17 / 75
15. 電車はGO
しおりを挟む
リビングで『ダンシング・クイーン』というリズムゲームで遊んでいるペンとポニーを呼び、3人で焼きあがった生地にチーズを塗ってウィンナーを乗せてケチャップをかけた。おぼつかない手つきだったが、流し台で作業をするには背丈の足りない2人は交代で踏み台に乗って、わくわくした様子で手伝ってくれた。
生地の上に乗った調味料のたっぷりかけられたウィンナーをもう1枚の生地で挟んだ代物を、3人でコップに注がれたジュースと一緒にダイニングテーブルに持って行き、同時にかぶりついた。
「うん、案外イケる」
他の2人も口をもぐもぐと動かしながら同時に右の拳を突き出し、親指を上げた。ここまでは至って順調だったのだが、ベンがポニーの飲んでいるリンゴジュースを勝手に飲んだことがきっかけで口論が勃発し、遂には取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった。
「レフェリーストップ!!」
泣き叫ぶ妹のポニーに馬乗りになっているベンを引き剥がし、世界で2人きりの兄妹なのだから仲良くするようにと諭すも、彼らの機嫌は悪くなるばかりだ。
子どもの機嫌を直すには遊びが1番効果的だ。私は2人にある提案をした。
「分かった、お店屋さんごっこをしよう」
するとさっきまでむくれていたベンが「何のお店?」と興味深々で尋ねる。
「何のお店がいい?」
聞き返すと、先ほどまで泣いていたポニーが少し笑顔になって「宝石屋さん!」と手を挙げる。するとすかさずベンが反論する。
「嫌だ!! 電車屋さんがいい!!」
「何だ電車屋って」
ベンのたどたどしい説明から推察するに電車屋=時々見かける、電車の中で飲食物の移動販売をしている人のことらしい。よりによって何でそんなニッチなシチュエーションの店を選んだのかが謎だ。いやはや、子どもというのはユニークな生き物だ。
「じゃあ、電車で宝石を売るってことにしない?」
本当に電車に宝石売りなどが潜んでいたとしたら詐欺師臭がプンプンするであろうが、これはただのままごとだ。細かな設定やリアリティなど必要ない。そう思っていたのだが……。
「電車で宝石なんて売らないわ!」
ポニーは案外現実的であった。子どもの遊びに過ぎないとタカを括っていた私が馬鹿だった。
「そうだ、ジュースを売ることにしよう」
ベンとポニーはこの提案には素直に頷いた。ポニーが間もなく売り子が使うカートの代わりに、ままごと用の黒い車輪のついたプラスチックのカラフルなお買い物カートを部屋から引きずってきた。2人は示し合わせたようにキッチンの冷蔵庫に駆け寄ると、缶のコーラ、オレンジジュース、ペットボトルの水や紫色の怪しいドリンクを取り出してきてカゴの中に放り込んだ。しかしここでもまた問題が起こった。最初の売り子を誰にするかでまた2人が揉め始めたのだ。
「とりあえずじゃんけんで決めなよ」
また殴り合いが起きることはどうしても避けたかったので止むを得ず指示すると、2人はそれに素直に従って3回勝負のジャンケンを始めた。結局勝ったポニーが最初に売り子をすることになり、ベンと私はお客さんという設定になった。軽く廊下を片付けたあとで、私とベンはダイニングテーブルの前の椅子を廊下に持って行き壁際に並べて置いて腰掛けると、電車のボックス席に親子で座っている体で、子供部屋に待機した小さな売り子がやってくるのを待った。
「美味しいジュースはいかがですか~。安いよ~、安いよ~」
ポニーは小さなカートを押しながらまるで市場の売り子のように私たちの前までやってくる。私がわざと「グレープジュースをください」と言ってみたところ、ポニーは少し困った顔をしたあとで、「すみません。グレープはないんですが、代わりにオレンジジュースはいかがですか?」と訊いてくる。私が答える前にベンが手を上げて「酒!!」と叫ぶものだから、思わず椅子から滑り落ちそうになった。そもそもの設定からして間違えている。
「ベン……子供はお酒は飲めないから、代わりにジュースを……」
そう言って困惑した様子のポニーをフォローしようとするも、ベンは全く応じない。
「酒だ、酒!! 酒をよこせ!!」
これでは完全に酔っぱらいのおやじである。きっとこの子の将来はキングオブ飲兵衛に違いない。
「オレンジジュースください」
完全に迷惑な乗客と化しているベンを尻目に強行突破でオレンジジュースを入手した私は、持っていたおもちゃのお金をポニーの小さな手のひらに乗せた。
「ありがとう、可愛い売り子さん」
そう声をかけた後でポニーの頭を優しく撫でると、彼女は満足そうに微笑んで、スカートの片方の裾を指で持ち上げて礼をした。
生地の上に乗った調味料のたっぷりかけられたウィンナーをもう1枚の生地で挟んだ代物を、3人でコップに注がれたジュースと一緒にダイニングテーブルに持って行き、同時にかぶりついた。
「うん、案外イケる」
他の2人も口をもぐもぐと動かしながら同時に右の拳を突き出し、親指を上げた。ここまでは至って順調だったのだが、ベンがポニーの飲んでいるリンゴジュースを勝手に飲んだことがきっかけで口論が勃発し、遂には取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった。
「レフェリーストップ!!」
泣き叫ぶ妹のポニーに馬乗りになっているベンを引き剥がし、世界で2人きりの兄妹なのだから仲良くするようにと諭すも、彼らの機嫌は悪くなるばかりだ。
子どもの機嫌を直すには遊びが1番効果的だ。私は2人にある提案をした。
「分かった、お店屋さんごっこをしよう」
するとさっきまでむくれていたベンが「何のお店?」と興味深々で尋ねる。
「何のお店がいい?」
聞き返すと、先ほどまで泣いていたポニーが少し笑顔になって「宝石屋さん!」と手を挙げる。するとすかさずベンが反論する。
「嫌だ!! 電車屋さんがいい!!」
「何だ電車屋って」
ベンのたどたどしい説明から推察するに電車屋=時々見かける、電車の中で飲食物の移動販売をしている人のことらしい。よりによって何でそんなニッチなシチュエーションの店を選んだのかが謎だ。いやはや、子どもというのはユニークな生き物だ。
「じゃあ、電車で宝石を売るってことにしない?」
本当に電車に宝石売りなどが潜んでいたとしたら詐欺師臭がプンプンするであろうが、これはただのままごとだ。細かな設定やリアリティなど必要ない。そう思っていたのだが……。
「電車で宝石なんて売らないわ!」
ポニーは案外現実的であった。子どもの遊びに過ぎないとタカを括っていた私が馬鹿だった。
「そうだ、ジュースを売ることにしよう」
ベンとポニーはこの提案には素直に頷いた。ポニーが間もなく売り子が使うカートの代わりに、ままごと用の黒い車輪のついたプラスチックのカラフルなお買い物カートを部屋から引きずってきた。2人は示し合わせたようにキッチンの冷蔵庫に駆け寄ると、缶のコーラ、オレンジジュース、ペットボトルの水や紫色の怪しいドリンクを取り出してきてカゴの中に放り込んだ。しかしここでもまた問題が起こった。最初の売り子を誰にするかでまた2人が揉め始めたのだ。
「とりあえずじゃんけんで決めなよ」
また殴り合いが起きることはどうしても避けたかったので止むを得ず指示すると、2人はそれに素直に従って3回勝負のジャンケンを始めた。結局勝ったポニーが最初に売り子をすることになり、ベンと私はお客さんという設定になった。軽く廊下を片付けたあとで、私とベンはダイニングテーブルの前の椅子を廊下に持って行き壁際に並べて置いて腰掛けると、電車のボックス席に親子で座っている体で、子供部屋に待機した小さな売り子がやってくるのを待った。
「美味しいジュースはいかがですか~。安いよ~、安いよ~」
ポニーは小さなカートを押しながらまるで市場の売り子のように私たちの前までやってくる。私がわざと「グレープジュースをください」と言ってみたところ、ポニーは少し困った顔をしたあとで、「すみません。グレープはないんですが、代わりにオレンジジュースはいかがですか?」と訊いてくる。私が答える前にベンが手を上げて「酒!!」と叫ぶものだから、思わず椅子から滑り落ちそうになった。そもそもの設定からして間違えている。
「ベン……子供はお酒は飲めないから、代わりにジュースを……」
そう言って困惑した様子のポニーをフォローしようとするも、ベンは全く応じない。
「酒だ、酒!! 酒をよこせ!!」
これでは完全に酔っぱらいのおやじである。きっとこの子の将来はキングオブ飲兵衛に違いない。
「オレンジジュースください」
完全に迷惑な乗客と化しているベンを尻目に強行突破でオレンジジュースを入手した私は、持っていたおもちゃのお金をポニーの小さな手のひらに乗せた。
「ありがとう、可愛い売り子さん」
そう声をかけた後でポニーの頭を優しく撫でると、彼女は満足そうに微笑んで、スカートの片方の裾を指で持ち上げて礼をした。
41
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
短編集:失情と采配、再情熱。(2024年度文芸部部誌より)
氷上ましゅ。
現代文学
2024年度文芸部部誌に寄稿した作品たち。
そのまま引っ張ってきてるので改変とかないです。作業が去年に比べ非常に雑で申し訳ない
“K”
七部(ななべ)
現代文学
これはとある黒猫と絵描きの話。
黒猫はその見た目から迫害されていました。
※これは主がBUMP OF CHICKENさん『K』という曲にハマったのでそれを小説風にアレンジしてやろうという思いで制作しました。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
私の神様は〇〇〇〇さん~不思議な太ったおじさんと難病宣告を受けた女の子の1週間の物語~
あらお☆ひろ
現代文学
白血病の診断を受けた20歳の大学生「本田望《ほんだ・のぞみ》」と偶然出会ったちょっと変わった太ったおじさん「備里健《そなえざと・けん」》の1週間の物語です。
「劇脚本」用に大人の絵本(※「H」なものではありません)的に準備したものです。
マニアな読者(笑)を抱えてる「赤井翼」氏の原案をもとに加筆しました。
「病気」を取り扱っていますが、重くならないようにしています。
希と健が「B級グルメ」を楽しみながら、「病気平癒」の神様(※諸説あり)をめぐる話です。
わかりやすいように、極力写真を入れるようにしていますが、撮り忘れやピンボケでアップできないところもあるのはご愛敬としてください。
基本的には、「ハッピーエンド」なので「ゆるーく」お読みください。
全31チャプターなのでひと月くらいお付き合いいただきたいと思います。
よろしくお願いしまーす!(⋈◍>◡<◍)。✧♡
【推しが114人もいる俺 最強!!アイドルオーディションプロジェクト】
RYOアズ
青春
ある日アイドル大好きな女の子「花」がアイドル雑誌でオーディションの記事を見つける。
憧れのアイドルになるためアイドルのオーディションを受けることに。
そして一方アイドルというものにまったく無縁だった男がある事をきっかけにオーディション審査中のアイドル達を必死に応援することになる物語。
果たして花はアイドルになることができるのか!?
鬼母(おにばば)日記
歌あそべ
現代文学
ひろしの母は、ひろしのために母親らしいことは何もしなかった。
そんな駄目な母親は、やがてひろしとひろしの妻となった私を悩ます鬼母(おにばば)に(?)
鬼母(おにばば)と暮らした日々を綴った日記。
ハルのてのひら、ナツのそら。
華子
恋愛
中学三年生のナツは、一年生の頃からずっと想いを寄せているハルにこの気持ちを伝えるのだと、決意を固めた。
人生で初めての恋、そして、初めての告白。
「ハルくん。わたしはハルくんが好きです。ハルくんはわたしをどう思っていますか」
しかし、ハルはその答えを教えてはくれなかった。
何度勇気を出して伝えてもはぐらかされ、なのに思わせぶりな態度をとってくるハルと続いてしまう、曖昧なふたりの関係。
ハルからどうしても「好き」だと言われたいナツ。
ナツにはどうしても「好き」だと言いたくないハル。
どちらも一歩もゆずれない、切ない訳がそこにはあった。
表紙はフリーのもの。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる