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40. 嬉しい誘い
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「久しぶりにご飯でも行きましょう、お腹も空いたし」
その夜、いつもより口数のない私をルーシーは食事に誘った。これが彼女の優しさからくる行動だということは鈍い私でも分かった。私と違ってルーシーは人の感情の変化に対して人一倍鋭い。
「奢りなら行く」
冗談めかして言ったつもりが、ルーシーはまるで最初からそのつもりだったかのように頷いた。
「もちろん。いろいろ心配かけたから、そのお礼も兼ねて」
「冗談だったんだけど……。でもせっかくだから今日はお言葉に甘える」
ルーシーの柔らかい声と笑顔は私の尖りまくった感情をなだらかにする。なぜだかルーシーといると居心地が良い。ちょうど朝の焼きたてのパンケーキから上る湯気のような、そんな不思議な温かさが彼女にはある。
駐車場に着くと、ルーシーは私を車に乗るように促した。ルーシーの車に乗るのは初めてだった。2人でどこかに遊びに行くときはいつも私が進んで運転を買って出ていた。かなりの長距離を1人で運転するのもそれほど苦ではない。音楽を大音量で流して大きな声で歌っていると気が晴れる。
助手席に座った私にルーシーは何があったか聞かなかった。彼女はいつもそうだ。しつこく根掘り葉掘り聞き出そうなどとはせず、こっちが話し出すのを静かに待ってくれる。
「デュシャンは元気?」
ニコルのことを思い出したらまた腹が立ってきそうだったため、この間ルーシーにあげた仔猫について尋ねた。彼女は走り出した車の中でハンドルを握り前方を見つめたまま笑顔で頷いた。
「ええ、元気よ。最近夜になると寒くて、私のベッドに潜ってくるわ」
ルーシーはデュシャンを昼間家に一人で留守番させておくのが可哀想なので、留守の間猫の世話だけしてくれる人を新たに雇ったのだと言っていた。
「動物の体温って何かいいよね」
私の言葉にルーシーは「そうね」とまた穏やかな微笑みを浮かべる。
「まるで人を安心させる温度を知ってるかのようだわ」
ルーシーの感性は面白い。時々誰も思いつかないようなことをいともさらりと言う。彼女は私を特別だと言ったけれど、ルーシーこそそうだ。きっと彼女の中にも宝石がある。シトリンのようなオレンジ色の、優しい輝きを放つ宝石が。
「あなたって、誰かに似てるなってずっと思ってたの」
私は窓の外、歩道を行き交う人の群れを眺めながらつぶやいた。暗い車外に見えるロンドンの通りには最近できたヴィーガン向けレストランや花屋、ファストファッションなどの店が立ち並び、等間隔で並ぶ街灯が家路を急ぐ歩行者たちの足下を照らしている。
「誰かしら?」
ルーシーが尋ね、私は窓の外の景色を見たまま答える。
「おじいちゃんだわ」
「あなたのおじいさんに似てるだなんて、何だかおそれ多いわ」
こんな謙虚なところも祖父によく似ている。
「隣にいるときの感じも、話す言葉もよく似てる」
ルーシーといるとよく祖父のことが頭に浮かんだ。ルーシーと祖父は性別も見た目も年齢も全く違うのに、一緒にいるときの感覚がそっくり同じだった。激しく波打っていた気持ちがゆったりと凪いで、平穏で満たされていくような。
「もしかしたらあなたのおじいちゃんが、あなたと私を会わせてくれたのかもね」
「かもね」
祖父は友達を大切にしろといつも言っていた。
『もし友達が困っていたら進んで助けろ。もし相手が泣いていたら、ただ何も言わずに側にいるだけでもいい』
そして彼はこうも言った。
『お前は一生モノの友情を築ける友人にきっと出会える』
その言葉が本当だとしたら、そんな友人の一人はきっとルーシーに違いない。ルーシーにとっても、困ったり落ち込んだりしたときに1番最初に頼れる存在が私ならいいと思う。
その夜、いつもより口数のない私をルーシーは食事に誘った。これが彼女の優しさからくる行動だということは鈍い私でも分かった。私と違ってルーシーは人の感情の変化に対して人一倍鋭い。
「奢りなら行く」
冗談めかして言ったつもりが、ルーシーはまるで最初からそのつもりだったかのように頷いた。
「もちろん。いろいろ心配かけたから、そのお礼も兼ねて」
「冗談だったんだけど……。でもせっかくだから今日はお言葉に甘える」
ルーシーの柔らかい声と笑顔は私の尖りまくった感情をなだらかにする。なぜだかルーシーといると居心地が良い。ちょうど朝の焼きたてのパンケーキから上る湯気のような、そんな不思議な温かさが彼女にはある。
駐車場に着くと、ルーシーは私を車に乗るように促した。ルーシーの車に乗るのは初めてだった。2人でどこかに遊びに行くときはいつも私が進んで運転を買って出ていた。かなりの長距離を1人で運転するのもそれほど苦ではない。音楽を大音量で流して大きな声で歌っていると気が晴れる。
助手席に座った私にルーシーは何があったか聞かなかった。彼女はいつもそうだ。しつこく根掘り葉掘り聞き出そうなどとはせず、こっちが話し出すのを静かに待ってくれる。
「デュシャンは元気?」
ニコルのことを思い出したらまた腹が立ってきそうだったため、この間ルーシーにあげた仔猫について尋ねた。彼女は走り出した車の中でハンドルを握り前方を見つめたまま笑顔で頷いた。
「ええ、元気よ。最近夜になると寒くて、私のベッドに潜ってくるわ」
ルーシーはデュシャンを昼間家に一人で留守番させておくのが可哀想なので、留守の間猫の世話だけしてくれる人を新たに雇ったのだと言っていた。
「動物の体温って何かいいよね」
私の言葉にルーシーは「そうね」とまた穏やかな微笑みを浮かべる。
「まるで人を安心させる温度を知ってるかのようだわ」
ルーシーの感性は面白い。時々誰も思いつかないようなことをいともさらりと言う。彼女は私を特別だと言ったけれど、ルーシーこそそうだ。きっと彼女の中にも宝石がある。シトリンのようなオレンジ色の、優しい輝きを放つ宝石が。
「あなたって、誰かに似てるなってずっと思ってたの」
私は窓の外、歩道を行き交う人の群れを眺めながらつぶやいた。暗い車外に見えるロンドンの通りには最近できたヴィーガン向けレストランや花屋、ファストファッションなどの店が立ち並び、等間隔で並ぶ街灯が家路を急ぐ歩行者たちの足下を照らしている。
「誰かしら?」
ルーシーが尋ね、私は窓の外の景色を見たまま答える。
「おじいちゃんだわ」
「あなたのおじいさんに似てるだなんて、何だかおそれ多いわ」
こんな謙虚なところも祖父によく似ている。
「隣にいるときの感じも、話す言葉もよく似てる」
ルーシーといるとよく祖父のことが頭に浮かんだ。ルーシーと祖父は性別も見た目も年齢も全く違うのに、一緒にいるときの感覚がそっくり同じだった。激しく波打っていた気持ちがゆったりと凪いで、平穏で満たされていくような。
「もしかしたらあなたのおじいちゃんが、あなたと私を会わせてくれたのかもね」
「かもね」
祖父は友達を大切にしろといつも言っていた。
『もし友達が困っていたら進んで助けろ。もし相手が泣いていたら、ただ何も言わずに側にいるだけでもいい』
そして彼はこうも言った。
『お前は一生モノの友情を築ける友人にきっと出会える』
その言葉が本当だとしたら、そんな友人の一人はきっとルーシーに違いない。ルーシーにとっても、困ったり落ち込んだりしたときに1番最初に頼れる存在が私ならいいと思う。
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