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14. 配役
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その日のホームルームで、12月の演劇コンペの劇についてオーシャンから発表があった。脚本が一人一人に配られる。演目がミュージカルと聞き、悲喜交々の声が同時に上がる。
「演目に関してはこれで決まりな」
有無を言わせずに宣言したあと、オーシャンがこれから役決めをすると言った。そのとき、前の席にいたケイティがおずおずとオーシャンに向かって手招きをした。
「どうした? ケイティ」
オーシャンが不思議そうに尋ねながら、ケイティの席へと向かう。ケイティはオーシャンに小声で何かを耳打ちしている様子だった。ふむふむ、なるほどと頷くオーシャン。
「みんな聞いてくれ。ケイティはこの脚本を、主役の姉のエマはエイヴェリーで、弟のリュカはクレアをイメージして書いたそうだ。だから、劇のメインキャストはこの2人でいいか?」
教室にざわめきが広がる。顔を見合わせる私とクレア。
「いいでーす」
ケイティの隣の席のソニアが左手を挙げる。結局賛成が過半数で、姉弟役は私とクレアに決まった。戸惑いながらも、嬉しくもある。ケイティの家で脚本を読んだときから、内心あの強気でエネルギーに溢れた姉を演じてみたいと思っていたからだ。歌には自信がないが、食らいつくつもりでいた。それに、優しく姉思いの弟はクレアにピッタリだ。台詞も歌も多くある意味一番難しいリュカの役を、クレアなら完璧に演じられるに違いない。
「頑張りましょう、エイヴェリー」
私とクレアはハイタッチを交わした。
その後、他の役はオーディションで決めることになった。公正を期すため、審査員は担任と副担任がやることになった。三日後、講堂でオーディションは行われた。
主役に立候補していた学生は5人いた。ソニアは作曲があるという理由で断っていたが、担任の推薦で候補者の中に入っていた。歌の審査はダントツでソニアが1番だったが、芝居の面でいうと際立っていたのは、クラスの中ではそれほど目立たないメグという少女だった。北欧の血が入り、プラチナの癖毛のショートヘア、グレーがかった青い眼に童顔のメグは、影でティファニーのグループから「不思議ちゃん」「妖精」などと呼ばれていた。普段はそれほど口数が多いわけでもなく、特定の二人くらいの友人たちと一緒にいた。独特のゆっくりとした口調で話し、遅刻も多い。マイペースで独自の世界観を持った少女という印象だった。
だが、彼女は舞台に立った途端に驚くくらいに変貌した。透き通った声と堂々とした佇まい、流れるように出てくる台詞と人を惹きつける存在感は、主役に最適に見えた。
主役がソニアになるか、メグになるか。クラスメイトの中ではきっかり半分に意見が割れていた。これが昼と夜の二回公演なら、間違いなく二人とも主役になれたに違いない。
二日後に講堂の前の掲示版に、決定した役の名前が張り出された。主役はソニアだった。メグは第二希望であった、私とクレアに次いで重要人物である、知的障害を持つが飛び抜けた音感と歌の才能のあるパールという少年に決定した。パワフルな歌声を持つ黒人のオルファの役は同じく黒人であるリアナが、不良男子フリッツはオーシャンが、内気な日本人の女の子は、オーシャンの熱い推薦によりオーディションを受けた留学生のレンカに決まった。
「やっぱ無理無理無理!! 絶対無理よ! 私、転校してきたばかりだから大道具か何かをやろうと思ってたの。出るにしても脇役がよかったわ、その辺の木とか石とか……。オーディションなんか受けるんじゃなかった!! フランス語もまだカタコトだしこの通りあがり症だし、今回は絶対に無理!! 先生にも役を降りるって言ったけど、聴き入れてもらえなくて……」
講堂前の噴水の側ーー。言うわりに流暢なフランス語でレンカはオーシャンに訴えている。その鋭い目は涙でうるみ、膝丈の黒のスカートからすらりと伸びた白い脚は震えている。
「大丈夫だよ、俺たちがフォローするからさ。それに、あんた劇を勉強したくてきたんだろ? 出られることに感謝しなきゃ」
そんなオーシャンの言葉もレンカには届いていないようだ。合格したあとで急激に不安になったらしい彼女は、ついに泣き出してしまった。
「レンカ、あなたは役のイメージにピッタリよ」
そこにやってきたケイティが、躊躇いがちにレンカに声をかける。
「実は、ハナは誰にしようかとずっと悩んでたの。クラスにアジア系の子はいないし……。だけど転校してきたあなたを一目見て、ハナ役はあなたしかいないって確信したわ」
「啓示ってやつよ、あなたはこの役をやるために今日転校してきた。私もあなたは嵌まり役だと思う。自信を持つといいわ」
クレアも優しく声をかける。
「それに、言うほどフランス語下手じゃないわよ?」
私もフォローを入れる。レンカは皆に励まされて少しだけ自信がついたのか、涙を拭い、赤面して俯いたまま口を開いた。
「もし……もしもみんなの期待に添えなかったら、役を交代していいわ」
「そんな気弱なことでどーすんの。せっかく綺麗でスタイルもいいんだから。それに、この役はあなたしかできないって」
ソニアがやってきてレンカの肩を叩く。
「そうそう、それに、一人でやる訳じゃない。みんなで一つのものを作り上げるんだから」
クレアの言葉に「うんうん」と周りのメンバーが頷く。未だに不安げではあったが、レンカは赤い目を潤ませたまま笑顔で頷いた。
そこにゆったりとした足取りでやってきた少女が一人。メグだ。ふわりとしたムードを持つ彼女は、舞台の上とは別人のようなマイペースさだ。
「みんな、よろしくね」
メグはいつものゆっくりとした口調と、妖精のような笑顔で言った。
「こちらこそよろしく。あなた、舞台の上だとすごい変わるけど何者なの?」
尋ねるとメグはえへへとわらったあとで、「自分でもよくわからないの。舞台の上だと人が変わるってよく言われるけど……」と言った。
メグは私と同じく演技未経験だったが幼い頃からミュージカルが大好きで、両親と妹と一緒にいつも観に行っていたらしい。部屋にはミュージカルのDVDが山積みになっているのだという。
「すげーよな、独学であそこまでって……」
オーシャンが感心したように言ったあとで、「よし、これで文字通り役者が揃ったな。三年をぶっ潰すぞ!」と皆に気合を入れた。イエーイとソニアが声を上げ、クレアや私、レンカとメグなど他のメンバーも事情がよく分からない様子であったが続けて声を上げた。
「演目に関してはこれで決まりな」
有無を言わせずに宣言したあと、オーシャンがこれから役決めをすると言った。そのとき、前の席にいたケイティがおずおずとオーシャンに向かって手招きをした。
「どうした? ケイティ」
オーシャンが不思議そうに尋ねながら、ケイティの席へと向かう。ケイティはオーシャンに小声で何かを耳打ちしている様子だった。ふむふむ、なるほどと頷くオーシャン。
「みんな聞いてくれ。ケイティはこの脚本を、主役の姉のエマはエイヴェリーで、弟のリュカはクレアをイメージして書いたそうだ。だから、劇のメインキャストはこの2人でいいか?」
教室にざわめきが広がる。顔を見合わせる私とクレア。
「いいでーす」
ケイティの隣の席のソニアが左手を挙げる。結局賛成が過半数で、姉弟役は私とクレアに決まった。戸惑いながらも、嬉しくもある。ケイティの家で脚本を読んだときから、内心あの強気でエネルギーに溢れた姉を演じてみたいと思っていたからだ。歌には自信がないが、食らいつくつもりでいた。それに、優しく姉思いの弟はクレアにピッタリだ。台詞も歌も多くある意味一番難しいリュカの役を、クレアなら完璧に演じられるに違いない。
「頑張りましょう、エイヴェリー」
私とクレアはハイタッチを交わした。
その後、他の役はオーディションで決めることになった。公正を期すため、審査員は担任と副担任がやることになった。三日後、講堂でオーディションは行われた。
主役に立候補していた学生は5人いた。ソニアは作曲があるという理由で断っていたが、担任の推薦で候補者の中に入っていた。歌の審査はダントツでソニアが1番だったが、芝居の面でいうと際立っていたのは、クラスの中ではそれほど目立たないメグという少女だった。北欧の血が入り、プラチナの癖毛のショートヘア、グレーがかった青い眼に童顔のメグは、影でティファニーのグループから「不思議ちゃん」「妖精」などと呼ばれていた。普段はそれほど口数が多いわけでもなく、特定の二人くらいの友人たちと一緒にいた。独特のゆっくりとした口調で話し、遅刻も多い。マイペースで独自の世界観を持った少女という印象だった。
だが、彼女は舞台に立った途端に驚くくらいに変貌した。透き通った声と堂々とした佇まい、流れるように出てくる台詞と人を惹きつける存在感は、主役に最適に見えた。
主役がソニアになるか、メグになるか。クラスメイトの中ではきっかり半分に意見が割れていた。これが昼と夜の二回公演なら、間違いなく二人とも主役になれたに違いない。
二日後に講堂の前の掲示版に、決定した役の名前が張り出された。主役はソニアだった。メグは第二希望であった、私とクレアに次いで重要人物である、知的障害を持つが飛び抜けた音感と歌の才能のあるパールという少年に決定した。パワフルな歌声を持つ黒人のオルファの役は同じく黒人であるリアナが、不良男子フリッツはオーシャンが、内気な日本人の女の子は、オーシャンの熱い推薦によりオーディションを受けた留学生のレンカに決まった。
「やっぱ無理無理無理!! 絶対無理よ! 私、転校してきたばかりだから大道具か何かをやろうと思ってたの。出るにしても脇役がよかったわ、その辺の木とか石とか……。オーディションなんか受けるんじゃなかった!! フランス語もまだカタコトだしこの通りあがり症だし、今回は絶対に無理!! 先生にも役を降りるって言ったけど、聴き入れてもらえなくて……」
講堂前の噴水の側ーー。言うわりに流暢なフランス語でレンカはオーシャンに訴えている。その鋭い目は涙でうるみ、膝丈の黒のスカートからすらりと伸びた白い脚は震えている。
「大丈夫だよ、俺たちがフォローするからさ。それに、あんた劇を勉強したくてきたんだろ? 出られることに感謝しなきゃ」
そんなオーシャンの言葉もレンカには届いていないようだ。合格したあとで急激に不安になったらしい彼女は、ついに泣き出してしまった。
「レンカ、あなたは役のイメージにピッタリよ」
そこにやってきたケイティが、躊躇いがちにレンカに声をかける。
「実は、ハナは誰にしようかとずっと悩んでたの。クラスにアジア系の子はいないし……。だけど転校してきたあなたを一目見て、ハナ役はあなたしかいないって確信したわ」
「啓示ってやつよ、あなたはこの役をやるために今日転校してきた。私もあなたは嵌まり役だと思う。自信を持つといいわ」
クレアも優しく声をかける。
「それに、言うほどフランス語下手じゃないわよ?」
私もフォローを入れる。レンカは皆に励まされて少しだけ自信がついたのか、涙を拭い、赤面して俯いたまま口を開いた。
「もし……もしもみんなの期待に添えなかったら、役を交代していいわ」
「そんな気弱なことでどーすんの。せっかく綺麗でスタイルもいいんだから。それに、この役はあなたしかできないって」
ソニアがやってきてレンカの肩を叩く。
「そうそう、それに、一人でやる訳じゃない。みんなで一つのものを作り上げるんだから」
クレアの言葉に「うんうん」と周りのメンバーが頷く。未だに不安げではあったが、レンカは赤い目を潤ませたまま笑顔で頷いた。
そこにゆったりとした足取りでやってきた少女が一人。メグだ。ふわりとしたムードを持つ彼女は、舞台の上とは別人のようなマイペースさだ。
「みんな、よろしくね」
メグはいつものゆっくりとした口調と、妖精のような笑顔で言った。
「こちらこそよろしく。あなた、舞台の上だとすごい変わるけど何者なの?」
尋ねるとメグはえへへとわらったあとで、「自分でもよくわからないの。舞台の上だと人が変わるってよく言われるけど……」と言った。
メグは私と同じく演技未経験だったが幼い頃からミュージカルが大好きで、両親と妹と一緒にいつも観に行っていたらしい。部屋にはミュージカルのDVDが山積みになっているのだという。
「すげーよな、独学であそこまでって……」
オーシャンが感心したように言ったあとで、「よし、これで文字通り役者が揃ったな。三年をぶっ潰すぞ!」と皆に気合を入れた。イエーイとソニアが声を上げ、クレアや私、レンカとメグなど他のメンバーも事情がよく分からない様子であったが続けて声を上げた。
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