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雨の日のパンケーキ②
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間も無くパンケーキが運ばれて来た。私が注文したのは二枚のリコッタチーズのパンケーキの上に、蜂蜜のかけられたチョコとストロベリーのアイスの乗ったものだった。シエルのは、チョコレートシロップのかけられたたっぷりの生クリームの上に、パイナップルやイチゴ、梨などのフルーツが乗ったハワイアンパンケーキだった。私たちはお互いのパンケーキを途中で交換しながら食べた。その間も、自分たちの好きなものの話を続けた。
「オーシャンとこの間映画を観に行ったんでしょ?」
「ええ。私は面白いと思ったけど、オーシャンはつまらなかったみたいで、始まって早々寝てたわ」
「ふふ、オーシャンらしいわ。いつも言われるのよ、私の映画のセンスは最悪だって」
「言ってたわ」
「やっぱりね」
苦笑いを浮かべたシエルは、テーブルに頬杖をついて私を見つめた。
「エイヴェリー、今度の学園祭、来てくれるわよね?」
「ええ」
「学内オーケストラの演奏のあとに、面白いものが観れるかも」
「楽しみにしてる」
パンケーキ店から出た後、路地を銀の首輪をつけた錆猫が歩いているのを見かけた。シエルがしゃがみ込んでその猫の首や頭を掻いてると、猫はゴロンと腹を見せて地面に仰向けになった。私もしゃがんで猫の腹を撫でた。
ひとしきり猫を撫でた後、シエルと私は途中まで一緒に帰り、十字路でまたねと手を振った。シエルは「そうだ」とつぶやいて私を呼び止めて、バッグから赤い袋を取り出して私に差し出した。
「これ、あなたに」
手渡された袋を受け取ると、シエルは微笑んで、もう一度手を振って駆けていった。
開けてみると、中には私が欲しいと言っていた、猫のカードケースが入っていた。
すでに雨は上がっていた。
屋敷に戻ってすぐに図書室へ向かうと、並ぶ書架の手前に置かれた木のテーブルで読書しているクレアの姿があった。彼女は読んでいた本を閉じ、「おかえり」と微笑みかけた。私がシエルとパンケーキを食べて来たことを聞いたクレアは、「エイヴェリー、浮気?」と冗談めかして私を責めた。
「あなたと恋人になった覚えはないけど?」
「私は大歓迎だけどね」
悪戯っぽく笑う目の前の少女をまじまじと見る。彼女は実はプレイガールなのではなかろうか。そんな疑いが胸を掠める。だが冷静に考えてみれば、彼女のような華やかで美しい少女が、蝶のように花の蜜を吸っては別の花に移ろう。そんな行動を繰り返していたって、何ら不思議ではない。
「あなたって、誰にでもそんなことを言うの?」
「まさか」
包み隠さず問いかけた私に、クレアは少し悲しい目を向けたように見えた。私はよくこんなことがある。オブラートに包まずに物を言って、誰かを傷つけたり気分を害してしまうことが。そんな自分が嫌だけれど、どう変えたらいいかわからない。
「私はただロマンチストってだけで、恋愛経験なんて全然ないわ。だけどあなたには、凄く特別なものを感じてた。最初に話した時からね」
クレアの宝石のようなその瞳はいつも穏やかに輝いているのに、その時は少し違った。いつもよりも強い光を放ち、揺らぐことなく私を見て静止していた。艶のある桃色の薄い小さな唇だけを、わずかに微笑ませながら。
「特別って、どんな?」
彼女の言葉の全体の意味を図りかねて、笑いながら聞く私と真剣な顔をするクレア。側から見たら対照的な表情であろう私たちは、少しの間見つめ合った。
「あなたを家に連れて来たのは、少しでもあなたの力になりたかったから。会ったばかりの人を家に泊めるなんて、普段の私は絶対にしないわ。自分でもこの気持ちが不思議で仕方ないの。こんなふうに、誰かを守りたくなるなんて」
オーシャンから前に聞いた話だと、クレアは余りにガードが固いために、『プライベートが見えない芸能人』とマスコミから言われているらしい。だけど正直、私はテレビの作り出す彼女のイメージには全く興味が無かった。目の前の彼女がーー私に愛情深い言葉をかける彼女が、私を見守るみたいに微笑む彼女が全てだった。
「クレア‥‥‥」
どうやって彼女の気持ちに応えたらいいか分からなかった。こんな私を嫌な顔ひとつせずに泊めてくれ、温かい言葉をかけてくれる彼女の思いやりに。
「何も言わなくていいわ」
友人は立ち尽くす私の目の前にやって来て、そっと肩に手を置いた。
「これは、私の勝手な想いなの。あなたに何かをして欲しい、言って欲しいだなんて思ってない。同じような気持ちを返して欲しいとも.....。ただこれだけは覚えておいて。私はいつでも、あなたを支える覚悟はあると」
「ありがとう、クレア……」
何かを返すことのできない自分が、人に助けられるだけの自分がもどかしかった。こんなことを感じたのは生まれて初めてだった。これまで、人を頼ることを当たり前だと思っていた。手を差し伸べてくれた人に、心から感謝をしたことがなかった。そんな自分の傲慢さを、初めて恥ずかしいと感じた。
泣き出した私を、クレアが見つめる。そのペリドットのような目に見つめられると、余計に涙が溢れてくる。
「どうしたの? エイヴェリー」
彼女の白い手のひらが、そっと頬に触れる。それは絹のように柔らかくて、心地よくて、程よく冷たかった。
「私は馬鹿ね」
顔を逸らして、涙を拭う。そんな私を、クレアは何も言わずに見つめている。
「オーシャンやシエルやあなたにすごく助けられているのに、私はあなたたちになにも出来てない。ロマンのことで苦しむ自分で精一杯で、他人の思いやりに報いることなんて考えてなかった。そんな自分が、すごく恥ずかしいわ」
「そう思えるだけで、あなたは成長したっていうことよ。今は何かを返そうなんて思わなくていい。私といる今を、少しでも幸せだって思えるならそれでいいわ」
私の髪をそっと撫でるクレアの手はあまりに優しくて、現在の幸せのパーセンテージを見誤ってしまいそうになるほどだった。彼女は私を大切に想っている。きっと、普通の友達に対するのとは違う感情で。その特別な感情を返すことが出来なかったとしても、彼女のような温かさを持つ人間にいつかなれたらいいと願うのだった。
「オーシャンとこの間映画を観に行ったんでしょ?」
「ええ。私は面白いと思ったけど、オーシャンはつまらなかったみたいで、始まって早々寝てたわ」
「ふふ、オーシャンらしいわ。いつも言われるのよ、私の映画のセンスは最悪だって」
「言ってたわ」
「やっぱりね」
苦笑いを浮かべたシエルは、テーブルに頬杖をついて私を見つめた。
「エイヴェリー、今度の学園祭、来てくれるわよね?」
「ええ」
「学内オーケストラの演奏のあとに、面白いものが観れるかも」
「楽しみにしてる」
パンケーキ店から出た後、路地を銀の首輪をつけた錆猫が歩いているのを見かけた。シエルがしゃがみ込んでその猫の首や頭を掻いてると、猫はゴロンと腹を見せて地面に仰向けになった。私もしゃがんで猫の腹を撫でた。
ひとしきり猫を撫でた後、シエルと私は途中まで一緒に帰り、十字路でまたねと手を振った。シエルは「そうだ」とつぶやいて私を呼び止めて、バッグから赤い袋を取り出して私に差し出した。
「これ、あなたに」
手渡された袋を受け取ると、シエルは微笑んで、もう一度手を振って駆けていった。
開けてみると、中には私が欲しいと言っていた、猫のカードケースが入っていた。
すでに雨は上がっていた。
屋敷に戻ってすぐに図書室へ向かうと、並ぶ書架の手前に置かれた木のテーブルで読書しているクレアの姿があった。彼女は読んでいた本を閉じ、「おかえり」と微笑みかけた。私がシエルとパンケーキを食べて来たことを聞いたクレアは、「エイヴェリー、浮気?」と冗談めかして私を責めた。
「あなたと恋人になった覚えはないけど?」
「私は大歓迎だけどね」
悪戯っぽく笑う目の前の少女をまじまじと見る。彼女は実はプレイガールなのではなかろうか。そんな疑いが胸を掠める。だが冷静に考えてみれば、彼女のような華やかで美しい少女が、蝶のように花の蜜を吸っては別の花に移ろう。そんな行動を繰り返していたって、何ら不思議ではない。
「あなたって、誰にでもそんなことを言うの?」
「まさか」
包み隠さず問いかけた私に、クレアは少し悲しい目を向けたように見えた。私はよくこんなことがある。オブラートに包まずに物を言って、誰かを傷つけたり気分を害してしまうことが。そんな自分が嫌だけれど、どう変えたらいいかわからない。
「私はただロマンチストってだけで、恋愛経験なんて全然ないわ。だけどあなたには、凄く特別なものを感じてた。最初に話した時からね」
クレアの宝石のようなその瞳はいつも穏やかに輝いているのに、その時は少し違った。いつもよりも強い光を放ち、揺らぐことなく私を見て静止していた。艶のある桃色の薄い小さな唇だけを、わずかに微笑ませながら。
「特別って、どんな?」
彼女の言葉の全体の意味を図りかねて、笑いながら聞く私と真剣な顔をするクレア。側から見たら対照的な表情であろう私たちは、少しの間見つめ合った。
「あなたを家に連れて来たのは、少しでもあなたの力になりたかったから。会ったばかりの人を家に泊めるなんて、普段の私は絶対にしないわ。自分でもこの気持ちが不思議で仕方ないの。こんなふうに、誰かを守りたくなるなんて」
オーシャンから前に聞いた話だと、クレアは余りにガードが固いために、『プライベートが見えない芸能人』とマスコミから言われているらしい。だけど正直、私はテレビの作り出す彼女のイメージには全く興味が無かった。目の前の彼女がーー私に愛情深い言葉をかける彼女が、私を見守るみたいに微笑む彼女が全てだった。
「クレア‥‥‥」
どうやって彼女の気持ちに応えたらいいか分からなかった。こんな私を嫌な顔ひとつせずに泊めてくれ、温かい言葉をかけてくれる彼女の思いやりに。
「何も言わなくていいわ」
友人は立ち尽くす私の目の前にやって来て、そっと肩に手を置いた。
「これは、私の勝手な想いなの。あなたに何かをして欲しい、言って欲しいだなんて思ってない。同じような気持ちを返して欲しいとも.....。ただこれだけは覚えておいて。私はいつでも、あなたを支える覚悟はあると」
「ありがとう、クレア……」
何かを返すことのできない自分が、人に助けられるだけの自分がもどかしかった。こんなことを感じたのは生まれて初めてだった。これまで、人を頼ることを当たり前だと思っていた。手を差し伸べてくれた人に、心から感謝をしたことがなかった。そんな自分の傲慢さを、初めて恥ずかしいと感じた。
泣き出した私を、クレアが見つめる。そのペリドットのような目に見つめられると、余計に涙が溢れてくる。
「どうしたの? エイヴェリー」
彼女の白い手のひらが、そっと頬に触れる。それは絹のように柔らかくて、心地よくて、程よく冷たかった。
「私は馬鹿ね」
顔を逸らして、涙を拭う。そんな私を、クレアは何も言わずに見つめている。
「オーシャンやシエルやあなたにすごく助けられているのに、私はあなたたちになにも出来てない。ロマンのことで苦しむ自分で精一杯で、他人の思いやりに報いることなんて考えてなかった。そんな自分が、すごく恥ずかしいわ」
「そう思えるだけで、あなたは成長したっていうことよ。今は何かを返そうなんて思わなくていい。私といる今を、少しでも幸せだって思えるならそれでいいわ」
私の髪をそっと撫でるクレアの手はあまりに優しくて、現在の幸せのパーセンテージを見誤ってしまいそうになるほどだった。彼女は私を大切に想っている。きっと、普通の友達に対するのとは違う感情で。その特別な感情を返すことが出来なかったとしても、彼女のような温かさを持つ人間にいつかなれたらいいと願うのだった。
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