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32. コーラとポカリ、混ぜたらどうなる?
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「お姉さんがいなくなって、寂しいでしょ?」
私の部屋の鏡台の前、ドライヤーで髪を乾かしながらシエルが尋ねる。その明るいベージュの髪が、ドライヤーの風に吹かれて靡く。私と同じ、ラ・フランスのシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。
「もちろん。だけど、不思議と受け入れられてる。前の私なら、彼女が遠くに行ってしまわないように邪魔をして、泣き喚いて我儘を言っていたと思う。だけど、今は違う。姉の夢を応援しようと心から思えるわ」
自分でも信じられない変化だった。以前の私だったら姉が外国に行くなどと聞いたら泣き叫び、NYに行くなら死ぬなどと脅しをかけていたかもしれない。もしくは、学校を辞めてついて行くとまで言い出したかもしれない。それが今は、素直に彼女の成功を願える。ロマンが遠くの地で良い友人を作り、縁と運に恵まれ、才能を開花させてほしいと心から思う。
ドライヤーの音が止む。
「成長したってことね」
と友人が微笑む。彼女が今日突然家に泊まりに来たのは、母親と喧嘩して家を飛び出したからなのだということを、私はオーシャンから送られてきたメールで知っていた。オーシャンは妹を頼むよとだけ言った。
母親と喧嘩したことが嘘のような涼しい顔で、シエルは鏡越しに私を見つめて微笑んでいる。私も彼女に微笑み返す。今更ながら私の顔は、彼女の顔と全く違う。目は鋭くて、鼻は尖っていて、唇は赤い。シエルの目は相変わらず優しいブラウングレーで、細く鼻筋が通り、薄い桃色の唇は何かを言いたげに笑っている。
「前にオーシャンに言われたのよ、あなたと私はコカ・コーラとポカリスエットみたいだって」
ベッドに腰掛ける私の横にやってきたシエルが言う。
「私がコーラで、あなたがポカリ?」
「そう。あなたはスパイスが効いていて、私はあっさりしてる」
「オーシャンって変なこと言うわよね」
「本当よね」
こうして笑い合いながら、心の中でオーシャンの喩えに納得していた。私とシエルは真逆だ。だけど、シエルの私と違うところが、私はとても面白いと思う。彼女にはいつまでもこのままでいて欲しい。例え母親に非難され続けたとしても、この清涼飲料水のCMのような清々しい笑顔のままで、私のことを嵐が丘オタクと笑って、風のように会いに来て欲しい。
「あなたに告った子とはどうなの?」
不意にシエルが尋ねた。
「クレアとはこの頃会ってないのよ」
クレアは最近仕事が忙しく、学校にほとんど来ていない。時々メールや電話がくるし、ほんのたまに学校に来れば話すけれど、前みたいに頻繁にコミュニケーションはとれていない。
「凄く良い子そうじゃない? 付き合わないの?」
「良い子だけど……そういう対象じゃないわ」
「じゃあ、今のあなたにとって誰がそういう対象なの? オーシャン? それとも日本人の子?」
悪戯っぽく笑いながら尋ねるシエルを睨む。
「誰もその中には入らないわ」
「あなたと将来付き合う子を当ててあげる。出席番号は28、イニシャルはO、髪は黒で短い、口が悪くて雑で勉強はできないけど、心はエリート」
「それってオーシャンじゃない」
「ふふ、よく分かったわね」
シエルはこの頃、オーシャンと私の仲を取り持とうとしてくる。私がオーシャンに恋愛感情が無いと何度伝えても聞かない。私たちをデートさせようとしたり、オーシャンからのメールに返信せずにいると、『オーシャンが寂しがってるからメールをしてあげて』とシエルから連絡がくる。
「だから、オーシャンにそういう感情はないんだってば。彼女はいい人だけど、友達以上には見られない」
「だけど、これから変わるかも知れないじゃない?」
「変わりません。この話はもうやめて」
「何で怒ってるのよ」
「何でも」
ベッドから立ち上がり部屋を出る。こんなに頭に来ているのは、一体何故なのか。オーシャンが嫌いなわけではない。むしろ友達としては好きだ。彼女はいつも冗談を言って暗い気分を明るくしてくれて、困っている時には助けてくれる。彼女のような友達がいて幸せだとも思う。
だが、この頃のシエルは私とオーシャンに気を遣う余り、一緒にいてもオーシャンの話ばかりしたり、三人で遊ぶ約束をしても当日に『用事ができた』と言って来ないことが増えた。私はもっと二人で遊んでいる時間を大切にしたいのに、彼女にとっては双子の姉の恋の方が重要事項なのだろうか。
私の部屋の鏡台の前、ドライヤーで髪を乾かしながらシエルが尋ねる。その明るいベージュの髪が、ドライヤーの風に吹かれて靡く。私と同じ、ラ・フランスのシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。
「もちろん。だけど、不思議と受け入れられてる。前の私なら、彼女が遠くに行ってしまわないように邪魔をして、泣き喚いて我儘を言っていたと思う。だけど、今は違う。姉の夢を応援しようと心から思えるわ」
自分でも信じられない変化だった。以前の私だったら姉が外国に行くなどと聞いたら泣き叫び、NYに行くなら死ぬなどと脅しをかけていたかもしれない。もしくは、学校を辞めてついて行くとまで言い出したかもしれない。それが今は、素直に彼女の成功を願える。ロマンが遠くの地で良い友人を作り、縁と運に恵まれ、才能を開花させてほしいと心から思う。
ドライヤーの音が止む。
「成長したってことね」
と友人が微笑む。彼女が今日突然家に泊まりに来たのは、母親と喧嘩して家を飛び出したからなのだということを、私はオーシャンから送られてきたメールで知っていた。オーシャンは妹を頼むよとだけ言った。
母親と喧嘩したことが嘘のような涼しい顔で、シエルは鏡越しに私を見つめて微笑んでいる。私も彼女に微笑み返す。今更ながら私の顔は、彼女の顔と全く違う。目は鋭くて、鼻は尖っていて、唇は赤い。シエルの目は相変わらず優しいブラウングレーで、細く鼻筋が通り、薄い桃色の唇は何かを言いたげに笑っている。
「前にオーシャンに言われたのよ、あなたと私はコカ・コーラとポカリスエットみたいだって」
ベッドに腰掛ける私の横にやってきたシエルが言う。
「私がコーラで、あなたがポカリ?」
「そう。あなたはスパイスが効いていて、私はあっさりしてる」
「オーシャンって変なこと言うわよね」
「本当よね」
こうして笑い合いながら、心の中でオーシャンの喩えに納得していた。私とシエルは真逆だ。だけど、シエルの私と違うところが、私はとても面白いと思う。彼女にはいつまでもこのままでいて欲しい。例え母親に非難され続けたとしても、この清涼飲料水のCMのような清々しい笑顔のままで、私のことを嵐が丘オタクと笑って、風のように会いに来て欲しい。
「あなたに告った子とはどうなの?」
不意にシエルが尋ねた。
「クレアとはこの頃会ってないのよ」
クレアは最近仕事が忙しく、学校にほとんど来ていない。時々メールや電話がくるし、ほんのたまに学校に来れば話すけれど、前みたいに頻繁にコミュニケーションはとれていない。
「凄く良い子そうじゃない? 付き合わないの?」
「良い子だけど……そういう対象じゃないわ」
「じゃあ、今のあなたにとって誰がそういう対象なの? オーシャン? それとも日本人の子?」
悪戯っぽく笑いながら尋ねるシエルを睨む。
「誰もその中には入らないわ」
「あなたと将来付き合う子を当ててあげる。出席番号は28、イニシャルはO、髪は黒で短い、口が悪くて雑で勉強はできないけど、心はエリート」
「それってオーシャンじゃない」
「ふふ、よく分かったわね」
シエルはこの頃、オーシャンと私の仲を取り持とうとしてくる。私がオーシャンに恋愛感情が無いと何度伝えても聞かない。私たちをデートさせようとしたり、オーシャンからのメールに返信せずにいると、『オーシャンが寂しがってるからメールをしてあげて』とシエルから連絡がくる。
「だから、オーシャンにそういう感情はないんだってば。彼女はいい人だけど、友達以上には見られない」
「だけど、これから変わるかも知れないじゃない?」
「変わりません。この話はもうやめて」
「何で怒ってるのよ」
「何でも」
ベッドから立ち上がり部屋を出る。こんなに頭に来ているのは、一体何故なのか。オーシャンが嫌いなわけではない。むしろ友達としては好きだ。彼女はいつも冗談を言って暗い気分を明るくしてくれて、困っている時には助けてくれる。彼女のような友達がいて幸せだとも思う。
だが、この頃のシエルは私とオーシャンに気を遣う余り、一緒にいてもオーシャンの話ばかりしたり、三人で遊ぶ約束をしても当日に『用事ができた』と言って来ないことが増えた。私はもっと二人で遊んでいる時間を大切にしたいのに、彼女にとっては双子の姉の恋の方が重要事項なのだろうか。
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