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64. アヒルのティッシュボックス
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ウミと別れ駐車場に向かうと、私の車の隣に停められた赤の軽自動車の中で泣いているニコルの姿が目に入った。一瞬躊躇ったのち勝手に彼女の車の助手席のドアを開けシートに滑り込んだ。ニコルは驚いた表情を浮かべたあと非難がましい視線を私に向けた。
「人の車に勝手に乗り込んでくるってどういう神経してんの?」
相手は泣き顔を見られた恥ずかしさからかバツが悪そうな顔をしている。彼女はダッシュボードの上に貼り付けられたアヒルのティッシュボックスからティッシュを2枚取り出して、勢いよく鼻を噛んだ。
「ウミに告られた。だけど付き合わない」
真っ直ぐ前を見たまま端的に先ほどの出来事について述べると、ニコルは案の定不愉快そうに眉を顰めた。
「わざわざ自慢しに来たわけ? アイツに振られた私にマウントとってるつもりなら……」
「何、マウントって?」
「マウントっていうのは、相手に自分のほうが上だって思わせるような言動をとること。てかあんたそんなのも知らないの? まずググれや」
いつもの挑発的な態度で言ったあとニコルは大きくため息をついた。
「馬鹿みたいだよね……今更ウミのことを責めたって何にもならないのに。かえって呆れられるだけなのにさ……。顔を見ると何か言わずにはいられない。だけど改めて分かった。アイツは私に全く興味がない。まるでその辺の木や土を見るように私を見てる。下手したらそれ以下かも」
「私はあなたのことが好きじゃない」
心の悪い感情フォルダに溜め込まれた気持ちをゴミ箱行きにするように、そんな言葉を吐く。
「私のことをのっぺらぼうと言ったり、ウミのことをあれこれ言ってくるのも頭に来てた。だけどあなたにも心はある。ウミだってそう。愛されたいって思ったり、逆に憎んだり、寂しさやストレスからアルコールや覚醒剤や大麻に縋ってみたり、全身に訳の分かんないタトゥー彫りまくったりする」
「覚醒剤とかタトゥーとかやってないけど」
ニコルが怪訝な顔を浮かべる。
「例え話よ。人って複雑な生き物だから、人間同士が愛し合うとか分かり合うって簡単じゃないのよ。あなたと私は一生分かり合えないかもしれない。だけどこれだけは言える」
私はニコルの目を真っ直ぐに見つめた。
「私とあなたはある一点では分かり合ってる。そう、映画のラストをミュージカルにしたくないという点で」
「結局それ言いに来たわけ?」
呆れたように鼻で笑うニコルの目にすでに涙はない。
「ええ、それ以外に何があるっていうの?」
「あんたと真剣に話した私が馬鹿だったわ」と脱力感を露わにするニコル。
「とりあえず話を聞いて。明日チャドを何とかして説得しましょう。このままでは私は、世界に向けて無様なダンスを披露することになるわ」
「ダンスよりも私は歌が嫌なのよ、昔音痴だって笑われたの」
苦笑いを浮かべる彼女にも私と同じように苦手なことと傷ついた過去があることに、少しばかり親近感をおぼえた。
「じゃあ決まり。明日朝イチでチャドを説得するってことで」
私は一方的に言ってニコルの返事も待たずに車を降りた。
「人の車に勝手に乗り込んでくるってどういう神経してんの?」
相手は泣き顔を見られた恥ずかしさからかバツが悪そうな顔をしている。彼女はダッシュボードの上に貼り付けられたアヒルのティッシュボックスからティッシュを2枚取り出して、勢いよく鼻を噛んだ。
「ウミに告られた。だけど付き合わない」
真っ直ぐ前を見たまま端的に先ほどの出来事について述べると、ニコルは案の定不愉快そうに眉を顰めた。
「わざわざ自慢しに来たわけ? アイツに振られた私にマウントとってるつもりなら……」
「何、マウントって?」
「マウントっていうのは、相手に自分のほうが上だって思わせるような言動をとること。てかあんたそんなのも知らないの? まずググれや」
いつもの挑発的な態度で言ったあとニコルは大きくため息をついた。
「馬鹿みたいだよね……今更ウミのことを責めたって何にもならないのに。かえって呆れられるだけなのにさ……。顔を見ると何か言わずにはいられない。だけど改めて分かった。アイツは私に全く興味がない。まるでその辺の木や土を見るように私を見てる。下手したらそれ以下かも」
「私はあなたのことが好きじゃない」
心の悪い感情フォルダに溜め込まれた気持ちをゴミ箱行きにするように、そんな言葉を吐く。
「私のことをのっぺらぼうと言ったり、ウミのことをあれこれ言ってくるのも頭に来てた。だけどあなたにも心はある。ウミだってそう。愛されたいって思ったり、逆に憎んだり、寂しさやストレスからアルコールや覚醒剤や大麻に縋ってみたり、全身に訳の分かんないタトゥー彫りまくったりする」
「覚醒剤とかタトゥーとかやってないけど」
ニコルが怪訝な顔を浮かべる。
「例え話よ。人って複雑な生き物だから、人間同士が愛し合うとか分かり合うって簡単じゃないのよ。あなたと私は一生分かり合えないかもしれない。だけどこれだけは言える」
私はニコルの目を真っ直ぐに見つめた。
「私とあなたはある一点では分かり合ってる。そう、映画のラストをミュージカルにしたくないという点で」
「結局それ言いに来たわけ?」
呆れたように鼻で笑うニコルの目にすでに涙はない。
「ええ、それ以外に何があるっていうの?」
「あんたと真剣に話した私が馬鹿だったわ」と脱力感を露わにするニコル。
「とりあえず話を聞いて。明日チャドを何とかして説得しましょう。このままでは私は、世界に向けて無様なダンスを披露することになるわ」
「ダンスよりも私は歌が嫌なのよ、昔音痴だって笑われたの」
苦笑いを浮かべる彼女にも私と同じように苦手なことと傷ついた過去があることに、少しばかり親近感をおぼえた。
「じゃあ決まり。明日朝イチでチャドを説得するってことで」
私は一方的に言ってニコルの返事も待たずに車を降りた。
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