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高校生編〜光満ちたり〜
眼差しの彼方──①
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ごめんなさーい、と目の前の同級生は言った。朝ニュースの星座占いぐらいの軽さで。──今日の運勢、最下位は……ごめんなさーい、〇〇座のあなたでーす、ぐらいの。ってそれ一ミリもごめんなんて思ってねーだろ。
「ほんっとーにごめんね? あたし今日、どーしても外せない用事があって……」
「でも、用事があっても仕事してもらわないと私たち生徒会も困るんだけど。ねえ真実?」
真実(まみ)は差し出された一枚の書類に目を落とす。各委員が生徒会に今日までに提出しなければならないものだというのに、ぺらりと透かしてみても目の前の紙は真っ白。部活動が無い生徒は下校するようにと促す放課後の放送が狭い生徒会室に響く。
つまりは、こういうことだ。「期限を伸ばしてほしい」と直接言わないくせに、察して欲しいと。期限を伸ばすか、仕事を代わって欲しいと暗に迫っている。
あー、腹立つ! 頭が高いんだよ、土下座しても足りねーわ。
真実は座っているので、必然的に立っているクラスメイトには見下ろされる位置なのだが、そんなものお構いなしに心の中で毒を吐いた。もちろん、ぴくりとも眉を動かさずに。
そして真実は困ったように白く、まろやかな頰に手をあてる。
「えーと、期限は今日だったはずなんだけど……」
「ほんっとにごめん! いろいろ忙しくて間に合わなくって……」
彼女はぱん!と顔の前で大げさに音を鳴らして手を合わせる。
いやいや、手え合わせて首かしげてもかわいくないからね。
「うん、わかった。いいよ」
「真実!? 」
隣の百合がとがめるように声を上げる。
それを横目にこてりと小首を傾げ、真実はほほえんだ。こうやるんだよ。
「私がやっとくよ。用事があるんなら早く行かなくっちゃ」
「まじ!? ありがとー! やっぱ、真実ちゃんがおんなじクラスでよかったー!!」
さっきまでのしおらしい態度は一転、どたどたと足音を立てて生徒会室を後にする。
ちょ、扉くらいちゃんと閉めてってよ。
真実が呼び止めようとするのと、百合が大きくパイプ椅子の音を立てて立ち上がるのは同時だった。
「あー! もう、腹立つ! 全然反省してないじゃん! 真実も仕事引き受けなくてよかったのに」
ふるん。ドアを閉めて振り返ると同時に激しく揺れるポニーテール。
「でも、あのままじゃ、埒があかなかったし」
「それにしたって、あの子ありえなくない!? 昼に『あっちのメンツさいきょーだよ、今日の合コン!』とかってバカ笑いしてたのあたしらが聞いてなかったとでも思ってんのかなぁ!」
ほんとまじそれな。ダルビッシュ有も真っ青な豪速球で仕事ぶん投げやがって。首が振り切れるほど頷きたいのは山々なのだが、友人はあまりにも激昂していて、真実が同調すればさらにヒートアップしてしまいそうだ。怒りのオーラが見えるとすれば噴火して天井を突き破っていきそうなくらい。
うーん。これはある程度ぶちまけさせた方がいい。
泣き出した赤子をあやすような心持ちで「あはは、たしかに声大きかったよね」と、ずっと崩さなかった笑みを苦笑に塗り替えた。
「ほんとにそれ! 先生にリップ、派手だって注意されても『今日合コンなんで~かわいいっしょ?』ってふざけてたし! その悪趣味な色の唇で!」
「まあ、ある程度ウチは校則ゆるいとはいってもねー」
そろそろいいかな。真実はそーいえば、と話題を逸らす。
「ゆりのリップ、新作のやつだよね? すっごくかわいい! 彼氏も喜ぶんじゃない?」
「わかるー? そ、バイトして買ったんだー」
百合は今までの不機嫌を収めてローズ色のリップを塗った唇をほころばせる。そうそう、その笑顔。かわいい。好きな人のために頑張る女の子は総じてかわいい。
「デートとか服とかメイクとかけっこーお金使うし。やっぱ軍資金貯めないと!」
百合は照れを誤魔化すように勇ましく拳を握る。
でもそっか、バイトかぁ。いいな。羨ましさは視界の隅を時折ひらひらはためくカーテンのように頭をよぎる。
「ファミレスで働いてるんだよね? 接客ってどんな感じなの?やっぱり楽しい?」
「えーとねえ、まあ確かに立ちっぱなのは辛いんだけど──」
二人で会話を楽しみながら仕事をすると、あっという間に日が傾いていた。
「一緒に生徒会してて思うけど、真実ってバリバリ仕事できるし、人望もあるし、バイトありなんじゃない? ──やば、もうこんな時間じゃん! シフト遅れる!」
百合は慌てて荷物をまとめ、ドアの前で振り返る。
「あたし、先帰るけど真実も早く帰りなよ!」
ドアの閉まる音を聞いてようやく、いいなぁと本音を漏らせた。
けれどその音も、野球部の掛け声にかき消されて、ただ唇を震わせるだけで。ぽっかり空いた心は勝手に寂しさにピントを合わせていく。だらしなく頬杖をつけばただ目の前を占領するカーテン。光も遮って。
真実と同じ生徒会役員である北見 百合は誰もが憧れるようなキラキラ女子高生オーラを放っている。オシャレにバイトに友人に恋。少女漫画に出てくる青春を楽しむ女子高生そのものだ。
理想のJK像に付けられたハッシュタグみたいな記号を取り出せば、真実だってほとんど当てはまるはずなのに、何かが足りない。子供の頃描いていた理想とは程遠い。
あれ、これでいいんだっけ──。
帰り道、隣の家から漂うカレーの匂いの羨ましさのように。
あの頃から少しは成長したはずなのにふとした瞬間、子供の自分が足を止めてしまいそうになる。
だめだ。夕暮れって感傷的になってしまうからいけない。少しでも仕事進めなきゃ。たるんだ気持ちをきゅ、とハチマキを頭に巻くように引き締める。
憧れは全て、沈みゆく夕焼けの中に。
腰掛けたパイプ椅子がきい、と寂しさを軋ませた。
「ほんっとーにごめんね? あたし今日、どーしても外せない用事があって……」
「でも、用事があっても仕事してもらわないと私たち生徒会も困るんだけど。ねえ真実?」
真実(まみ)は差し出された一枚の書類に目を落とす。各委員が生徒会に今日までに提出しなければならないものだというのに、ぺらりと透かしてみても目の前の紙は真っ白。部活動が無い生徒は下校するようにと促す放課後の放送が狭い生徒会室に響く。
つまりは、こういうことだ。「期限を伸ばしてほしい」と直接言わないくせに、察して欲しいと。期限を伸ばすか、仕事を代わって欲しいと暗に迫っている。
あー、腹立つ! 頭が高いんだよ、土下座しても足りねーわ。
真実は座っているので、必然的に立っているクラスメイトには見下ろされる位置なのだが、そんなものお構いなしに心の中で毒を吐いた。もちろん、ぴくりとも眉を動かさずに。
そして真実は困ったように白く、まろやかな頰に手をあてる。
「えーと、期限は今日だったはずなんだけど……」
「ほんっとにごめん! いろいろ忙しくて間に合わなくって……」
彼女はぱん!と顔の前で大げさに音を鳴らして手を合わせる。
いやいや、手え合わせて首かしげてもかわいくないからね。
「うん、わかった。いいよ」
「真実!? 」
隣の百合がとがめるように声を上げる。
それを横目にこてりと小首を傾げ、真実はほほえんだ。こうやるんだよ。
「私がやっとくよ。用事があるんなら早く行かなくっちゃ」
「まじ!? ありがとー! やっぱ、真実ちゃんがおんなじクラスでよかったー!!」
さっきまでのしおらしい態度は一転、どたどたと足音を立てて生徒会室を後にする。
ちょ、扉くらいちゃんと閉めてってよ。
真実が呼び止めようとするのと、百合が大きくパイプ椅子の音を立てて立ち上がるのは同時だった。
「あー! もう、腹立つ! 全然反省してないじゃん! 真実も仕事引き受けなくてよかったのに」
ふるん。ドアを閉めて振り返ると同時に激しく揺れるポニーテール。
「でも、あのままじゃ、埒があかなかったし」
「それにしたって、あの子ありえなくない!? 昼に『あっちのメンツさいきょーだよ、今日の合コン!』とかってバカ笑いしてたのあたしらが聞いてなかったとでも思ってんのかなぁ!」
ほんとまじそれな。ダルビッシュ有も真っ青な豪速球で仕事ぶん投げやがって。首が振り切れるほど頷きたいのは山々なのだが、友人はあまりにも激昂していて、真実が同調すればさらにヒートアップしてしまいそうだ。怒りのオーラが見えるとすれば噴火して天井を突き破っていきそうなくらい。
うーん。これはある程度ぶちまけさせた方がいい。
泣き出した赤子をあやすような心持ちで「あはは、たしかに声大きかったよね」と、ずっと崩さなかった笑みを苦笑に塗り替えた。
「ほんとにそれ! 先生にリップ、派手だって注意されても『今日合コンなんで~かわいいっしょ?』ってふざけてたし! その悪趣味な色の唇で!」
「まあ、ある程度ウチは校則ゆるいとはいってもねー」
そろそろいいかな。真実はそーいえば、と話題を逸らす。
「ゆりのリップ、新作のやつだよね? すっごくかわいい! 彼氏も喜ぶんじゃない?」
「わかるー? そ、バイトして買ったんだー」
百合は今までの不機嫌を収めてローズ色のリップを塗った唇をほころばせる。そうそう、その笑顔。かわいい。好きな人のために頑張る女の子は総じてかわいい。
「デートとか服とかメイクとかけっこーお金使うし。やっぱ軍資金貯めないと!」
百合は照れを誤魔化すように勇ましく拳を握る。
でもそっか、バイトかぁ。いいな。羨ましさは視界の隅を時折ひらひらはためくカーテンのように頭をよぎる。
「ファミレスで働いてるんだよね? 接客ってどんな感じなの?やっぱり楽しい?」
「えーとねえ、まあ確かに立ちっぱなのは辛いんだけど──」
二人で会話を楽しみながら仕事をすると、あっという間に日が傾いていた。
「一緒に生徒会してて思うけど、真実ってバリバリ仕事できるし、人望もあるし、バイトありなんじゃない? ──やば、もうこんな時間じゃん! シフト遅れる!」
百合は慌てて荷物をまとめ、ドアの前で振り返る。
「あたし、先帰るけど真実も早く帰りなよ!」
ドアの閉まる音を聞いてようやく、いいなぁと本音を漏らせた。
けれどその音も、野球部の掛け声にかき消されて、ただ唇を震わせるだけで。ぽっかり空いた心は勝手に寂しさにピントを合わせていく。だらしなく頬杖をつけばただ目の前を占領するカーテン。光も遮って。
真実と同じ生徒会役員である北見 百合は誰もが憧れるようなキラキラ女子高生オーラを放っている。オシャレにバイトに友人に恋。少女漫画に出てくる青春を楽しむ女子高生そのものだ。
理想のJK像に付けられたハッシュタグみたいな記号を取り出せば、真実だってほとんど当てはまるはずなのに、何かが足りない。子供の頃描いていた理想とは程遠い。
あれ、これでいいんだっけ──。
帰り道、隣の家から漂うカレーの匂いの羨ましさのように。
あの頃から少しは成長したはずなのにふとした瞬間、子供の自分が足を止めてしまいそうになる。
だめだ。夕暮れって感傷的になってしまうからいけない。少しでも仕事進めなきゃ。たるんだ気持ちをきゅ、とハチマキを頭に巻くように引き締める。
憧れは全て、沈みゆく夕焼けの中に。
腰掛けたパイプ椅子がきい、と寂しさを軋ませた。
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