ロマンドール

たらこ飴

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53. チョコレート作り

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 ミシェルの提案でキッチンでチョコレート作りをした。たまたま冷蔵庫に買い置きのチョコレート何枚かと生クリームとブランデーがあったので、トリュフを作ることにした。2人で粉々に粉砕したチョコレートをボールに入れて湯煎にかける。

 不意に深夜のあの事件のことが蘇り吐き気が込み上げる。チョコレートの色と時間が経って変色した血液の色が重なり鳩尾が軋む。心にずっしりと錘がのしかかったみたいだ。

「てかさ、誰にあげるわけ?」

 ミシェルがボウルの中の溶けたチョコレートにパックに入った生クリームを入れながら尋ねたので、目の前の作業に集中しようと必死に昨夜の記憶を振り払う。

「私らで食べるに決まってんじゃん」とゴムベラで液状化したチョコレートと生クリームを混ぜ合わせながら答えると、「ちょっと何それ? つまんなすぎるでしょ。せっかくだから誰かにあげなさいよ」と肘で脇腹を突かれる。

「やーだね。別にあげたい人なんていないし、そんなロマンチックなことをするより美味しい思いをした方が幸せじゃん」

 ミシェルは「まぁ、それもそうね」と頷いたあとで、「あ、忘れてた」と言って、ボウルの中にブランデーを注いだ。

「……ちょっと入れすぎた?」

 首を傾げる友人と、「平気平気、細かいことは気にしない」と全く意に介さずにゴムベラを動かし続ける私。

 大雑把に混ぜ合わせたあとボウルごと冷蔵庫に入れて冷やす。チョコがいい具合の固さになるのを待つ間、私たちはリビングのソファでテレビを観ることにした。

 あんな恐ろしい事件が起きた直後にこんな風に友人とチョコレート作りをしていること自体が不自然に思えてならない。だがそうでもしないと平常心が保てそうに無かった。

 あの男性は生死の狭間を彷徨っている。だが私はこうしてチョコレートが固まるのをソファの上で待っている。テレビでは俳優や歌手などのセレブが無人島でサバイバルに挑むというバラエティー番組が放送されているが、久しぶりにつけたテレビの情報過多に頭がやられそうになる。これな
ら前に車で聴いた有識者らしきおっさん2人がボソボソ声で今後の教育や福祉についてつまらない討論を繰り広げるラジオ番組の方がまだマシに思える。
 
 ミシェルが座った場所の右横、ソファの端っこではサルサとグリが吹き付ける風の音も気にせず身を寄せ合って昼寝をしていた。エアコンのついた室内は暖かく昼寝をするにはちょうどいい温度だ。
 
「リオってさ、マジで恋人欲しいとか思わないわけ?」

 隣に腰掛けたミシェルが尋ねた。

「思わないんだな、これが」

 答えながら、父のお気に入りのスペインドラマにチャンネルを合わせる。妊娠をした女性の本当の父親が夫ではなくて会社の上司で、更にその上司には他にスチュワーデスの愛人がいるがそのスチュワーデスは実は某国のスパイだという、まだ二話目にも関わらず既に捩れによじれた内容になっていた。なぜ父はこんな非現実的で複雑な人間関係や陰謀が絡み合うドラマが好きなのだろう。

「個人の自由だってことは分かってんだけどさ……。幸せになって欲しいのよ、リオに」

 ミシェルはすぐ横で眠っている猫たちの丸まった背中の毛を交互に撫でる。テレビの中ではスパイのスチュワーデスが乗客の男性を誘惑するふりをして、ワイシャツの襟の内側に発信器をつけている。

「あなたこそ幸せになりなよ、ミシェル」

 人の幸せを願ってばかりで自分のことは後回しの友人に、幸せが来ることを願ってやまない。

「私って変わった奴が好きっぽい」

 発信器を付けられたとも知らずスチュワーデスと濃ゆいキスを交わす男性。そんなシーンを無表情で見つめる友人の好みは、一筋縄ではいかなそうだ。

「エキセントリックな人ってこと?」

「ある意味ね。才能あったり物の見方が変わってる人。誰か紹介してくんない?」

 私の周りには至って普通の人間というのはいない。天才と変人は紙一重というが、芸能界というのはそのようにある1つの才能に秀でているが一風変わった人間の集まりであるように思える。私の男友達はゲイばかりだし、そうでないとしたら紹介できるのはタケオくらいだ。だがミシェルは以前ウミに振られたと言っていた。ということは女性もありということか。あのウミと同じようなタイプの人というのは探してもなかなかいない。

「才能ある人なら沢山いるけど……」

 問題はミシェルと相性がいいかどうかと、何よりその相手が人間として魅力的で、彼女を幸せにできるかどうか。おかしな相手を紹介して友人が傷つくような事態はどうしても避けたい。
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