14 / 22
村の長老②
しおりを挟む
「大黒天は本名大国主の神といってな、国が始まる前に天照大御神から幽顕の神勅を受け幽冥主宰大神 というやつになった」
ちょっと何言ってるのか分かりませんという言葉を飲み込んだ僕の顔を見て、宗兵衛は「何言ってるか全然分からんみたいな顔をしとるな」と笑った。源之助のことを言っていられないくらい僕も感情が表に出やすい人間のようだ。
「幽冥とは、幽霊の幽と冥界の冥と書く。つまり、あの世や神様の世界、夢や運命などわしら人間の目には見えん世界のことを言う。
あの祠の神様はつまり、そんな夢幻の世界を司る神様なんじゃよ」
「ということは、僕たちが迷い込んだこの世界も幽冥ということなんでしょうか?」
「そう考えることもできるな。お主、神社で参拝したあとにここに迷い込んだと言っていたな?」
「はい」
「もしかしたら大黒天に呼ばれたのかもしれんな、お前たちがここでなすべきことをするために」
なすべきこと——。
ふと耕太郎の顔が浮かんだ。
「助けたい友達がいるんです」と僕は言った。
「彼を止めれば、あわよくばこの村を救い未来のを変えることができる。あっちの世界に帰ることができるかもしれない。でも僕は、本当にあっちに帰りたいのか分からないんです」
「それはなぜじゃね?」
「こっちに来て僕は生きているって感じがするんです、だけどあっちでは違う。僕は役立たずで誰にも必要とされてなくて、やりたいことも分からない。子どもの頃両親に捨てられて施設で育って、大切な人が死んでその人のために本に関わる勉強をしたいと思ったけど上手くいきませんでした。あっちに戻れば、挫折をしたり上手く生きられないのを人のせいにしてやるべきことをやらない、駄目な僕に戻るような気がして……」
「そんなことはない。ここでできたことが、あっちではできないとなぜ断言できる?」
長老は言った。
「詳しくは分からんが、友達を助けたい、村を救いたいという気持ちがあるのなら、君はあっちの世界でも同じような気持ちを持ち続けられるだろう。友達や好きな人など誰かを大切に思う気持ちは、どの世の中でも同じじゃ。君は駄目人間ではない、少なくともワシからみたらな。神様に魅入られるくらいの人間なんじゃから、もっと自信を持て!」
長老に背中を叩かれ、僕は目が覚めたような気がした。
僕を見守り両親の代わりに育ててくれた施設の職員さんたち、僕に素敵な本と図書館の世界を教えてくれたシマウマ号の運転手さん、僕に大学に行くよう勧めてくれた高校の先生——。僕は一人ではなかった。あっちの世界だって捨てたもんじゃなかったじゃないか。
僕は忘れかけていた。帰りたいという気持ちを。未来に進みたいという気持ちを。この場所にこのまま止まりたいとすら思っていた。だがそれでは駄目だ。僕たちのいるべき場所は、生きる場所はこの世界にはない。別の場所にある今なのだ。
ちょっと何言ってるのか分かりませんという言葉を飲み込んだ僕の顔を見て、宗兵衛は「何言ってるか全然分からんみたいな顔をしとるな」と笑った。源之助のことを言っていられないくらい僕も感情が表に出やすい人間のようだ。
「幽冥とは、幽霊の幽と冥界の冥と書く。つまり、あの世や神様の世界、夢や運命などわしら人間の目には見えん世界のことを言う。
あの祠の神様はつまり、そんな夢幻の世界を司る神様なんじゃよ」
「ということは、僕たちが迷い込んだこの世界も幽冥ということなんでしょうか?」
「そう考えることもできるな。お主、神社で参拝したあとにここに迷い込んだと言っていたな?」
「はい」
「もしかしたら大黒天に呼ばれたのかもしれんな、お前たちがここでなすべきことをするために」
なすべきこと——。
ふと耕太郎の顔が浮かんだ。
「助けたい友達がいるんです」と僕は言った。
「彼を止めれば、あわよくばこの村を救い未来のを変えることができる。あっちの世界に帰ることができるかもしれない。でも僕は、本当にあっちに帰りたいのか分からないんです」
「それはなぜじゃね?」
「こっちに来て僕は生きているって感じがするんです、だけどあっちでは違う。僕は役立たずで誰にも必要とされてなくて、やりたいことも分からない。子どもの頃両親に捨てられて施設で育って、大切な人が死んでその人のために本に関わる勉強をしたいと思ったけど上手くいきませんでした。あっちに戻れば、挫折をしたり上手く生きられないのを人のせいにしてやるべきことをやらない、駄目な僕に戻るような気がして……」
「そんなことはない。ここでできたことが、あっちではできないとなぜ断言できる?」
長老は言った。
「詳しくは分からんが、友達を助けたい、村を救いたいという気持ちがあるのなら、君はあっちの世界でも同じような気持ちを持ち続けられるだろう。友達や好きな人など誰かを大切に思う気持ちは、どの世の中でも同じじゃ。君は駄目人間ではない、少なくともワシからみたらな。神様に魅入られるくらいの人間なんじゃから、もっと自信を持て!」
長老に背中を叩かれ、僕は目が覚めたような気がした。
僕を見守り両親の代わりに育ててくれた施設の職員さんたち、僕に素敵な本と図書館の世界を教えてくれたシマウマ号の運転手さん、僕に大学に行くよう勧めてくれた高校の先生——。僕は一人ではなかった。あっちの世界だって捨てたもんじゃなかったじゃないか。
僕は忘れかけていた。帰りたいという気持ちを。未来に進みたいという気持ちを。この場所にこのまま止まりたいとすら思っていた。だがそれでは駄目だ。僕たちのいるべき場所は、生きる場所はこの世界にはない。別の場所にある今なのだ。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【ショートショート】おやすみ
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。
声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
僕を待つ君、君を迎えにくる彼、そして僕と彼の話
石河 翠
現代文学
すぐに迷子になってしまうお嬢さん育ちの綾乃さん。
僕は彼女を迎えにいくと、必ず商店街のとある喫茶店に寄る羽目になる。そこでコーヒーを飲みながら、おしゃべりをするのが綾乃さんの至福の時間なのだ。コーヒーを飲み終わる頃になると、必ず「彼」が彼女を迎えに現れて……。
扉絵は、遥彼方さんのイラストをお借りしています。
この作品は、小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
【ショートショート】雨のおはなし
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
青春
◆こちらは声劇、朗読用台本になりますが普通に読んで頂ける作品になっています。
声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる