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4. 謎の老人②
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いたたまれなくなった僕は、途中で車を降ろしてくれと父に頼み歩いてセントラルパークに向かった。公園では愛情深い笑顔の両親に見守られた子どもたちが元気いっぱいに駆け回り、恋人たちが戯れあっている。
檻の中止まり木で眠る愛らしい梟を見つめる。これまで僕はオーツを逃すことを何度も試みたが彼の周りにはいつも見物人が集っていて不可能だった。もしオーツが元気に空を飛び回る姿を見れば弟も元気を取り戻すんじゃないかと思ったのだ。
年に唯一嘘を愉しむ日に、僕は弟に嘘をついた。本当は嘘が憎い。これまで何度も騙されてきた。両親は最初エヴァンの病気のことを僕に教えなかった。いずれ病気は治り元気になると言ったがそれは嘘で、彼の病気はずっと深刻なものだった。医者はきっと普通の生活を送れるようになると僕を励ましたが今が普通だなんて誰が言えるだろう。皆嘘つきだ。
弟に嘘をついてしまっことが今更ながら激しく悔やまれた。彼の心が一瞬でも晴れればと思っていたが、いつか真実を知ったら——梟が檻を飛び出して空を飛んでいるなんていうのは真っ赤な嘘で、本当はまだ檻の中で鬱屈した人生を送っているなんて知ったら落胆するに違いない。
ベンチに腰掛けぼんやりしていたら、杖をついた80歳くらいの老人が現れた。側を通る時よろけて倒れそうになったので咄嗟に支え、具合が悪そうだったから水を買って飲ませた。20分ほどで回復したらしい老人は、助けてもらったお礼に願いを一つ叶えてやると言う。僕は考えた後「今日が終わらないで欲しい」と答えた。弟が元気になるようにと言えばよかったが、願いはこれまで何度も打ち砕かれてきた。期待などしない方がいい。
弟はいつか、早ければ明日にでも僕の言ったことが嘘と知り失望するだろう。僕のことを恨むかもしれない。今彼は刻々と死に向かっているのかもしれず、弱って行く姿を見ることになるのなら僕の嘘がまだ許されている今日を、オーツが逃げたという嘘を信じた弟と笑い合える今日をずっと過ごしていたかった。
「もしも」
僕の隣にいる老人はつぶやいた。
「この世界が牢獄だとして、さらなる牢獄に閉じ込められる可能性があるとしたら君は耐えられるか?」
僕は意味も分からずに耐えられると答えた。すると老人はゆっくりと頷いて、胸ポケットから金色の時計を取り出した。それは普通の時計ではなくて、数字ではない僕の分からないカラフルな文字や絵が文字盤の中に無数に描かれていた。
「君の願いを叶えてやろう。誰もが涙と血が出るほどほしいと願っているけれど、決して手に入れられないものを君にあげよう。だけど忘れないでほしい、これはわしと、わしの家族や友人たちの血と涙の結晶だということを」
老人がその時計を手のひらに乗せて僕に差し出すようにすると、その時計の中から虹色で透き通った、見たこともないような美しい光が吹き出して僕の身体を包んだ。その間さっきまでの澱んだ気持ちは綺麗さっぱり無くなった。僕の中が綺麗に掃除されて、更にコンピュータープログラムのようにアップデートされ、別の人間として生まれ変わったみたいな感覚だった。
やがて虹色の光が僕の中にゆっくりと浸透して消えると、老人は話し始めた。
「宝くじに当たった人間は不幸になると言う。何か特別なものを大量に手に入れてしまうと人は良心を失ってしまって、無駄遣いしたり悪いことに使いたくなるもんじゃ。だがわしは君を信じよう、これを悪用することは決してしないでくれ。君や周りの人のために使うと約束してくれ」
僕が頷くのを見て老人はわずかに微笑んだ。
檻の中止まり木で眠る愛らしい梟を見つめる。これまで僕はオーツを逃すことを何度も試みたが彼の周りにはいつも見物人が集っていて不可能だった。もしオーツが元気に空を飛び回る姿を見れば弟も元気を取り戻すんじゃないかと思ったのだ。
年に唯一嘘を愉しむ日に、僕は弟に嘘をついた。本当は嘘が憎い。これまで何度も騙されてきた。両親は最初エヴァンの病気のことを僕に教えなかった。いずれ病気は治り元気になると言ったがそれは嘘で、彼の病気はずっと深刻なものだった。医者はきっと普通の生活を送れるようになると僕を励ましたが今が普通だなんて誰が言えるだろう。皆嘘つきだ。
弟に嘘をついてしまっことが今更ながら激しく悔やまれた。彼の心が一瞬でも晴れればと思っていたが、いつか真実を知ったら——梟が檻を飛び出して空を飛んでいるなんていうのは真っ赤な嘘で、本当はまだ檻の中で鬱屈した人生を送っているなんて知ったら落胆するに違いない。
ベンチに腰掛けぼんやりしていたら、杖をついた80歳くらいの老人が現れた。側を通る時よろけて倒れそうになったので咄嗟に支え、具合が悪そうだったから水を買って飲ませた。20分ほどで回復したらしい老人は、助けてもらったお礼に願いを一つ叶えてやると言う。僕は考えた後「今日が終わらないで欲しい」と答えた。弟が元気になるようにと言えばよかったが、願いはこれまで何度も打ち砕かれてきた。期待などしない方がいい。
弟はいつか、早ければ明日にでも僕の言ったことが嘘と知り失望するだろう。僕のことを恨むかもしれない。今彼は刻々と死に向かっているのかもしれず、弱って行く姿を見ることになるのなら僕の嘘がまだ許されている今日を、オーツが逃げたという嘘を信じた弟と笑い合える今日をずっと過ごしていたかった。
「もしも」
僕の隣にいる老人はつぶやいた。
「この世界が牢獄だとして、さらなる牢獄に閉じ込められる可能性があるとしたら君は耐えられるか?」
僕は意味も分からずに耐えられると答えた。すると老人はゆっくりと頷いて、胸ポケットから金色の時計を取り出した。それは普通の時計ではなくて、数字ではない僕の分からないカラフルな文字や絵が文字盤の中に無数に描かれていた。
「君の願いを叶えてやろう。誰もが涙と血が出るほどほしいと願っているけれど、決して手に入れられないものを君にあげよう。だけど忘れないでほしい、これはわしと、わしの家族や友人たちの血と涙の結晶だということを」
老人がその時計を手のひらに乗せて僕に差し出すようにすると、その時計の中から虹色で透き通った、見たこともないような美しい光が吹き出して僕の身体を包んだ。その間さっきまでの澱んだ気持ちは綺麗さっぱり無くなった。僕の中が綺麗に掃除されて、更にコンピュータープログラムのようにアップデートされ、別の人間として生まれ変わったみたいな感覚だった。
やがて虹色の光が僕の中にゆっくりと浸透して消えると、老人は話し始めた。
「宝くじに当たった人間は不幸になると言う。何か特別なものを大量に手に入れてしまうと人は良心を失ってしまって、無駄遣いしたり悪いことに使いたくなるもんじゃ。だがわしは君を信じよう、これを悪用することは決してしないでくれ。君や周りの人のために使うと約束してくれ」
僕が頷くのを見て老人はわずかに微笑んだ。
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