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62. 飛び入り見学者
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撮影に復帰した翌日の午後ウミが飛び入りでやってきた。出来上がった曲を監督に聴いてもらうためだという。
撮影に使っている建物の一階の広間で、ウミは1番初めに私に声をかけた。
「メイド服よく似合ってる」
「そりゃどうも」
「日本のメイド喫茶で働いたら? 凄くウケると思う」
「それはやめとく」
メイド喫茶というのがどのようなものかよく分からないが、この無愛想な私に接客業がつとまるとは思えない。
「あ、そうだ」
私は途中駐車場に立ち寄り、昨日の帰りに買ったウミへのプレゼントを車のトランクから取り出して渡した。最新型のワイヤレスヘッドフォンをウミは思いの外喜んでくれた。
「これ欲しかったんだ、ありがとう」
「この間のゲーム機のお返し」
「別にお返しなんていいのに」
「いや、だっていつもお世話になりまくってるしさ。この間も泊めてもらったし」
「あなただから泊めるんであって……」
そこまで話したところで猛スピードで赤い車が走ってきて、ウミは危うく轢かれそうになった私の腕を掴んで自分の方に引き寄せた。
「危ないな、誰だよ」
ウミは舌打ちをしながら乱暴に注射した車を睨み、遅刻したニコルが降りてくると「あいつか」と苦い表情でつぶやく。
素早く踵を返し歩き出したウミに続いて私も駐車場から立ち去った。
帰るのかと思いきやウミはそのあとしばらく撮影を見学した。友人に演じている姿を見られるのは気恥ずかしかったが、なるべくいつも通りにしようと努めた。皆ウミに話しかけたいが怖気付いている様子で、私が彼女と普通に話していることが信じられない様子だった。
「あいつって笑うんだね」
中庭で坐禅を組んでいたらニコルが突然背後から声をかけてきた。無我の境地に辿り着きかけていたときに声をかけられるのは、非常に心臓に悪い。
「いたんだ……」
「ウミが私と話してるときに笑ってんのとか一度も見たことない。一緒にいても話聞いてんのかどうかも分かんないし。やっぱ気に入られてんだよ、あんた」
意味深な笑みを浮かべる彼女がもし私がウミからゲーム機を貰ったことを知ったら、きっと『ミザリー』に出てくる女看護師アニー並みに恐ろしい形相で怒り狂うに違いない。何だかんだ言いながらニコルは今でもウミのことを引きずっているのだ。でなければこんなに頻繁に元恋人の話題を出すはずがない。
そこにジョーダンがスキップでやってきた。
「相変わらずクールねー、ウミは。私でも惚れちゃいそうだわ」
ジョーダンの目は少女のように輝いている。ニコルと二人きりの微妙な空気感に耐えられなかったので、ジョーダンが来てくれたことに心から感謝した。
「クールなのが見た目だけならいいけどあいつは心もクールだから。騙されちゃダメだよ」
ニコルが口の端を吊り上げる。
「あら、心がクールってのも魅力的じゃない」
「冷たい中に優しさがあるからこそ魅力的なんじゃない。あいつは興味ない奴にはとことん冷たい、ドライなの」
やさぐれたように返答するニコル。そもそも今のところ優しい要素皆無の彼女に言えたことではない。
「ドライといえば……。昨日タケオがチャドに話したのよ、脚本の変更のことと映画のラストをミュージカルにしたらいいんじゃないかってこと。そしたらあっさりOKもらえたらしいわ!」
ドライという単語とは全く関係のない話を切り出したジョーダンに向かって、ニコルはあからさまに顔を顰める。
「マジでやんの? ミュージカル。絶対嫌なんだけど」
ニコルも私も唯一この部分でのみ意見が合致しているらしい。私もミュージカルエンドは大反対だ。
「私も反対」
「だけどもう決まっちゃったわ」とジョーダンは余裕の表情を見せる。
ミュージカルにするくらいなら無声映画にした方がまだマシだし、下手したらミュージカル以上にインパクトがある。
「ミュージカルやるくらいならチャップリンみたいな無声映画にした方がいい」
抗議をしたらニコルの眉間の皺が余計に濃くなった。
「それもそれでおかしくない? 最後いきなり役者が皆何も喋んなくなったら凄い不自然よ。観客が『何これ?』 ってなって全然内容頭に入ってこなくなるわ」
「確かにね」とジョーダンは頷く。言われてみればそうだ。
「そうそう、それでチャドがそのミュージカル用に使う曲をブルーベルに書いてもらえないかって交渉するらしいわ」
ジョーダンがまた目を輝かせた。
「ブルーベルに?!」
「ええ」
ウミといいブルーベルといい、チャドはどれだけのビッグネームを使うつもりなのか。そしていつの間にこんなに話が進んでいたのか。もうミュージカルエンドから逃れる術はないのだろうか。私は頭を抱えた。
撮影に使っている建物の一階の広間で、ウミは1番初めに私に声をかけた。
「メイド服よく似合ってる」
「そりゃどうも」
「日本のメイド喫茶で働いたら? 凄くウケると思う」
「それはやめとく」
メイド喫茶というのがどのようなものかよく分からないが、この無愛想な私に接客業がつとまるとは思えない。
「あ、そうだ」
私は途中駐車場に立ち寄り、昨日の帰りに買ったウミへのプレゼントを車のトランクから取り出して渡した。最新型のワイヤレスヘッドフォンをウミは思いの外喜んでくれた。
「これ欲しかったんだ、ありがとう」
「この間のゲーム機のお返し」
「別にお返しなんていいのに」
「いや、だっていつもお世話になりまくってるしさ。この間も泊めてもらったし」
「あなただから泊めるんであって……」
そこまで話したところで猛スピードで赤い車が走ってきて、ウミは危うく轢かれそうになった私の腕を掴んで自分の方に引き寄せた。
「危ないな、誰だよ」
ウミは舌打ちをしながら乱暴に注射した車を睨み、遅刻したニコルが降りてくると「あいつか」と苦い表情でつぶやく。
素早く踵を返し歩き出したウミに続いて私も駐車場から立ち去った。
帰るのかと思いきやウミはそのあとしばらく撮影を見学した。友人に演じている姿を見られるのは気恥ずかしかったが、なるべくいつも通りにしようと努めた。皆ウミに話しかけたいが怖気付いている様子で、私が彼女と普通に話していることが信じられない様子だった。
「あいつって笑うんだね」
中庭で坐禅を組んでいたらニコルが突然背後から声をかけてきた。無我の境地に辿り着きかけていたときに声をかけられるのは、非常に心臓に悪い。
「いたんだ……」
「ウミが私と話してるときに笑ってんのとか一度も見たことない。一緒にいても話聞いてんのかどうかも分かんないし。やっぱ気に入られてんだよ、あんた」
意味深な笑みを浮かべる彼女がもし私がウミからゲーム機を貰ったことを知ったら、きっと『ミザリー』に出てくる女看護師アニー並みに恐ろしい形相で怒り狂うに違いない。何だかんだ言いながらニコルは今でもウミのことを引きずっているのだ。でなければこんなに頻繁に元恋人の話題を出すはずがない。
そこにジョーダンがスキップでやってきた。
「相変わらずクールねー、ウミは。私でも惚れちゃいそうだわ」
ジョーダンの目は少女のように輝いている。ニコルと二人きりの微妙な空気感に耐えられなかったので、ジョーダンが来てくれたことに心から感謝した。
「クールなのが見た目だけならいいけどあいつは心もクールだから。騙されちゃダメだよ」
ニコルが口の端を吊り上げる。
「あら、心がクールってのも魅力的じゃない」
「冷たい中に優しさがあるからこそ魅力的なんじゃない。あいつは興味ない奴にはとことん冷たい、ドライなの」
やさぐれたように返答するニコル。そもそも今のところ優しい要素皆無の彼女に言えたことではない。
「ドライといえば……。昨日タケオがチャドに話したのよ、脚本の変更のことと映画のラストをミュージカルにしたらいいんじゃないかってこと。そしたらあっさりOKもらえたらしいわ!」
ドライという単語とは全く関係のない話を切り出したジョーダンに向かって、ニコルはあからさまに顔を顰める。
「マジでやんの? ミュージカル。絶対嫌なんだけど」
ニコルも私も唯一この部分でのみ意見が合致しているらしい。私もミュージカルエンドは大反対だ。
「私も反対」
「だけどもう決まっちゃったわ」とジョーダンは余裕の表情を見せる。
ミュージカルにするくらいなら無声映画にした方がまだマシだし、下手したらミュージカル以上にインパクトがある。
「ミュージカルやるくらいならチャップリンみたいな無声映画にした方がいい」
抗議をしたらニコルの眉間の皺が余計に濃くなった。
「それもそれでおかしくない? 最後いきなり役者が皆何も喋んなくなったら凄い不自然よ。観客が『何これ?』 ってなって全然内容頭に入ってこなくなるわ」
「確かにね」とジョーダンは頷く。言われてみればそうだ。
「そうそう、それでチャドがそのミュージカル用に使う曲をブルーベルに書いてもらえないかって交渉するらしいわ」
ジョーダンがまた目を輝かせた。
「ブルーベルに?!」
「ええ」
ウミといいブルーベルといい、チャドはどれだけのビッグネームを使うつもりなのか。そしていつの間にこんなに話が進んでいたのか。もうミュージカルエンドから逃れる術はないのだろうか。私は頭を抱えた。
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