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21. 愛していると言わないで
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ドラマのシーズン1の撮影が終わった打ち上げパーティーの壇上で、嬉々としてカラオケを披露する人物が1人。ケイシー・マグワイアだ。彼が無類の歌好きということは周知の事実だが、まさか1人でマイクを2時間も独占するとは。
彼はSam Smithの"Leave Your Lover"を涙ながらに歌い上げたあとで、突然私を指名した。
「リオ、次はあんたの番よ!! 私がせっかく盛り上げた空気をぶち壊しにしないでちょうだい!!」
げ、最悪だ。歌う予定も心算も全く無かった。何でケイシーはよりにもよって私を指名してきたんだろう。私は彼にそんなに恨まれることをしたんだろうか。まあ確かにジョーダンのことで嘘をついてしまったけれど、元はと言えばケイシーが先に変な嘘をついたわけだし、そろそろ水に流してもいい頃合いじゃないか。
彼のあのハードルの上げ方からして、私を歌えない認定していることは確実だ。どうしよう。普段歌う時といったらシャワーを浴びているときに鼻歌を口ずさむくらいのもので、カラオケは完全に聴く専門だ。困った、非常に困った。
「早くしなさい、リオ!! 歌わないんならもう一曲行っちゃうわよ、いいの?!」
ケイシーの叫び声がマイクのキーンという音と重なり合って、すごくうるさい。周りの人たちが耳を塞ぐ中隣にいたミアが私に耳打ちした。
「早くしないとまたKeely Adamsを歌われちゃうわ。リオ、お願いだから歌って」
Keely Adamsは私よりもずっと濃いアイシャドウを塗ってギターをかき鳴らしながら、とてつもないハイトーンボイスで歌うゲイの天才ロックシンガーだ。スターを発掘する英国のオーディション番組で優勝して有名になった彼は、現在ワールドツアー中だと聞いた。私はそれほど嫌いではないが、どうやらミアにとって彼の音楽性は好みではないらしい。
仕方なく壇上に上がり、お手並み拝見とでもいうように笑うケイシーからマイクを受け取って声を整えるために一度咳払いをした。
Gabrielle Aprinの"Please Don't Say You Love Me"のオープニングのギターメロディが流れる。歌い出した瞬間、怖いくらいに会場が静まり返った。
この曲はルーシーが以前に好きだと言っていて、あとから私も聴いて気に入って、何度も繰り返し車や部屋の中で流していた曲だった。歌い終わって数秒後予想を上回る大きな拍手が起き、驚いて立ち尽くしてしまった。やがて私はオーディション番組の予選に出て、審査員と観客から期待以上の評価をもらったアマチュアのシンガーのように戸惑いながら壇上から降りた。
緊張から解き放たれた私は、拍手と歓声に見送られながら元いた場所に戻った。緊張のあまり喉が渇いていることにすら気づかなかった私は、テーブルに置かれたノンアルコールのチェリーカクテルを一気飲みした。
「リオ、あんな甘い歌声を隠し持ってるなんて狡いわ」
ルーシーが興奮気味に私の肩に手を置いた。
「そう?」
「うん。あなたの声、凄く好きよ」
私は普段喋るときの声は、女性にしてはやや低めだと自覚している。中学の音楽の授業の合唱で、歌っている時と全く声が違うと友達に笑われてから人前で歌うことを完全に辞めてしまっていたのだ。しかしこうして友人に褒められるのは全然悪い気はしない。むしろ気持ちいい。
「リオ、凄く上手だったわ。歌手になれるんじゃない?」
「うんうん、すごく良かった。曲の雰囲気もあなたの声とピッタリ合ってたし」
クレアとミアもやってきて口々に賞賛の言葉をくれる。
「褒めても何も出んぞ、娘さんたち」
戯けながら内心まんざらでもなかった。誰かから褒められるというのはこんなにも気分がいいものなのか。いつも演技や服装や性格、その他諸々のことに関して周囲から容赦ない駄目出しばかりされていたためか、認められる喜びというのをすっかり忘れかけていた。
こんな感じで、その時点で私の気分は最高潮に達していた。だがルーシーとミア、クレアの4人で話しているとき急に、何の前触れもなくルーシーが泣き出した。クレアはルーシーをそっと抱きしめて、「どうしたの? ルーシー」と優しく頭を撫でた。
「ルーシー、きっと疲れてるんだわ。今日は早めに帰って休んだら?」
気遣わしげに声をかけるミアの横で、私は例によって何のフォローもできないまましばし棒立ちになったが、この中で唯一お酒を飲んでいない私だけに言えるただ一言を告げた。
「送るわ、ルーシー」
どのみちパーティーも終盤に近づいていたので、心配したクレアとミアも一緒に私の車に乗り込んで、4人で夜のドライブに出かける流れになった。ルーシーは車が走り出した頃には泣き止んでいて、突然泣き出して心配をかけたことを何度も詫びた。
「なんだかパーティーをぶち壊しにしちゃった気分。ごめんね、みんな……」
助手席のルーシーは項垂れている。
「誰にだって泣きたい時くらいあるわ。そんなときは、思いっきり泣いて食べたいものを食べるのが一番」
後部座席からミアが的確なアドバイスをする。
「そうそう、何も恥ずかしいことじゃないし、申し訳ないなんて思わなくていい」
クレアも続いてフォローを入れる。そのとき不意にある突飛なアイデアが浮かんだ。3人には驚かれるかもしれないが、ルーシーに気分転換をさせるためにはこれ以上にないくらい最高のアイデアに思えた。
「ねぇ皆、提案なんだけど……。これから私のパパのホテルに泊まりに行かない?」
突然の提案に3人は一度顔を見合わせたあと、ほとんど同時に頷いた。
彼はSam Smithの"Leave Your Lover"を涙ながらに歌い上げたあとで、突然私を指名した。
「リオ、次はあんたの番よ!! 私がせっかく盛り上げた空気をぶち壊しにしないでちょうだい!!」
げ、最悪だ。歌う予定も心算も全く無かった。何でケイシーはよりにもよって私を指名してきたんだろう。私は彼にそんなに恨まれることをしたんだろうか。まあ確かにジョーダンのことで嘘をついてしまったけれど、元はと言えばケイシーが先に変な嘘をついたわけだし、そろそろ水に流してもいい頃合いじゃないか。
彼のあのハードルの上げ方からして、私を歌えない認定していることは確実だ。どうしよう。普段歌う時といったらシャワーを浴びているときに鼻歌を口ずさむくらいのもので、カラオケは完全に聴く専門だ。困った、非常に困った。
「早くしなさい、リオ!! 歌わないんならもう一曲行っちゃうわよ、いいの?!」
ケイシーの叫び声がマイクのキーンという音と重なり合って、すごくうるさい。周りの人たちが耳を塞ぐ中隣にいたミアが私に耳打ちした。
「早くしないとまたKeely Adamsを歌われちゃうわ。リオ、お願いだから歌って」
Keely Adamsは私よりもずっと濃いアイシャドウを塗ってギターをかき鳴らしながら、とてつもないハイトーンボイスで歌うゲイの天才ロックシンガーだ。スターを発掘する英国のオーディション番組で優勝して有名になった彼は、現在ワールドツアー中だと聞いた。私はそれほど嫌いではないが、どうやらミアにとって彼の音楽性は好みではないらしい。
仕方なく壇上に上がり、お手並み拝見とでもいうように笑うケイシーからマイクを受け取って声を整えるために一度咳払いをした。
Gabrielle Aprinの"Please Don't Say You Love Me"のオープニングのギターメロディが流れる。歌い出した瞬間、怖いくらいに会場が静まり返った。
この曲はルーシーが以前に好きだと言っていて、あとから私も聴いて気に入って、何度も繰り返し車や部屋の中で流していた曲だった。歌い終わって数秒後予想を上回る大きな拍手が起き、驚いて立ち尽くしてしまった。やがて私はオーディション番組の予選に出て、審査員と観客から期待以上の評価をもらったアマチュアのシンガーのように戸惑いながら壇上から降りた。
緊張から解き放たれた私は、拍手と歓声に見送られながら元いた場所に戻った。緊張のあまり喉が渇いていることにすら気づかなかった私は、テーブルに置かれたノンアルコールのチェリーカクテルを一気飲みした。
「リオ、あんな甘い歌声を隠し持ってるなんて狡いわ」
ルーシーが興奮気味に私の肩に手を置いた。
「そう?」
「うん。あなたの声、凄く好きよ」
私は普段喋るときの声は、女性にしてはやや低めだと自覚している。中学の音楽の授業の合唱で、歌っている時と全く声が違うと友達に笑われてから人前で歌うことを完全に辞めてしまっていたのだ。しかしこうして友人に褒められるのは全然悪い気はしない。むしろ気持ちいい。
「リオ、凄く上手だったわ。歌手になれるんじゃない?」
「うんうん、すごく良かった。曲の雰囲気もあなたの声とピッタリ合ってたし」
クレアとミアもやってきて口々に賞賛の言葉をくれる。
「褒めても何も出んぞ、娘さんたち」
戯けながら内心まんざらでもなかった。誰かから褒められるというのはこんなにも気分がいいものなのか。いつも演技や服装や性格、その他諸々のことに関して周囲から容赦ない駄目出しばかりされていたためか、認められる喜びというのをすっかり忘れかけていた。
こんな感じで、その時点で私の気分は最高潮に達していた。だがルーシーとミア、クレアの4人で話しているとき急に、何の前触れもなくルーシーが泣き出した。クレアはルーシーをそっと抱きしめて、「どうしたの? ルーシー」と優しく頭を撫でた。
「ルーシー、きっと疲れてるんだわ。今日は早めに帰って休んだら?」
気遣わしげに声をかけるミアの横で、私は例によって何のフォローもできないまましばし棒立ちになったが、この中で唯一お酒を飲んでいない私だけに言えるただ一言を告げた。
「送るわ、ルーシー」
どのみちパーティーも終盤に近づいていたので、心配したクレアとミアも一緒に私の車に乗り込んで、4人で夜のドライブに出かける流れになった。ルーシーは車が走り出した頃には泣き止んでいて、突然泣き出して心配をかけたことを何度も詫びた。
「なんだかパーティーをぶち壊しにしちゃった気分。ごめんね、みんな……」
助手席のルーシーは項垂れている。
「誰にだって泣きたい時くらいあるわ。そんなときは、思いっきり泣いて食べたいものを食べるのが一番」
後部座席からミアが的確なアドバイスをする。
「そうそう、何も恥ずかしいことじゃないし、申し訳ないなんて思わなくていい」
クレアも続いてフォローを入れる。そのとき不意にある突飛なアイデアが浮かんだ。3人には驚かれるかもしれないが、ルーシーに気分転換をさせるためにはこれ以上にないくらい最高のアイデアに思えた。
「ねぇ皆、提案なんだけど……。これから私のパパのホテルに泊まりに行かない?」
突然の提案に3人は一度顔を見合わせたあと、ほとんど同時に頷いた。
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