上 下
1 / 2
高校生編〜光満ちたり〜

眼差しの彼方──①

しおりを挟む
ごめんなさーい、と目の前の同級生は言った。朝ニュースの星座占いぐらいの軽さで。──今日の運勢、最下位は……ごめんなさーい、〇〇座のあなたでーす、ぐらいの。ってそれ一ミリもごめんなんて思ってねーだろ。

「ほんっとーにごめんね? あたし今日、どーしても外せない用事があって……」
「でも、用事があっても仕事してもらわないと私たち生徒会も困るんだけど。ねえ真実?」

真実(まみ)は差し出された一枚の書類に目を落とす。各委員が生徒会に今日までに提出しなければならないものだというのに、ぺらりと透かしてみても目の前の紙は真っ白。部活動が無い生徒は下校するようにと促す放課後の放送が狭い生徒会室に響く。

つまりは、こういうことだ。「期限を伸ばしてほしい」と直接言わないくせに、察して欲しいと。期限を伸ばすか、仕事を代わって欲しいと暗に迫っている。

あー、腹立つ! 頭が高いんだよ、土下座しても足りねーわ。

真実は座っているので、必然的に立っているクラスメイトには見下ろされる位置なのだが、そんなものお構いなしに心の中で毒を吐いた。もちろん、ぴくりとも眉を動かさずに。

そして真実は困ったように白く、まろやかな頰に手をあてる。

「えーと、期限は今日だったはずなんだけど……」
「ほんっとにごめん!  いろいろ忙しくて間に合わなくって……」

彼女はぱん!と顔の前で大げさに音を鳴らして手を合わせる。

いやいや、手え合わせて首かしげてもかわいくないからね。

「うん、わかった。いいよ」
「真実!? 」

隣の百合がとがめるように声を上げる。
それを横目にこてりと小首を傾げ、真実はほほえんだ。こうやるんだよ。


「私がやっとくよ。用事があるんなら早く行かなくっちゃ」

「まじ!? ありがとー! やっぱ、真実ちゃんがおんなじクラスでよかったー!!」

さっきまでのしおらしい態度は一転、どたどたと足音を立てて生徒会室を後にする。

ちょ、扉くらいちゃんと閉めてってよ。

真実が呼び止めようとするのと、百合が大きくパイプ椅子の音を立てて立ち上がるのは同時だった。


「あー! もう、腹立つ! 全然反省してないじゃん! 真実も仕事引き受けなくてよかったのに」

ふるん。ドアを閉めて振り返ると同時に激しく揺れるポニーテール。

「でも、あのままじゃ、埒があかなかったし」

「それにしたって、あの子ありえなくない!? 昼に『あっちのメンツさいきょーだよ、今日の合コン!』とかってバカ笑いしてたのあたしらが聞いてなかったとでも思ってんのかなぁ!」


ほんとまじそれな。ダルビッシュ有も真っ青な豪速球で仕事ぶん投げやがって。首が振り切れるほど頷きたいのは山々なのだが、友人はあまりにも激昂していて、真実が同調すればさらにヒートアップしてしまいそうだ。怒りのオーラが見えるとすれば噴火して天井を突き破っていきそうなくらい。

うーん。これはある程度ぶちまけさせた方がいい。
泣き出した赤子をあやすような心持ちで「あはは、たしかに声大きかったよね」と、ずっと崩さなかった笑みを苦笑に塗り替えた。

「ほんとにそれ! 先生にリップ、派手だって注意されても『今日合コンなんで~かわいいっしょ?』ってふざけてたし! その悪趣味な色の唇で!」
「まあ、ある程度ウチは校則ゆるいとはいってもねー」

そろそろいいかな。真実はそーいえば、と話題を逸らす。

「ゆりのリップ、新作のやつだよね? すっごくかわいい! 彼氏も喜ぶんじゃない?」
「わかるー? そ、バイトして買ったんだー」

百合は今までの不機嫌を収めてローズ色のリップを塗った唇をほころばせる。そうそう、その笑顔。かわいい。好きな人のために頑張る女の子は総じてかわいい。

「デートとか服とかメイクとかけっこーお金使うし。やっぱ軍資金貯めないと!」

百合は照れを誤魔化すように勇ましく拳を握る。

でもそっか、バイトかぁ。いいな。羨ましさは視界の隅を時折ひらひらはためくカーテンのように頭をよぎる。

「ファミレスで働いてるんだよね? 接客ってどんな感じなの?やっぱり楽しい?」

「えーとねえ、まあ確かに立ちっぱなのは辛いんだけど──」

二人で会話を楽しみながら仕事をすると、あっという間に日が傾いていた。

「一緒に生徒会してて思うけど、真実ってバリバリ仕事できるし、人望もあるし、バイトありなんじゃない? ──やば、もうこんな時間じゃん! シフト遅れる!」

百合は慌てて荷物をまとめ、ドアの前で振り返る。

「あたし、先帰るけど真実も早く帰りなよ!」

ドアの閉まる音を聞いてようやく、いいなぁと本音を漏らせた。
けれどその音も、野球部の掛け声にかき消されて、ただ唇を震わせるだけで。ぽっかり空いた心は勝手に寂しさにピントを合わせていく。だらしなく頬杖をつけばただ目の前を占領するカーテン。光も遮って。

真実と同じ生徒会役員である北見 百合は誰もが憧れるようなキラキラ女子高生オーラを放っている。オシャレにバイトに友人に恋。少女漫画に出てくる青春を楽しむ女子高生そのものだ。
理想のJK像に付けられたハッシュタグみたいな記号を取り出せば、真実だってほとんど当てはまるはずなのに、何かが足りない。子供の頃描いていた理想とは程遠い。

あれ、これでいいんだっけ──。
帰り道、隣の家から漂うカレーの匂いの羨ましさのように。
あの頃から少しは成長したはずなのにふとした瞬間、子供の自分が足を止めてしまいそうになる。

だめだ。夕暮れって感傷的になってしまうからいけない。少しでも仕事進めなきゃ。たるんだ気持ちをきゅ、とハチマキを頭に巻くように引き締める。

憧れは全て、沈みゆく夕焼けの中に。

腰掛けたパイプ椅子がきい、と寂しさを軋ませた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

さよならとつぶやいて、きみは夏空に消えた

月夜野繭
ライト文芸
――きみと出逢ったのは、遠い夏の日―― 東京の会社を辞めて、祖母の骨董店を継いだ透のもとを訪ねてきたのは、ちょっと不思議な女の子。 彼女は売り物の古いフォトフレームを指さして、その中に入っていたはずの写真を探していると言う。色褪せた写真に隠された、少女の秘密とは……。 なぜか記憶から消えてしまった、十五年前の夏休み。初恋の幼馴染みと同じ名を持つ少女とともに、失われた思い出を探す喪失と再生の物語です。 ※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

付き合っていた『氷の女王』な碓氷さんに桜の木の下でフラれました。 〜でも諦めたらそこで試合終了なので猛アタック(物理)します!〜

凛音@りんね
ライト文芸
『氷の女王』の異名を持つ碓氷玲沙。 主人公、時田翔吾は憧れの碓氷さんに告白され付き合っていたが、ある理由で呆気なくフラれてしまう。 落ち込む時田をクラスメイトで親友の沢城秀和が、的確かつ大胆なアドバイスで励ます。 女子からモテる沢城の言うことなら間違いない!と思った時田は、次の日から碓氷さんに猛アタック(物理)を開始したがーー!? 甘々じれじれなラブコメディです!

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

神様のボートの上で

shiori
ライト文芸
”私の身体をあなたに託しました。あなたの思うように好きに生きてください” (紹介文)  男子生徒から女生徒に入れ替わった男と、女生徒から猫に入れ替わった二人が中心に繰り広げるちょっと刺激的なサスペンス&ラブロマンス!  (あらすじ)  ごく平凡な男子学生である新島俊貴はとある昼休みに女子生徒とぶつかって身体が入れ替わってしまう  ぶつかった女子生徒、進藤ちづるに入れ替わってしまった新島俊貴は夢にまで見た女性の身体になり替わりつつも、次々と事件に巻き込まれていく  進藤ちづるの親友である”佐伯裕子”  クラス委員長の”山口未明”  クラスメイトであり新聞部に所属する”秋葉士郎”  自分の正体を隠しながら進藤ちづるに成り代わって彼らと慌ただしい日々を過ごしていく新島俊貴は本当の自分の机に進藤ちづるからと思われるメッセージを発見する。    そこには”私の身体をあなたに託しました。どうかあなたの思うように好きに生きてください”と書かれていた ”この入れ替わりは彼女が自発的に行ったこと?” ”だとすればその目的とは一体何なのか?”  多くの謎に頭を悩ませる新島俊貴の元に一匹の猫がやってくる、言葉をしゃべる摩訶不思議な猫、その正体はなんと自分と入れ替わったはずの進藤ちづるだった

雨の庭で来ぬ君を待つ【本編・その後 完結】

ライト文芸
《5/31 その後のお話の更新を始めました》 私は―― 気付けばずっと、孤独だった。 いつも心は寂しくて。その寂しさから目を逸らすように生きていた。 僕は―― 気付けばずっと、苦しい日々だった。 それでも、自分の人生を恨んだりはしなかった。恨んだところで、別の人生をやり直せるわけでもない。 そう思っていた。そう、思えていたはずだった――。 孤独な男女の、静かで哀しい出会いと関わり。 そこから生まれたのは、慰め? 居場所? それともーー。 "キミの孤独を利用したんだ" ※注意……暗いです。かつ、禁断要素ありです。 以前他サイトにて掲載しておりましたものを、修正しております。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

彗星の瞬く夜、妖怪列車に乗って

凛音@りんね
ライト文芸
八月上旬、千穂(ちほ)は生まれ故郷である鳥取県へ四年振りに帰郷していた。 かつての恋人、真也(しんや)が交通事故で帰らぬ人となったからだ。 少しずつ変わっていく人々や街の景観に寂しさを感じながらも、彼と過ごした楽しい日々に思いを馳せる千穂。 そしていわくつきの抜け道で、思いがけない人物と再会する。 じんわりとした読後感のお話です。

今日は贅沢にカクテルはいかが?〖完結〗

華周夏
ライト文芸
喉を通る宝石、甘くて、時にはほろ苦い、気怠い、カクテルはいかが? 数多あるカクテルの短編集。

処理中です...