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39. 爆発
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タケオの棒読みと最後に浮かべた唖然とした顔があまりにおかしくて、カットがかかったあと抑えていた笑いがじわじわと込み上げてくる。建物の裏に隠れて一人笑っていると、「楽しそうね」と背後から声がし振り向くとニコルが立っていた。腰に右手を当て私のことを冷ややかに見下ろしている。
「何か用?」
私は笑いの余韻が残った震え声で尋ねた。ツボに入っている真っ最中にシリアスムードで話しかけられるのは苦手だ。相手と同じような真剣モードに切り替えるのにそこそこの量のエネルギーを使うからだ。
「あんたさ、ウミと仲良いんだって?」
ニコルは憮然とした様子で訊いた。
「そうだけど……。何で?」と問い返すと、「私、少し前にあいつと付き合ってたんだよね」とニコルは何故か勝ち誇ったような顔を浮かべた。
あの恋愛不精連絡不精のウミが誰かと付き合っていた経験があるという事実と、相手が性悪のニコルであったことが衝撃的だった。付き合うこと自体は自由だが、よりによって何が悲しくてウミはニコルなんかを選んだのか。断れなかったのか、はたまた自分から好きになったのか。確率的には前者の方が高そうだ。第一ウミと付き合っていた過去をこんなに得意げに自慢する必要があるのかが疑問だ。
「あいつ一見良い奴に見えるじゃん? だけど屑だから。付き合っといて全然連絡もよこさないし、会おうってメールしても『忙しい』って断る。1ヶ月後には『めんどくさくなった』『興味が持てない』っつって連絡ブチるわけ。クソだわマジで」
ニコルは最後の台詞を吐き捨てた。
ニコルがウミを屑と呼ぶのはそれなりの理由があるのかもしれないが、友人であるウミの悪い噂を人伝てに、しかもニコル伝てに聞くことは、やはり気持ちの良いものではない。
「そう。それで?」
今更ウミの過去を聞いたところで何になるというのか。それにニコルは私にこんな話をしてどうするつもりなのだろう。愚痴を聞いてほしいだけか、自分の経験談を暴露することでウミに対する警戒を促しているのか。それともただ良い気分に浸りたいだけか。相手の意図がわからぬまま淡白な相槌を打つ。
不快感をおぼえると同時に、以前の自分のことを言われているようで少しばかりバツの悪い気持ちになってもいた。高校時代の私もそうだった。好意を断り切れずに誰かと付き合ったとしても、こまめに連絡を取り合ったり時間を作ってデートをすることが義務のように感じて段々と重荷になり、結局自分から距離をとり始め最終的に相手から別れを切り出してきて、申し訳ないと感じつつ胸を撫で下ろす。その繰り返しだった。
「今は楽しいかもしんないけど、あんたもきっと泣かされるよ」
皮肉な笑みを浮かべるニコルを見て、何を勘違いしているのだろうかと疑問に思う。仲が良い=恋人に発展すると思ったら大間違いだ。それならいつも日本のアニメの話で盛り上がっているジョーダンとタケオだって恋人になるし、私とミシェルだって、ルーシーと私だって恋人になる。もしルーシーと付き合ったら楽しいと思う。だけどルーシーには私よりもいい人がいるはずだ。彼女を心から思い、支え、幸せを感じさせてくれる人が。彼女が幸せになれるば私も幸せだ。彼女の日常に彩が加わる代わりに私の存在が薄れてしまったとしたら少し寂しいけれど。
何でこんなことを真剣に考えているんだろうと我に返り、意識をニコルに戻す。
「何か飛躍した考えを持ってるっぽいけど……。私とウミは仲間ってか同志ってか、とりあえずそんな感じなの。一緒にゲームしたり気が向いたときに会ったりするくらい。泣いたり泣かされたりするような関係じゃないんで」
ここで否定をしておかないと後々面倒なことになりそうだった。話を聞いている限りだとウミのモテぶりは異常だ。中性的で端正な容姿と天才的な才能もさることながら、彼女の纏うどこか影のあるミステリアスな雰囲気が人を惹きつける所以なのかもしれない。もしも私がここで曖昧な態度を取ってしまったら、私がウミに好意を持っているという風に捻じ曲げられた噂がニコルによって拡散され、ウミに憧れている人間たちから敵意を向けられかねない。女の嫉妬は怖い。
「別にあんたらがどうなろうがどうでもいいけどさ。有名人に気に入られてるとか思って調子乗ってんなら、あんま勘違いしない方がいいよ。ウミみたいなのと対等に付き合いたきゃこんな三流映画になんか出てないで、もっとマシな仕事を探すべきね。私に言えたことじゃないけど」
ニコルの嫌味ったらしい言い方に加えこれまで懸命に作り上げてきたチャドの映画を貶されたことに苛立ちをおぼえ、思わず反論の言葉が口をついて出た。
「さっきから聞いてれば、私が泣かされるとか勘違いしてるとか、カブトムシと間違えてコガネムシ飼ってたことあるとか好き勝手抜かしてけつかる!! 他人から何か聞いたところで友達に対する見方がコロッと変わると思う? 監督の映画を貶して私より偉くなったつもり? 例え登場人物が5人しかいなくて1人は台詞棒読みの素人だとしても、駄作だとは限らない。駄作かどうかは観客が決めることだろうが!!」
感情任せに捲し立てたあと踵を返してその場を後にした。こんなに怒ったのは何年ぶりだろうか。ニコルにはうんざりだ。いくらウミに冷たくされて傷つけられたとはいえ、友人である私に嫌味を言っていい理由にはならない。ウミと私は友達以上の何者でもないのに、勝手に恋人同士と思い込まれるなんていい迷惑だ。彼女は私を傷つけるために『対等』という言葉をわざと使った。まるで私がウミよりも劣った存在だと知らしめるかのように。
彼女は祖父の友人で、私を新しい仕事に誘ってくれたチャドの作品を侮辱するような発言までした。これまで波風を立てぬよう気を遣っていたつもりだったが、もう耐えられなかった。どうにでもなれはいい。今更ニコルに嫌われたところで、痛くも痒くもない。
気にするなと心に言い聞かせながらも一度放出された感情のマグマの迸りはなかなか治らず、しばらく足の震えが止まらなかった。
「何か用?」
私は笑いの余韻が残った震え声で尋ねた。ツボに入っている真っ最中にシリアスムードで話しかけられるのは苦手だ。相手と同じような真剣モードに切り替えるのにそこそこの量のエネルギーを使うからだ。
「あんたさ、ウミと仲良いんだって?」
ニコルは憮然とした様子で訊いた。
「そうだけど……。何で?」と問い返すと、「私、少し前にあいつと付き合ってたんだよね」とニコルは何故か勝ち誇ったような顔を浮かべた。
あの恋愛不精連絡不精のウミが誰かと付き合っていた経験があるという事実と、相手が性悪のニコルであったことが衝撃的だった。付き合うこと自体は自由だが、よりによって何が悲しくてウミはニコルなんかを選んだのか。断れなかったのか、はたまた自分から好きになったのか。確率的には前者の方が高そうだ。第一ウミと付き合っていた過去をこんなに得意げに自慢する必要があるのかが疑問だ。
「あいつ一見良い奴に見えるじゃん? だけど屑だから。付き合っといて全然連絡もよこさないし、会おうってメールしても『忙しい』って断る。1ヶ月後には『めんどくさくなった』『興味が持てない』っつって連絡ブチるわけ。クソだわマジで」
ニコルは最後の台詞を吐き捨てた。
ニコルがウミを屑と呼ぶのはそれなりの理由があるのかもしれないが、友人であるウミの悪い噂を人伝てに、しかもニコル伝てに聞くことは、やはり気持ちの良いものではない。
「そう。それで?」
今更ウミの過去を聞いたところで何になるというのか。それにニコルは私にこんな話をしてどうするつもりなのだろう。愚痴を聞いてほしいだけか、自分の経験談を暴露することでウミに対する警戒を促しているのか。それともただ良い気分に浸りたいだけか。相手の意図がわからぬまま淡白な相槌を打つ。
不快感をおぼえると同時に、以前の自分のことを言われているようで少しばかりバツの悪い気持ちになってもいた。高校時代の私もそうだった。好意を断り切れずに誰かと付き合ったとしても、こまめに連絡を取り合ったり時間を作ってデートをすることが義務のように感じて段々と重荷になり、結局自分から距離をとり始め最終的に相手から別れを切り出してきて、申し訳ないと感じつつ胸を撫で下ろす。その繰り返しだった。
「今は楽しいかもしんないけど、あんたもきっと泣かされるよ」
皮肉な笑みを浮かべるニコルを見て、何を勘違いしているのだろうかと疑問に思う。仲が良い=恋人に発展すると思ったら大間違いだ。それならいつも日本のアニメの話で盛り上がっているジョーダンとタケオだって恋人になるし、私とミシェルだって、ルーシーと私だって恋人になる。もしルーシーと付き合ったら楽しいと思う。だけどルーシーには私よりもいい人がいるはずだ。彼女を心から思い、支え、幸せを感じさせてくれる人が。彼女が幸せになれるば私も幸せだ。彼女の日常に彩が加わる代わりに私の存在が薄れてしまったとしたら少し寂しいけれど。
何でこんなことを真剣に考えているんだろうと我に返り、意識をニコルに戻す。
「何か飛躍した考えを持ってるっぽいけど……。私とウミは仲間ってか同志ってか、とりあえずそんな感じなの。一緒にゲームしたり気が向いたときに会ったりするくらい。泣いたり泣かされたりするような関係じゃないんで」
ここで否定をしておかないと後々面倒なことになりそうだった。話を聞いている限りだとウミのモテぶりは異常だ。中性的で端正な容姿と天才的な才能もさることながら、彼女の纏うどこか影のあるミステリアスな雰囲気が人を惹きつける所以なのかもしれない。もしも私がここで曖昧な態度を取ってしまったら、私がウミに好意を持っているという風に捻じ曲げられた噂がニコルによって拡散され、ウミに憧れている人間たちから敵意を向けられかねない。女の嫉妬は怖い。
「別にあんたらがどうなろうがどうでもいいけどさ。有名人に気に入られてるとか思って調子乗ってんなら、あんま勘違いしない方がいいよ。ウミみたいなのと対等に付き合いたきゃこんな三流映画になんか出てないで、もっとマシな仕事を探すべきね。私に言えたことじゃないけど」
ニコルの嫌味ったらしい言い方に加えこれまで懸命に作り上げてきたチャドの映画を貶されたことに苛立ちをおぼえ、思わず反論の言葉が口をついて出た。
「さっきから聞いてれば、私が泣かされるとか勘違いしてるとか、カブトムシと間違えてコガネムシ飼ってたことあるとか好き勝手抜かしてけつかる!! 他人から何か聞いたところで友達に対する見方がコロッと変わると思う? 監督の映画を貶して私より偉くなったつもり? 例え登場人物が5人しかいなくて1人は台詞棒読みの素人だとしても、駄作だとは限らない。駄作かどうかは観客が決めることだろうが!!」
感情任せに捲し立てたあと踵を返してその場を後にした。こんなに怒ったのは何年ぶりだろうか。ニコルにはうんざりだ。いくらウミに冷たくされて傷つけられたとはいえ、友人である私に嫌味を言っていい理由にはならない。ウミと私は友達以上の何者でもないのに、勝手に恋人同士と思い込まれるなんていい迷惑だ。彼女は私を傷つけるために『対等』という言葉をわざと使った。まるで私がウミよりも劣った存在だと知らしめるかのように。
彼女は祖父の友人で、私を新しい仕事に誘ってくれたチャドの作品を侮辱するような発言までした。これまで波風を立てぬよう気を遣っていたつもりだったが、もう耐えられなかった。どうにでもなれはいい。今更ニコルに嫌われたところで、痛くも痒くもない。
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