ロマンドール

たらこ飴

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54. 寿司パーティー

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 30分が経過したので先ほどボウルに入れたチョコレートを冷蔵庫から取り出し、小さなスプーンで掬いトレイに敷かれたクッキングシートの上に柔らかな塊を落とすのを繰り返す。トレイに並んだトリュフになろうとする小さな塊たちを再び冷蔵庫に入れたとき玄関のチャイムが鳴った。

 玄関の入り口脇のインターフォンの画面にタケオのどアップの顔が映し出されていて、「うぉっ」と思わず短い声が出た。

『リオ、お見舞いに来てあげたわよ!!』

 ジョーダンの明るい声が聴こえる。タケオの顔しか映っていないから背後にいるジョーダンの存在に気づかなかった。

「今開ける」

 玄関ドアを開けると何かの入ったビニール袋と炊飯器を両手に持ったタケオと、茶色い紙袋を一つ抱えたジョーダンが立っていた。

「寿司パだ」

 タケオは一言言ってズイズイと家に上がってきた。ジョーダンも「お邪魔しまーす!」と笑顔で入ってくる。

 何だ、寿司パって。

 心の中でツッコミを入れながらリビングへ戻る。

 タケオが言う寿司パとはどうやら寿司パーティーのことらしい。タケオはダイニングテーブルの真ん中に寿司用の米の入った炊飯器と、パック入りのカツオやサーモン、イカ、エビなどの魚介類を置いた。それからミシェルと私、タケオとジョーダンの4人の寿司作りが始まった。

 事前にYouTubeで作り方をみて始めたものの、実際にやってみると寿司を握るのはかなり難しかった。どんなに頑張ってもシャリっぽい形にならず、毎回ぼろぼろの寿司のっけご飯ができる。

「食べられればいいよね」と自分に向かって言い聞かせる私に頷いて同意してくれる他の3人は、私より遥かに器用な手つきで綺麗な寿司を作っている。

「何だか少し甘い香りがするわね」

 イカ寿司を握っていたジョーダンがすんすんと鼻を鳴らし、「チョコを作ってたのよ」とちょうどシャリを作り終えたミシェルが答えた。

「俺にくれるんだな? さては」

 タケオがエビをシャリに乗せながら尋ねたがスルーした。

「ミシェルと私で食べる予定だったんだけど、せっかくだからみんなでデザートに食べよう」と提案したら、ジョーダンは「賛成!!」と嬉しそうに左手を上げた。

「スシっていうのは、日本の漢字で魚に旨いと書く。だから何だってわけでもないが」

 綺麗なエビ寿司を作り終えたタケオが豆知識を披露する。

「日本の漢字って難しいわよね。英語にはそういうのないから楽」

 ミシェルがそう言いながらパックの中に並んだオレンジ色のサーモンの切り身を手に取った。

「漢字がなくなったらなくなったで困るんだよな、全部ひらがなってのも読みにくい。例えるなら英語のアルファベットが全部大文字になるみたいな。ちょっと違うか」

 タケオが自分で言って首を傾げる。

「見て、私は今日こんなTシャツを着てきたわ!」

 ジョーダンが何の前触れもなく、上着のバーガンディのセーターを脱ぎ始めた。現れたのは白い字で『茄子』と大きく書かれた黒のTシャツだった。

「どこで見つけたんだ? それ」

 タケオがまたいつものように表情を変えずに訊いた。

「友達から貰ったの。これってどういう意味なの?」

 ジョーダンが興味津々で尋ねると、「eggplant"ってゆう意味だ」とタケオが淡々と答える。

「何よそれ!! てっきり格言か何かかと思ったじゃない!! 何よ茄子って。野菜じゃない、ただの!!」

 ジョーダンはかなりショックだったらしい。

「畑に植えられた茄子のように雨風に負けずに強く生きろって意味よ、きっと」

 私の当てずっぽうな解説にジョーダンは、「なるほどね、納得……。ってならんわ!!」と巧みなノリつっこみを披露する。

 こんな感じで賑やかな寿司作りは夕方まで続いた。
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