58 / 75
56. 気持ち
しおりを挟む
その後出来上がったトリュフをデザートに4人で食べた。私の身体に異変が起きたのは食べ終わって20分ほど経った頃だった。体温が上がり頭が朦朧として、私は呂律が回らない口で訳の分からない発言をしまくるうち、次第に自己否定的な感情が湧いてきて抑えられなくなった。
「え~……私は~ダメ人間です!! ザ・人間の屑!!」
悪酔いしたおっさんのように右手を上げて叫びテーブルに突っ伏す。
「この子、ブランデーに酔ってるわ」
耳にジョーダンの声が入ってくる。私は酔ったのか、そうか。元々体質的にお酒に弱いうえ、普段ほとんど飲まず耐性がないから少しのブランデーでも酔うのか。どおりでさっきから頭がぐるぐるするし、感情がコントロールできなくて言動が支離滅裂なわけだ。
「規定量より多めのブランデー入れちゃったのよね」
ミシェルが気まずそうにつぶやき、「にしても、こんなベロンベロンになるか?」とタケオが怪訝そうに言う。
不意に過去にあった様々な苦い思い出が蘇る。ブランデーによりぶっ飛んだ理性を修復する努力はもはや放棄していた。私は再び顔をあげ大声で叫んだ。
「演技の才能もなければ容姿もスタイルもイマイチ! そういや誰かに言われたな、『Spice Girlsに例えるとお前はプレーン・スパイスだ』って。なんだプレーンって、ヨーグルトかっつの。もはや味すらねーわ」
捲し立てるように言って缶のジンジャーエールを一気飲みする。
ちなみにSpice Girlsとは20年以上前に大ブレイクし、ビートルズに匹敵するくらいの人気を博した伝説的女性グループだ。メンバーの一人一人にはその性格や特徴に応じてスポーティー・スパイス、ベイビー・スパイス、ジンジャー(赤毛の)・スパイス、スケアリー・スパイス、ポッシュ(ツンとした)・スパイスという愛称がつけられていた。アイドルという存在自体が稀少だった当時、その状況を逆手にとって大成功を収めたのが彼女たちだった。
中学のとき放課後何人かで教室に残って話をしているとき、お互いをSpice Girlsに例えるならどのメンバーかという話になった。その仲間の1人が私を指して言った言葉がそれだった。プレーン・スパイスというのは、『面白みのない人間』という意味の、私に対する皮肉だったのだろう。
「リオ、あなたはお世辞じゃなくてめちゃくちゃ面白いわよ。一緒にいてすごい楽しいし、ドライに見えて実は友達思いだし、綺麗だしお洒落だし最高の友達よ。そんな奴の言うことなんて気にすることないわ」
ミシェルは必死に励ましながら私の背中をさすった。
「ニコルには着てたTシャツを笑われたわ。サルサのTシャツを笑うなんて何様だっつーの! お前の顔のプリントされたバスマットがあったら一生踏んづけてやる!」
ジンジャーエールの空き缶の底をテーブルに打ち付けながら毒づく私にジョーダンが優しく声をかける。
「ニコルは誰にでもあんな感じよ、やんなっちゃうわ。だけどリオ、あなたはゲームも上手いし、天才的なゲーマーだし、殿堂入りレベルの腕前を持ったプレイヤーよ。もっと自信を持って」
ジョーダンの台詞は結局、すべて『ゲームが得意』という一文に集約される。次にタケオが口を開く。
「それにお前は……ええと……」
「いいわよ、無理に褒めなくたって」
これ以上褒めるところが見つからず困った様子のタケオに向かって言う。だが直後タケオは閃いたような表情を浮かべた。
「お前はさり気なく人を思いやれるじゃないか。ルーシーが言ってたぞ、お前は凄くかっこいい奴だって。日本語に『イケメン』という言葉があるが、お前はまさしくそれだ」
「何? イケメンって」
「『イケてるメンズ』という意味だ。だが最近ではかっこいい男性だけじゃなくて女性を指して使うことも増えたな。見た目だけじゃなくて中身を指して言うこともある」
「なるほどね。他にルーシー何か言ってた?」
おっさんに絡んでいく若い女。側から見たらかなりおかしな図だ。
「お前と結婚したいとよ」
「本当!?」
「嘘だ」
私の『本当!?』からタケオの『嘘だ』まではほんのコンマ1秒ほどだった。この超短時間の間に噴出した喜びは瞬く間に泡と散った。
「ふざけんな!」
叫んだあとで、何故私はこの短い時間でルーシーのことで一喜一憂したのだろうと考える。ルーシーにカッコいいと褒められるのはとても嬉しい。心がゴム毬になったみたいだ。つまり今にも飛び跳ねそうという意味だ。
「さてはルーシーのことが好きなのね、リオは」
ジョーダンがニヤニヤ笑いを浮かべながら言った。
私はそこでバッテリーの切れたアンドロイドのように静止した。
「え~……私は~ダメ人間です!! ザ・人間の屑!!」
悪酔いしたおっさんのように右手を上げて叫びテーブルに突っ伏す。
「この子、ブランデーに酔ってるわ」
耳にジョーダンの声が入ってくる。私は酔ったのか、そうか。元々体質的にお酒に弱いうえ、普段ほとんど飲まず耐性がないから少しのブランデーでも酔うのか。どおりでさっきから頭がぐるぐるするし、感情がコントロールできなくて言動が支離滅裂なわけだ。
「規定量より多めのブランデー入れちゃったのよね」
ミシェルが気まずそうにつぶやき、「にしても、こんなベロンベロンになるか?」とタケオが怪訝そうに言う。
不意に過去にあった様々な苦い思い出が蘇る。ブランデーによりぶっ飛んだ理性を修復する努力はもはや放棄していた。私は再び顔をあげ大声で叫んだ。
「演技の才能もなければ容姿もスタイルもイマイチ! そういや誰かに言われたな、『Spice Girlsに例えるとお前はプレーン・スパイスだ』って。なんだプレーンって、ヨーグルトかっつの。もはや味すらねーわ」
捲し立てるように言って缶のジンジャーエールを一気飲みする。
ちなみにSpice Girlsとは20年以上前に大ブレイクし、ビートルズに匹敵するくらいの人気を博した伝説的女性グループだ。メンバーの一人一人にはその性格や特徴に応じてスポーティー・スパイス、ベイビー・スパイス、ジンジャー(赤毛の)・スパイス、スケアリー・スパイス、ポッシュ(ツンとした)・スパイスという愛称がつけられていた。アイドルという存在自体が稀少だった当時、その状況を逆手にとって大成功を収めたのが彼女たちだった。
中学のとき放課後何人かで教室に残って話をしているとき、お互いをSpice Girlsに例えるならどのメンバーかという話になった。その仲間の1人が私を指して言った言葉がそれだった。プレーン・スパイスというのは、『面白みのない人間』という意味の、私に対する皮肉だったのだろう。
「リオ、あなたはお世辞じゃなくてめちゃくちゃ面白いわよ。一緒にいてすごい楽しいし、ドライに見えて実は友達思いだし、綺麗だしお洒落だし最高の友達よ。そんな奴の言うことなんて気にすることないわ」
ミシェルは必死に励ましながら私の背中をさすった。
「ニコルには着てたTシャツを笑われたわ。サルサのTシャツを笑うなんて何様だっつーの! お前の顔のプリントされたバスマットがあったら一生踏んづけてやる!」
ジンジャーエールの空き缶の底をテーブルに打ち付けながら毒づく私にジョーダンが優しく声をかける。
「ニコルは誰にでもあんな感じよ、やんなっちゃうわ。だけどリオ、あなたはゲームも上手いし、天才的なゲーマーだし、殿堂入りレベルの腕前を持ったプレイヤーよ。もっと自信を持って」
ジョーダンの台詞は結局、すべて『ゲームが得意』という一文に集約される。次にタケオが口を開く。
「それにお前は……ええと……」
「いいわよ、無理に褒めなくたって」
これ以上褒めるところが見つからず困った様子のタケオに向かって言う。だが直後タケオは閃いたような表情を浮かべた。
「お前はさり気なく人を思いやれるじゃないか。ルーシーが言ってたぞ、お前は凄くかっこいい奴だって。日本語に『イケメン』という言葉があるが、お前はまさしくそれだ」
「何? イケメンって」
「『イケてるメンズ』という意味だ。だが最近ではかっこいい男性だけじゃなくて女性を指して使うことも増えたな。見た目だけじゃなくて中身を指して言うこともある」
「なるほどね。他にルーシー何か言ってた?」
おっさんに絡んでいく若い女。側から見たらかなりおかしな図だ。
「お前と結婚したいとよ」
「本当!?」
「嘘だ」
私の『本当!?』からタケオの『嘘だ』まではほんのコンマ1秒ほどだった。この超短時間の間に噴出した喜びは瞬く間に泡と散った。
「ふざけんな!」
叫んだあとで、何故私はこの短い時間でルーシーのことで一喜一憂したのだろうと考える。ルーシーにカッコいいと褒められるのはとても嬉しい。心がゴム毬になったみたいだ。つまり今にも飛び跳ねそうという意味だ。
「さてはルーシーのことが好きなのね、リオは」
ジョーダンがニヤニヤ笑いを浮かべながら言った。
私はそこでバッテリーの切れたアンドロイドのように静止した。
20
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
短編集:失情と采配、再情熱。(2024年度文芸部部誌より)
氷上ましゅ。
現代文学
2024年度文芸部部誌に寄稿した作品たち。
そのまま引っ張ってきてるので改変とかないです。作業が去年に比べ非常に雑で申し訳ない
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
私の神様は〇〇〇〇さん~不思議な太ったおじさんと難病宣告を受けた女の子の1週間の物語~
あらお☆ひろ
現代文学
白血病の診断を受けた20歳の大学生「本田望《ほんだ・のぞみ》」と偶然出会ったちょっと変わった太ったおじさん「備里健《そなえざと・けん」》の1週間の物語です。
「劇脚本」用に大人の絵本(※「H」なものではありません)的に準備したものです。
マニアな読者(笑)を抱えてる「赤井翼」氏の原案をもとに加筆しました。
「病気」を取り扱っていますが、重くならないようにしています。
希と健が「B級グルメ」を楽しみながら、「病気平癒」の神様(※諸説あり)をめぐる話です。
わかりやすいように、極力写真を入れるようにしていますが、撮り忘れやピンボケでアップできないところもあるのはご愛敬としてください。
基本的には、「ハッピーエンド」なので「ゆるーく」お読みください。
全31チャプターなのでひと月くらいお付き合いいただきたいと思います。
よろしくお願いしまーす!(⋈◍>◡<◍)。✧♡
【推しが114人もいる俺 最強!!アイドルオーディションプロジェクト】
RYOアズ
青春
ある日アイドル大好きな女の子「花」がアイドル雑誌でオーディションの記事を見つける。
憧れのアイドルになるためアイドルのオーディションを受けることに。
そして一方アイドルというものにまったく無縁だった男がある事をきっかけにオーディション審査中のアイドル達を必死に応援することになる物語。
果たして花はアイドルになることができるのか!?
鬼母(おにばば)日記
歌あそべ
現代文学
ひろしの母は、ひろしのために母親らしいことは何もしなかった。
そんな駄目な母親は、やがてひろしとひろしの妻となった私を悩ます鬼母(おにばば)に(?)
鬼母(おにばば)と暮らした日々を綴った日記。
ハルのてのひら、ナツのそら。
華子
恋愛
中学三年生のナツは、一年生の頃からずっと想いを寄せているハルにこの気持ちを伝えるのだと、決意を固めた。
人生で初めての恋、そして、初めての告白。
「ハルくん。わたしはハルくんが好きです。ハルくんはわたしをどう思っていますか」
しかし、ハルはその答えを教えてはくれなかった。
何度勇気を出して伝えてもはぐらかされ、なのに思わせぶりな態度をとってくるハルと続いてしまう、曖昧なふたりの関係。
ハルからどうしても「好き」だと言われたいナツ。
ナツにはどうしても「好き」だと言いたくないハル。
どちらも一歩もゆずれない、切ない訳がそこにはあった。
表紙はフリーのもの。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる