどないことはわかっていた。
なのに、抜け出せない。
感情が融けていくように口を塞がれたように自分の声というものが消失した。
(出せない……)
泣き方を知らない赤子のように、はたまた夜な夜な叫ぶことを忘れた狼のように、発声というものが失われてしまった。
身体がコンクリートにでも沈められたように固く重たく感じ、そして痺れさえも覚えた。
誰かに助けを求めたくて泣こうにも泣けない。
何が僕の身に起きたのだろうか。
わからない、わからない、わから……。
ただいえるのは一つ。
笹野先生のUSBを取りに来ただけのはず。
しかし、確実に怯んで身動きがとれない。
おかしい。何かがおかしい。それだけはわかる。
ここには“魔物”がいる。
人の姿をかたどった魔物が。
それも威圧することができるだけのけだものだ。
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