烏と楓の木

たらこ飴

文字の大きさ
上 下
18 / 74

キャンプファイヤー③

しおりを挟む
 次の日の朝はベーグルサンドが配られ、皆で屋内のホールで『エスター』を観た。観るのは二回目なのに、やっぱりめちゃくちゃ怖かった。隣の席のメグは寝ていた。

 お昼は待ちに待ったBBQで、肉をお代わりして食べた。最終的には大食い女王のメグと俺の頂上決戦になったけれど、最後は俺の方が満腹になった。

 お昼の後片付けが終わると、先生が帰る支度をするようにと声をかけた。

 帰りのバスはエイヴェリーと一緒の席に乗ることができた。クレアが「私はどうせ寝ながらいくから、エイヴェリーと乗るといいわ」と気を遣ってくれたのだ。

 だがいざ二人きりになると、緊張して何を話していいか分からない。心臓が脈打って体温が上昇する。窓際のエイヴェリーは、ぼんやりと外を眺めている。

「……食うか?」

 話したいことも見つからず、エイヴェリーの好物だからとシエルに持たされたチーズクラッカーの袋を差し出す。

「ありがとう、これ好きなのよ」

「シエルもなんだ。うまいよな」

「シエルは今日学校?」

「本当は休みなんだけど、バンドの練習があるって出掛けた」

 シエルはクラスメイトとジャズバンドを組んでいる。といってもプロになりたいわけではなく趣味でやっているだけなのだが、校内ではそこそこ人気らしい。

「バンドの子たち、家に遊びにきたりするんでしょ?」

「ああ。ソラっていうアジア系の子と、赤毛のエメラルドって子がよく来るな」

「もしかして、あの歌の上手い?」

「よく知ってるな」

「グランストーンの学園祭で、シエルのバンドの演奏を聴いたの。ボーカルの女の子がすごく上手だったから覚えてるのよ」

「歌は上手いけど、あの子けっこう変わってるんだ」

「そうなの?」

「いい意味でな。すごく面白い子だよ、個性的っていうか」

「なんか分かる気がするわ」

 こんなに話が盛り上がるなんて、妹の存在に感謝した。だが、気づけば俺自身の話を一切できていない。何より彼女に聞きたいことがあったのだ。

「あのさ、エイヴェリー」

「ん?」

ーーお前、クレアのことをどう思ってる?

 その質問を飲み込んだ。皆、疲れて寝静まっているけれど、誰に聞かれているか分からない。

 エイヴェリーはクレアと付き合っていないと否定しているし、クレアもまだ友達止まりと言っていた。それは本当だろうけど、エイヴェリー自身の今現在のクレアに対する気持ちを確認していなかったのだ。

 単純に、聞くのが怖かった。クレアを好きと答えられた時のショックを思ったらーー。

 間も無くエイヴェリーはすやすやと寝息を立てて眠ってしまった。長いまつ毛が瞼の下に影を落とし、炎のように赤い髪が傾いた頬にかかっている。さくらんぼのように赤い唇が、窓から入る陽を受けて艶やかに光っている。

 すぐ隣にいると、気持ちが落ち着かなくて眠るに眠れない。ずっと貧乏ゆすりをしてるもんだから、通路を挟んで隣の席のリアナに「緊張しすぎでしょ!」と揶揄われた。

 エイヴェリーは以前、義理の姉のロマンのことを好きだと言っていた。その好きは、ほとんど熱情と表現してもいいくらいに激しかった。叶わぬ恋に苦しんで泣いている彼女を見ているのが辛かった。

 だが色々あってこの頃はその気持ちも薄れ、ようやく普通の姉妹みたいに接することができるようになったという。ロマンに恋人ができても悲しまないだろうと前に言っていた。

 入学式の日に講堂に向かうエイヴェリーを初めて見た時、ついつい立ち止まって見惚れてしまったのを今でも覚えている。彼女と席が前後と分かった時は、神が俺の味方をしたのだと思った。

 見た目から気が強そうで自分からクラスメイトと打ち解けようとしない彼女は、入学当初クラスの中で浮いた存在だった。今でこそエイヴェリーとティファニーは普通に話しているが、ティファニーのグループの三人がエイヴェリーにトイレで何かを言ってるのを、たまたまその場にいた俺が注意したこともある。

 ただ守ってやりたかった。いつも無理して強がっているみたいで、放っておけなかったのだ。その気持ちが好きに転じたのはいつからだったか、今となっては分からないけれど。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一歩の重さ

burazu
ライト文芸
最年少四段昇段を期待された長谷一輝は最年少四段昇段は果たせず16歳の秋に四段昇段を決めたものの、プロの壁は厚く、くすぶっていた。これはそんな彼がプロの頂点を目指していく物語である。 この作品は小説家になろうさん、エブリスタさん、ノベルアッププラスさん、カクヨムさんでも投稿しています。

Mr. ビーンも真っ青な

たらこ飴
青春
「5で割り切れるような感情なら、この世にラブソングなんて存在しない」 ロンドンに住むオーロラは、5歳まで自分を育ててくれたマディソンに会うために、母のイザベラとともにロンドンへと向かう。そこで彼女は、マディソンが養子として引き取ったというスノウと出会い、新しい生活が始まる。そんな時、映画館でオーロラはエスメという芸能人の女の子と出会い、聡明さとともに、どこか掴めない魅力を持つ彼女に惹かれていく。 一方、イギリスとシドニーを行き来するイラストレーターとなったクリスティは、エスメに対して別の感情をもっていて——。 前半オーロラ視点、後半クリスティ視点で進みます。流血、暴力的表現がいくつかありますが、犯罪を助長する意図は一切ありません。苦手な方は、ブラウザバック推奨。 p.9 Mr. ビーンと青い車に関しては、以下のページを参照させていただきました。 https://itoshinositcom.com/mr-bean https://youtube.com/watch?v=2t8dWRQmt8A&feature=share ※この物語はフィクションです。

Owl The Time

たらこ飴
ファンタジー
アンソニーの弟エヴァンは重い病気で入退院を繰り返している。エイプリルフールの日アンソニーはエヴァンを元気づけるため、「セントラルパークの檻から梟のオーツが逃げ出した」と嘘をつく。それを信じたエヴァンが喜ぶのをみたアンソニーは罪悪感を抱く。 お見舞いの帰りアンソニーはセントラルパークで倒れた老人を助ける。その老人はお礼に願いを一つ叶えると言い、弟がこれ以上苦しむのをみたくないアンソニーは「今日が終わらぬように」と願う。 それから永遠に続く4月1日を繰り返すアンソニー。 このことが始まりで、彼は時間をめぐる巨大な陰謀に巻き込まれていく。

死神と老人の小旅行

burazu
キャラ文芸
妻を亡くし、子供達も独立し1人で暮らす古橋源三という老人はある日、アンジと名乗る自称死神に迎えに来たと告げられる。源三に死期が近くなったと告げるアンジは源三の未練を解消すると言い放つがその未練とは?

恋なんて必要ないけれど

水ノ瀬 あおい
青春
恋よりバスケ。 「彼女が欲しい」と耳にする度に呆れてしまって、カップルを見ても憐れに思ってしまうセイ(小嶋誠也)。 恋に全く関心がなくて、むしろ過去の苦い経験からできれば女とは関わりたくもない。 女に無駄な時間を使うならスコアを見直してバスケのことを考えたいセイのバスケと……恋愛?

プラスマイナス

たらこ飴
青春
フランスの演劇学校に通うレンカは、日本大好きな友人のケイティとともに神奈川の実家に帰省していた。ずっとケイティのことが好きだったが、過去の辛い経験から勇気がなく告白できないレンカは、同じく彼女のことが好きだという幼馴染のトウマを応援することにする。 一方のケイティもレンカと同じく辛い過去があり、容姿に強いコンプレックスを持っていた。ケイティから好きな人がいると打ち明けられたレンカは、誰なのか気になりながらも怖くて聞き出せない。 ある日レンカは、中学時代に片思いしていた友人のアカリと再会するが、一緒にいたアカリの彼氏であるチヒロに何となく嫌な予感を覚える。 数日後、ケイティと姉と三人で秋葉原に行くことになり、事件は起こる。 百合ですかエロなし。 『草花の祈り』のスピンオフになりますが、予備知識なしで読んでいただけます。 ※いじめ、暴力描写あります。 苦手な方はブラウザバック推奨。

処理中です...