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1章 不幸の始まり
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しおりを挟む喉が乾いたし、小腹が空いたからと階下に降りる僕。
すすり泣く母さんの声が、一階のリビング一帯につんざくように反響して聞こえる。
母さんが投石に怯える姿がまぶたを閉じても伝わるように、リビングに張りつめた恐怖の糸。
リビングに備え付けられた壁一角を占有する割れた大きな窓。
投石はこの窓に面した外からのようだ。
一階の窓の多くは投石のイタズラによって、風穴が生じ、ずさんにも段ボールで応急措置をした箇所がいくつも散見される。
父さんが逮捕されてからというもの、こうしたずさんな修繕と本格的な寒さの到来を示す冬に差し掛かった時期だから、というのも影響してか、暖房をつけても凍るような刺激的な寒さが我が家の暗い空気に乗って肌に障る。
もう慣れたものだ。
手慣れた手付きで手早く投げ入れられた石と割れた窓ガラスの破片をほうきとちり取りを使って片付ける。
「母さん。怪我は?」
「ゆ、悠基……降りてきたのね」
「あ、あぁ。母さんが心配だから降りてきた」
「 ありがとう。助かるわ」
母さんの体とその周囲を見渡したところ、 母さんの体も周囲にも、投石による怪我があることを示すような傷痕や血痕は見られなかった。
「良かった。母さんに怪我がないのなら」
僕はひとしきり母さんの心配を済ませると、お茶を飲みに降りてきたことを思い出し、冬入りの季節だけど冷えたお茶を冷蔵庫から取り出して、食器棚からプラスチック製の半透明のコップを取り出してとくとくと注いだ。
注いだお茶を飲み干して、ふーっ、とひと息つくと心地のよい乾いた音を鳴らし、今日に至るまでの出来事を整理し始めた。
「そもそも、なんでこんな目に逢うようになったんだっけ? 父さんが逮捕された事実を知ったときは確か──」
◇◆◇◆
そう、父さんが逮捕されてから、しばらくはその情報は伏せられていたんだ。
まだ中学生の僕に対するせめてもの配慮だと、母さんは警察に懇願して、父さんが逮捕された事実は地元のマスコミからは伏せられることになった。
いわゆる情報規制というやつらしい。
母さんの機転で、僕は普通の学生生活を難なくとは残念ながらいきそうにもなかったけど、少しでも楽に送れるように、学校でも伏せられることに。
だけど、“父さんが逮捕された”、この事実は担任の笹野(ささの)先生と校長先生にだけ、伝えられた。
母さんの願いを警察が聞き入れた形で、松場警察署の担当警察官から事件発覚翌日の午前に電話、呼び出し。そして、担当警察官、母さん、笹野先生、校長先生による話し合いが実現した。
この話は、僕が学校に仮病を使って休むことが決まってから知った話になるのだが。
まさか、母さんがそこまで僕を心配しているなんて思いもよらずだったから甘んじて受け入れようと思った。
しばらくは休みになったのに、噂というやつは、伝播するのが生来の性格らしい。
やはり、あの逮捕劇を目撃した近所の人たちや群衆が口々に噂を流していたためか、僕が休んでいるのはただの仮病でもなく、犯罪者が出たからじゃないか? あるいは──なんて勘繰り、確かめようとする不埒(ふらち)な輩が出て、我が家の敷地に無断で入ろうとする輩まで出てしまった。
噂は紛れもない事実だと、クラスメートや学校全体に知られるまで2週間とかからなかった。
突如として、LINEを交換していた友人やクラスメート達から、僕にとって父さんの逮捕劇が1つ目のXデーだとするなら、“いじめの始まり”という二つ目のXデーを迎えることになった。
鳴り止まないLINEの通知、Twitterの通知。
通知を開けば、“お前の家、犯罪者いるだろ?”
“だから、仮病で休んでるんだろ?”
通知が常に来るから、電話やメールを見るのが怖くて、追い込まれて。
とにかく最悪だった。
僕は厳重に栓をした苦い記憶をたどると、読み終えた本を閉じるようにそっと記憶を閉じた。
そして、はじめから自分の居場所はそこであるかのように、階段を上がり、固く窓とカーテンが閉じられた自室に引きこもった。
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