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18. 偵察
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演劇コンペまであと2週間を切ったとき、クレアと放課後に一階の空き教室で練習をしていると、講堂のほうに向かっていく三年生の集団らしき人たちの声が聞こえた。何故分かったかというと、がやがやという話し声に混じって、ジャンヌの甲高い耳障りな笑い声が聞こえてきたからだ。親たちの権力でシエルを停学に追い込んでおきながら、悪びれる様子もなくヘラヘラしていることが許せなかった。
「ねえエイヴェリー、スパイ活動をしましょう」
唇を噛みちぎりたいくらいに怒りに震えている私に向かって、クレアが悪戯っぽい笑顔を向けた。この日のクレアは、劇に向けて髪をショートヘアにしていた。少年のように可愛いらしくて、今朝見た時は思わず笑みが溢れた。
「スパイ活動?」
「3年の劇を見に行くのよ。彼女らの演目と実力がどんなもんか分かれば、こっちも張り合いが出る」
「なるほどね、やりましょう」
なんとしてもジャンヌを打ち負かしてやりたい。姉の名前を持ち出して私を辱め、シエルを停学にして、大会に出られなくした彼女を。そして、ジャンヌの権力に縋ってばかりで、一人では何もできない彼女の取り巻きを。私の胸に燻っていた炎は、以前よりも強い輝きと激しさを伴って燃え始めていた。
クレアと私は、講堂の中にある器具庫に隠れ、引き戸を10センチほど開けてその隙間から稽古を見学した。見ていて分かったのだが、これは19世紀のフランスを舞台にした劇で、なんと、主役はロマンでヒロインはジャンヌらしかった。貴族であるロマン演じる主人公が、平民の家の5人姉妹の上から二番目として生まれたジャンヌ演じるヒロインと恋に落ちる。主人公は、先進的な考えを持つ当時としては勝ち気と捉えられかねない性格のジャンヌに惹かれる。だが、主人公の家の強い反対にあい、二人は駆け落ちをする。
これは、ロマンが書いた脚本に違いない。彼女は高校に入ってから、こんな駆け落ちだの心中だのという内容のラブストーリーを書くようになった。なんでそんな悲しい物語ばかり書くのかと尋ねたら、
「感情移入がしやすいんだ」
と答えた。
舞台の上のロマンとジャンヌが、口づけを交わす。ジャンヌはロマンの頬を両手で挟み、必要以上に濃厚な口づけを交わしているようにすら見える。
湧き上がる嫉妬と、ジャンヌの姿を見たせいで気分が悪くなった私を、クレアは気遣って外に連れ出した。
「ごめんクレア......。最後まで観れたらよかったんだけど......」
「大丈夫、だいたい分かったわ。彼女たちは、私たちに勝てない」
きっぱりと言い放つクレアを見る。彼女の若草色の目は、自信ありげに微笑んでいる。
「ミア先輩曰く、毎年先生たちは三年生に点数を多めに入れるらしいのよ。最後のコンペだからね。だけど、それを鑑みても私達の方が上。これはイケるわ」
そのあとでクレアは私をじっと見つめたあと、そっと髪を撫でた。
「エイヴェリー、あなたは凄く強いわ。あんな酷い思いをしても崩れないで立ってる。私にはできないことよ。役者の中では舞台度胸はあなたが1番だし、歌もこの短期間で上達した。怖がることはないわ」
「ありがとう、クレア。あなたのお陰よ」
クレアはいつだって私に寄り添ってくれる。私が台詞を忘れてもフォローをしてくれ、間違えば笑い飛ばしてくれる。上手くできないところはどうすれば改善ができるのか、的確なアドバイスをくれる。舞台の上では彼女が見せるいつもよりも激しい感情と、多彩な表情、豊かな表現力に驚きながらも、知らず知らずのうちに引き込まれて、自分も素直な感情表現ができるようになった。
「私たちは勝てるわ、絶対に」
力強いクレアの言葉に頷く。
「ええ、打ち負かしてやりましょう。私たちの芝居と歌で」
私とクレアは笑いながらハイタッチを交わした。
「ねえエイヴェリー、スパイ活動をしましょう」
唇を噛みちぎりたいくらいに怒りに震えている私に向かって、クレアが悪戯っぽい笑顔を向けた。この日のクレアは、劇に向けて髪をショートヘアにしていた。少年のように可愛いらしくて、今朝見た時は思わず笑みが溢れた。
「スパイ活動?」
「3年の劇を見に行くのよ。彼女らの演目と実力がどんなもんか分かれば、こっちも張り合いが出る」
「なるほどね、やりましょう」
なんとしてもジャンヌを打ち負かしてやりたい。姉の名前を持ち出して私を辱め、シエルを停学にして、大会に出られなくした彼女を。そして、ジャンヌの権力に縋ってばかりで、一人では何もできない彼女の取り巻きを。私の胸に燻っていた炎は、以前よりも強い輝きと激しさを伴って燃え始めていた。
クレアと私は、講堂の中にある器具庫に隠れ、引き戸を10センチほど開けてその隙間から稽古を見学した。見ていて分かったのだが、これは19世紀のフランスを舞台にした劇で、なんと、主役はロマンでヒロインはジャンヌらしかった。貴族であるロマン演じる主人公が、平民の家の5人姉妹の上から二番目として生まれたジャンヌ演じるヒロインと恋に落ちる。主人公は、先進的な考えを持つ当時としては勝ち気と捉えられかねない性格のジャンヌに惹かれる。だが、主人公の家の強い反対にあい、二人は駆け落ちをする。
これは、ロマンが書いた脚本に違いない。彼女は高校に入ってから、こんな駆け落ちだの心中だのという内容のラブストーリーを書くようになった。なんでそんな悲しい物語ばかり書くのかと尋ねたら、
「感情移入がしやすいんだ」
と答えた。
舞台の上のロマンとジャンヌが、口づけを交わす。ジャンヌはロマンの頬を両手で挟み、必要以上に濃厚な口づけを交わしているようにすら見える。
湧き上がる嫉妬と、ジャンヌの姿を見たせいで気分が悪くなった私を、クレアは気遣って外に連れ出した。
「ごめんクレア......。最後まで観れたらよかったんだけど......」
「大丈夫、だいたい分かったわ。彼女たちは、私たちに勝てない」
きっぱりと言い放つクレアを見る。彼女の若草色の目は、自信ありげに微笑んでいる。
「ミア先輩曰く、毎年先生たちは三年生に点数を多めに入れるらしいのよ。最後のコンペだからね。だけど、それを鑑みても私達の方が上。これはイケるわ」
そのあとでクレアは私をじっと見つめたあと、そっと髪を撫でた。
「エイヴェリー、あなたは凄く強いわ。あんな酷い思いをしても崩れないで立ってる。私にはできないことよ。役者の中では舞台度胸はあなたが1番だし、歌もこの短期間で上達した。怖がることはないわ」
「ありがとう、クレア。あなたのお陰よ」
クレアはいつだって私に寄り添ってくれる。私が台詞を忘れてもフォローをしてくれ、間違えば笑い飛ばしてくれる。上手くできないところはどうすれば改善ができるのか、的確なアドバイスをくれる。舞台の上では彼女が見せるいつもよりも激しい感情と、多彩な表情、豊かな表現力に驚きながらも、知らず知らずのうちに引き込まれて、自分も素直な感情表現ができるようになった。
「私たちは勝てるわ、絶対に」
力強いクレアの言葉に頷く。
「ええ、打ち負かしてやりましょう。私たちの芝居と歌で」
私とクレアは笑いながらハイタッチを交わした。
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