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51. 過去
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結局その日は朝まで眠れなかった。ウミは私の部屋を訪れウェールズに住んでいた頃の話を始めた。小学6年のときクラスにヤーラという黒人の女の子が転校してきた。ウミと同じ寡黙で引っ込み思案な性格の彼女は休み時間もあまり喋らず読書をしていた。
ウミと彼女は少しずつ仲良くなった。ウミも日本人の血が入っていて他の子どもと違うという理由でクラスメイトから仲間外れにされることが多く、ヤーラの気持ちがよく分かったのだ。ヤーラはウミの前ではよく喋ったがそれ以外はほとんど誰とも口をきかず、休み時間は図書室で本を読んでいた。
彼女が虐めの標的になったのは、隣町で起きたテロ事件の犯人が黒人だったという理由からだった。クラスには他にも何人か黒人の子がいたが、転校生で大人しいという理由だけで彼女が虐められた。
クラスメイトの男子たちは彼女の肌の色を執拗にからかい、持ち物を隠し、酷い渾名をつけて呼んだりした。それでもヤーラは何も言い返さなかった。
ある日ウミは遂にただ傍観していることに耐えられなくなり、ヤーラをいじめていた男子たちを持っていた鞄で殴った。男子たちはウミに暴行を加えたが担任は彼らを怒るどころか、ウミばかりを注意した。ヤーラはその後転校し、今度はウミが虐めのターゲットになった。ウミは学校を休みがちになり、結果不登校になったという。
「ずっと家にいると嫌なことばかりを思い出して辛かった。人間って何でこんなに薄情で残酷で、自分と違う存在を排除しようと躍起になるんだろうって考えた。毎晩悪夢を見て飛び起きた。どいつもこいつも消えてしまえ! って叫びたくなった。それでも音楽を作っているときだけが唯一救われる瞬間だった。自分の中の怒りを吐き出せる手段なんだ。音楽がなければ今私はここにいないかも」
「辛かったね」
「今も時々夢に見るよ、学校裏にあるゴミ箱に入れられて蓋を閉められて、外からガムテープを巻かれて閉じ込められた時のことを。凄く怖かった。近くで犬の唸り声がしたときは心臓が止まりそうになった。もう誰にも見つからないままここで死ぬんだと思ったし、何で自分がこんな目にあわなきゃいけないんだって辛かったよ。幸い先生が来て助けてくれたけど……」
「辛かったね……」
例によってかける言葉が見つからない私はそうして共感を示す他になかった。私も中学の時に虐められた経験があるが、彼女の経験したことはそれの比ではないと感じ愕然とした。
「人って集団の中で異質な人間を排斥しようとする本能があるらしいね。私は色んな意味で異質だった。だから彼らは私を虐めた」
「そいつらがあなたを虐めたのは、日本の血が入ってるって理由だけじゃないと思う。あるオーディション番組の審査員の人が言ってたわ、誰かを虐めるのはその人が何か優れている部分があるからだって」
その審査員は過去に虐めを受けていたという女性の参加者に向かってその言葉をかけた。その言葉がどれだけ彼女を救ったか分からない。
「いいことを言うね、その審査員」
「実際あなたはこうして人の心を打つ凄い音楽を世に送り出してるわけだから、あなたを虐めてた下らない奴らなんかよりずっと世の中に貢献してる。胸を張っていいわ」
ウミは「ありがとう」と小さく微笑んだ。
「でも、それなら君を虐めてた人たちも同じじゃない? 君が何か人と違う凄いところがあって、羨ましかったとか」
「どうかな、ただ憂さ晴らしがしたかったのかも」
「私から見たあなたは凄くユニークで素敵だよ」
「それはどうも」
「本当だよ。あなたは電話で私のことをクールだって言ってたけど、私から見たらあなたの方がずっとクールだ」
「ないない。クールとか私に似合わないわ」
こんな褒め方をされるのはこそばゆいを通り越して、くすぐったすぎて腋の下に穴が開きそうだ。私につく称号はポンコツ大根くらいがちょうどいい。
「さっきの人、助かるといいね」
ウミがぽつりと言った。
「そう祈るしかないわね」
私は答えた。あの男性が亡くなってしまったらと考えるとどうしようもなく胸が苦しくなった。彼の奥さんの泣き叫ぶ声が耳に張り付いて離れない。私と彼らは他人のはずなのに、生きていてほしいと願う気持ちは偽りようもないほどに切実だった。
窓の外の景色はうっすらと青みがかって、おやすみと言い残してウミが去ったあと途切れ途切れの夢を見ながら短時間の睡眠をとった。
ウミと彼女は少しずつ仲良くなった。ウミも日本人の血が入っていて他の子どもと違うという理由でクラスメイトから仲間外れにされることが多く、ヤーラの気持ちがよく分かったのだ。ヤーラはウミの前ではよく喋ったがそれ以外はほとんど誰とも口をきかず、休み時間は図書室で本を読んでいた。
彼女が虐めの標的になったのは、隣町で起きたテロ事件の犯人が黒人だったという理由からだった。クラスには他にも何人か黒人の子がいたが、転校生で大人しいという理由だけで彼女が虐められた。
クラスメイトの男子たちは彼女の肌の色を執拗にからかい、持ち物を隠し、酷い渾名をつけて呼んだりした。それでもヤーラは何も言い返さなかった。
ある日ウミは遂にただ傍観していることに耐えられなくなり、ヤーラをいじめていた男子たちを持っていた鞄で殴った。男子たちはウミに暴行を加えたが担任は彼らを怒るどころか、ウミばかりを注意した。ヤーラはその後転校し、今度はウミが虐めのターゲットになった。ウミは学校を休みがちになり、結果不登校になったという。
「ずっと家にいると嫌なことばかりを思い出して辛かった。人間って何でこんなに薄情で残酷で、自分と違う存在を排除しようと躍起になるんだろうって考えた。毎晩悪夢を見て飛び起きた。どいつもこいつも消えてしまえ! って叫びたくなった。それでも音楽を作っているときだけが唯一救われる瞬間だった。自分の中の怒りを吐き出せる手段なんだ。音楽がなければ今私はここにいないかも」
「辛かったね」
「今も時々夢に見るよ、学校裏にあるゴミ箱に入れられて蓋を閉められて、外からガムテープを巻かれて閉じ込められた時のことを。凄く怖かった。近くで犬の唸り声がしたときは心臓が止まりそうになった。もう誰にも見つからないままここで死ぬんだと思ったし、何で自分がこんな目にあわなきゃいけないんだって辛かったよ。幸い先生が来て助けてくれたけど……」
「辛かったね……」
例によってかける言葉が見つからない私はそうして共感を示す他になかった。私も中学の時に虐められた経験があるが、彼女の経験したことはそれの比ではないと感じ愕然とした。
「人って集団の中で異質な人間を排斥しようとする本能があるらしいね。私は色んな意味で異質だった。だから彼らは私を虐めた」
「そいつらがあなたを虐めたのは、日本の血が入ってるって理由だけじゃないと思う。あるオーディション番組の審査員の人が言ってたわ、誰かを虐めるのはその人が何か優れている部分があるからだって」
その審査員は過去に虐めを受けていたという女性の参加者に向かってその言葉をかけた。その言葉がどれだけ彼女を救ったか分からない。
「いいことを言うね、その審査員」
「実際あなたはこうして人の心を打つ凄い音楽を世に送り出してるわけだから、あなたを虐めてた下らない奴らなんかよりずっと世の中に貢献してる。胸を張っていいわ」
ウミは「ありがとう」と小さく微笑んだ。
「でも、それなら君を虐めてた人たちも同じじゃない? 君が何か人と違う凄いところがあって、羨ましかったとか」
「どうかな、ただ憂さ晴らしがしたかったのかも」
「私から見たあなたは凄くユニークで素敵だよ」
「それはどうも」
「本当だよ。あなたは電話で私のことをクールだって言ってたけど、私から見たらあなたの方がずっとクールだ」
「ないない。クールとか私に似合わないわ」
こんな褒め方をされるのはこそばゆいを通り越して、くすぐったすぎて腋の下に穴が開きそうだ。私につく称号はポンコツ大根くらいがちょうどいい。
「さっきの人、助かるといいね」
ウミがぽつりと言った。
「そう祈るしかないわね」
私は答えた。あの男性が亡くなってしまったらと考えるとどうしようもなく胸が苦しくなった。彼の奥さんの泣き叫ぶ声が耳に張り付いて離れない。私と彼らは他人のはずなのに、生きていてほしいと願う気持ちは偽りようもないほどに切実だった。
窓の外の景色はうっすらと青みがかって、おやすみと言い残してウミが去ったあと途切れ途切れの夢を見ながら短時間の睡眠をとった。
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