ロマンドール

たらこ飴

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52. バレンタインイブ

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 祖母の言葉で少し元気が出たかと思いきや、その後5日間の私はまるで抜け殻のようだった。食欲もなくテレビを観る気もゲームをする気にもなれない。心配した祖母が好物のパンケーキを作って部屋に持ってきてくれたものの、一口か二口食べただけで終わった。

 撮影に復帰する前日の午後、昼寝をしていたところにミシェルがお見舞いに来た。その日両親は仕事で祖母は長年来の友人と買い物に出掛けていて家には例のごとく私と猫たちだけだった。ミシェルは寝起きの大あくびをかます私に赤いプレゼントボックスに入った手作りのチョコレートをくれた。

「1日早いけどバレンタイン的な? いつもお世話になってるから」

「マジ? ありがとう」

「ポニーと一緒に作ったのよ」

 ポニーがあの小さな掌でゴムベラを握り一生懸命溶けたチョコをかき混ぜている様子を想像すると、自然に笑みが溢れる。

「ポニーにもありがとうって言っておいて」

「伝えとくわ。てゆうかあなたは誰かにあげるの? チョコレート」

 ミシェルが興味津々な様子で尋ねる。そもそも明日がバレンタインということすら忘れていた。私にとってはバレンタインという行事自体より、2月15日の売れ残って安くなったチョコレートを買って食べることのほうが重要事項なのだ。

「存在自体忘れてた」

「あなたらしいわ」

 そこで友人はふと閃いたように言った。

「ウミにあげたらいいんじゃない?」

「何で?」

「彼女あなたのこと好きそうだから。貰ったら義理でも嬉しいんじゃない?」 

「ないよ、ないない」

 ウミが昨日私を抱きしめた時のことを思い出す。昨日の彼女はいつもより感情が錯綜しているように見えた。あんな風に冷静さを失った彼女は初めて見た。

 もしーー。

 もしもミシェルが言う通りウミが私に特別な感情を持っていて彼女のこの間の言動が好意に基づくものだとしたら、これからどのような対応を取ることが適切なのだろう。気付かないふりをして接し続けることでかえって相手を傷つけてしまうことはないだろうか。

「モテる女は辛いね~、このモテ女!」とミシェルは悪戯っぽく笑い私の肩を軽く叩いた。

「モテてないけど」

「鈍いね」

 その台詞のあとで友人は私の顔をじっと見つめた。

「どうしたの?」

 尋ねるとミシェルは微笑んで一言だけ言った。

「あなたが無事で良かったよ」
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