草花の祈り

たらこ飴

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30. 冬休み

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 学校が冬休みに入っても、ロマンは家にいることが多かった。受験勉強が本格化し、家で音楽を聴きながら勉強をしている時間が増えた。彼女の志望校はアメリカのNYにある大学で、シナリオを専門に学ぶらしい。

 ある日、久しぶりにシエルの家に遊びに行くと、オーシャンが外に出てきて、今は中に入らない方がいいと伝えた。

「母さんとシエルが大喧嘩をしたばかりで、すごい険悪なムードなんだ」

 オーシャンは「寒い中悪いな」と声をかけたあと、私を図書館に誘った。図書館は歩いて五分ほどのところにあった。中は暖房が効いていて、冷えた身体を暖めてくれた。館内にはロマンと同じ受験生らしき生徒たちの姿や、静かに本を見繕う中年の夫婦、児童コーナーで絵本を読む母子連れ、電動車椅子ですいすい通路を走り回る老人の姿もある。

 私たちは書架から離れた場所にある、サンルームというガラス張りの日当たりの良い防音の談話スペースに入り、四角い大きな木のテーブルの周りに置かれた、同じく木で作られた椅子に腰掛けて話をした。

「シエルが停学になってから、母さんはシエルに厳しくなって、キツくあたるようになった。学校のことをしつこく聞いたり、この間は黙ってお前と買い物に行ったことに腹を立てて、夕飯を抜きにしたんだ。まあ、後で俺の残りをあげたけどな。お前んちに泊まりに行くことにも大反対して、あの有り様だ」

「シエルは何も言ってなかったわ」

「お前に心配かけたくないんだろ。何よりそれを言ったら、お前が後ろめたい思いをするって思うから黙ってたんじゃねーの」

 どうやら私は、完全にオーシャンたちの母親に嫌われてしまったらしい。彼女にとって私は、生理的に受け付けない目障りな存在なのかもしれない。見ているだけで苛立たしくて、娘と関わっていると考えるだけで気分が悪くなるような。

「私はシエルと関わらない方がいいのかしら」

 私の存在のせいでシエルが母親との関係が悪くなり、夕飯を抜きにされたり、口論によって疲弊してストレスを溜め続けるのなら、私はいっそ彼女と関わらない方がいいのかもしれない。

「馬鹿言うな。そんなのシエルが望まねーよ。お前は今のままでいい。お前らは良い関係だと思う、羨ましいくらいにな」

 シエルと私は確かに、会って間もないのに以前から一緒にいたかのように関わり合っている。ごく自然に、こうなることが決まっていたみたいに。彼女が私を傷つけたジャンヌに激怒したように、私も彼女を傷つける人間を許すことはできないだろう。私たちはこれからもこうして心地よい距離でお互いを思い合い、関わっていくのだろう。

 冬休みが中盤に入ったある日、メグとケイティとレンカと水族館に行った。メグはマンタが好きなのだという。ケイティとレンカを二人にするために、私とメグはオジサンの水槽の前ではしゃぐ二人と別れ、マンタの水槽を見に行った。

「やっぱりマンタ可愛い~」

 メグはほのぼのした様子でマンタを見つめている。

「あの口が可愛いわよね」

「そうそう、たまらないよね~」

 マンタを見た後、私の好きなクリオネの水槽の前で立ち止まった。中には3匹のクリオネがいて、その透明な体を、スイスイと優雅に泳がせている。

「クリオネって飼えるのかしら?」

「私のママの会社の社長さんが、冷蔵庫で飼ってるらしいよ」

 メグが答える。

「どこに売ってるのかしらね?」

「熱帯魚のショップ?」

「クリオネは寒いところにいるのよ、北極とか」

 そんなやりとりをしていると、レンカとケイティが何かを熱く語りながらやってきた。

「ねぇ二人とも、この後海洋生物学の権威であるロドリゲスさんがきて、石鯛の生態について1時間の講義をするらしいんだけど、行かない?」

 ケイティが笑顔で興奮気味に尋ねてきたが、メグはたいして興味がないらしく、うーんと首を傾げた。

「私はいいかな」

「私もいいわ」

 ロドリゲスの長い話を聞くくらいなら、クリオネを観ていた方がずっといい。二人が講義に行っている間、私とメグはしばらくクリオネを眺め、館内を一周し、二階のプラネタリウムに向かった。

「プラネタリウムって行ったことないんだけど、楽しい?」

 エレベーターの中で、メグが尋ねた。

「私もロマンと一度行っただけなんだけど、すごく綺麗よ」

「私、あんまり星とか見ないからな~」

「好きじゃないの?」

「好きじゃないわけじゃないけど、空よりも海の方が好きかも?」

「じゃあ、今日行ったら好きになるかも」

 二階につき、入場券を買って暗い部屋の中に入る。中には5組ほどの客しかいない。私たちは前の方の席に座り、星空博士と書かれた名札をつけた男性がやってきて、スクリーンに映し出された星座の一つ一つの説明をするのを聞いていた。開始5分くらいで、メグは寝てしまった。

 2年ほど前にロマンと来た時、ロマンは説明をした男性に色々と質問をしていたっけ。中学の時に天文学部だった彼女は、星のことに詳しかった。彼女は名前の通りのロマンチストで、星の話になると目を輝かせた。私はそんな彼女を、夜空に輝く金星を眺めるみたいに見ていた。

 星空博士が銀河系の説明をしているのを聞きながら、いっそこの銀河系の星の中の一つにでもなってしまいたいと、以前に感じたことを思い出した。誰にも存在を知られない星になり、目も向けられないまま一生を終えられたらと。今はそうは思わない。例えまた誰かに恋をしたとしても、路傍に生える草花が枯れたり咲いたりするみたいに、自然のまま、ありのままで相手を愛せたらいい。
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