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11. 別れ
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男たちに灸を据えたあと家に帰ると、松がご馳走を用意していた。
「今日は傑くんの誕生日でしょう? いつも頑張ってもらってるから、今日くらいは沢山食べられるように腕を振るったわ」
囲炉裏の前には味噌汁と椎茸と青菜の煮物、猪の肉、山菜の炊き込みご飯が並んでいた。あまりに美味しそうで涎が出た。
それにしてもなぜ松は僕の誕生日を知っているんだろう?
ふと、この間長老の家に行った帰りに松から誕生日はいつかと聞かれたのを思い出した。あのときから松がお祝いのことを考えてくれていたのかと思うと胸がいっぱいになった。生まれてきてよかったと心から思えた。
「ありがとうございます、松さん」
「お前また泣いてんな?」と権田が顔を覗き飲んできたので、「泣いてねえよ」とパンチパーマに拳を突っ込み殴るふりをした。
笑い声に溢れる祝宴の夜はゆっくりと過ぎて行った。
翌日は朝から耕太郎が車をあちこち弄っていた。壊されないかと幸は心配していたが、僕は耕太郎を信用して車を預けることにした。
夕方川べりで仲良くなった狐の母子餌やりをしていたら、耕太郎がドタバタと走ってきて車が直ったと言った。
まさかと思いながら家に駆け戻り、車に飛び込んでキーを回すと、エンジン音とともに車体が震えた。
「すごい、本当に君が直したのか! ありがとう!」
耕太郎は自慢げに笑った。
僕は畑で大の字になっている権田にエンジンがかかったと伝えた。権田は飛び起きて走って車に向かうと、「本当だ、うごいてらあ! すげーよ耕太郎!」とばんざいをした。
「これで帰れるかもしれないな」
そう言いながら僕は胸が締め付けられるのを感じた。帰ることは別れを意味する。幸や松、耕太郎や長老など村の人たちにももう二度と会えないかもしれないことも。
車が動いたことを知った幸と松は僕たち以上に喜んでくれた。
「本当にお世話になりました」
お礼を言うと幸と松は涙を溜めて微笑んだ。
「寂しくなるわ。だけどまたいつか会えるわよね」
幸の言葉に僕は頷いた。
「きっと会えるよ」
僕たちが帰ると聞き村人たちが庭に集まってきた。長老もいたし、耕太郎の姿もあった。
僕と権田は耕太郎と幸と握手を交わした。
「耕太郎、強く生きるんだ。君は一人じゃないということと、僕たちがいたことを忘れるな。僕たちも君たちのことを忘れない」
耕太郎は泣きながら何度も頷いた。幸も着物の袖で涙を拭いていた。他の村人たちもつられて泣いていた。
「あんたたちの人生はこれからだからね、頑張んなさいよ!」と松は涙を流しながら僕たちの肩を叩いた。松の言葉が胸に響いた。
「幸さんも松さんも、どうかご無事で」
「幸さん、また戻ったときには僕と結婚……」
「馬鹿言うな」
権田の頭を小突くと皆が笑った。
アクセルをゆっくり踏み込む。
「元気でね」
「またな」
皆が口々に別れの言葉を言って手を振ってくれた。
耕太郎の大きな身体と、幸の小さな身体、村の人々の姿がだんだんと遠ざかっていくのがバックミラー越しに見え、涙と鼻水が止まらなかった。
権田は窓の外を見て一度鼻を啜った。
「俺も仕事探そうっと」
旧道を抜けてしばらく走るとやがて馴染みのある国道に出た。夕日だけが赤く、僕たちを優しく迎え入れているみたいだった。
僕はこの経験を、あそこで会った人たちのことをずっと忘れないだろうと思った。
「今日は傑くんの誕生日でしょう? いつも頑張ってもらってるから、今日くらいは沢山食べられるように腕を振るったわ」
囲炉裏の前には味噌汁と椎茸と青菜の煮物、猪の肉、山菜の炊き込みご飯が並んでいた。あまりに美味しそうで涎が出た。
それにしてもなぜ松は僕の誕生日を知っているんだろう?
ふと、この間長老の家に行った帰りに松から誕生日はいつかと聞かれたのを思い出した。あのときから松がお祝いのことを考えてくれていたのかと思うと胸がいっぱいになった。生まれてきてよかったと心から思えた。
「ありがとうございます、松さん」
「お前また泣いてんな?」と権田が顔を覗き飲んできたので、「泣いてねえよ」とパンチパーマに拳を突っ込み殴るふりをした。
笑い声に溢れる祝宴の夜はゆっくりと過ぎて行った。
翌日は朝から耕太郎が車をあちこち弄っていた。壊されないかと幸は心配していたが、僕は耕太郎を信用して車を預けることにした。
夕方川べりで仲良くなった狐の母子餌やりをしていたら、耕太郎がドタバタと走ってきて車が直ったと言った。
まさかと思いながら家に駆け戻り、車に飛び込んでキーを回すと、エンジン音とともに車体が震えた。
「すごい、本当に君が直したのか! ありがとう!」
耕太郎は自慢げに笑った。
僕は畑で大の字になっている権田にエンジンがかかったと伝えた。権田は飛び起きて走って車に向かうと、「本当だ、うごいてらあ! すげーよ耕太郎!」とばんざいをした。
「これで帰れるかもしれないな」
そう言いながら僕は胸が締め付けられるのを感じた。帰ることは別れを意味する。幸や松、耕太郎や長老など村の人たちにももう二度と会えないかもしれないことも。
車が動いたことを知った幸と松は僕たち以上に喜んでくれた。
「本当にお世話になりました」
お礼を言うと幸と松は涙を溜めて微笑んだ。
「寂しくなるわ。だけどまたいつか会えるわよね」
幸の言葉に僕は頷いた。
「きっと会えるよ」
僕たちが帰ると聞き村人たちが庭に集まってきた。長老もいたし、耕太郎の姿もあった。
僕と権田は耕太郎と幸と握手を交わした。
「耕太郎、強く生きるんだ。君は一人じゃないということと、僕たちがいたことを忘れるな。僕たちも君たちのことを忘れない」
耕太郎は泣きながら何度も頷いた。幸も着物の袖で涙を拭いていた。他の村人たちもつられて泣いていた。
「あんたたちの人生はこれからだからね、頑張んなさいよ!」と松は涙を流しながら僕たちの肩を叩いた。松の言葉が胸に響いた。
「幸さんも松さんも、どうかご無事で」
「幸さん、また戻ったときには僕と結婚……」
「馬鹿言うな」
権田の頭を小突くと皆が笑った。
アクセルをゆっくり踏み込む。
「元気でね」
「またな」
皆が口々に別れの言葉を言って手を振ってくれた。
耕太郎の大きな身体と、幸の小さな身体、村の人々の姿がだんだんと遠ざかっていくのがバックミラー越しに見え、涙と鼻水が止まらなかった。
権田は窓の外を見て一度鼻を啜った。
「俺も仕事探そうっと」
旧道を抜けてしばらく走るとやがて馴染みのある国道に出た。夕日だけが赤く、僕たちを優しく迎え入れているみたいだった。
僕はこの経験を、あそこで会った人たちのことをずっと忘れないだろうと思った。
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