ロマンドール

たらこ飴

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2. MAJIで凍りつく3分前

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 周りに比べて恋愛に対する欲求が薄いということに気づいたのは、中学生の頃だった。クラスの女子たちは当時、"3 Last Minutesスリー・ラスト・ミニッツ"という5人組ボーイズグループに夢中で、巻き毛のライアンが可愛い、不良っぽいオリバーがセクシーだ、彼氏にするなら面白くて紳士なショーンがいいなどと毎日のように友達同士で騒いでいた。まるで彼らの恋愛対象に自分達がなりうるとでも思っているかのようなその様子を、私は冷めた目で見つめていた。

 中学2年頃になると、彼女たちの関心はアイドルだけではなくリアルな恋愛の方に向いていく。先輩の車でキスしただ、クラスメイトの男子の家に泊まっただ、何だかんだと武勇伝のように語る友人たちの話に全く興味がないどころか、不快感さえ覚えた。何故みんな集団ヒステリーのように、こぞって恋愛の話ばかりするのかが分からなかった。

 ある日私は友人のチェルシーの家で開かれたお泊まり会に、ほかの3人の女子たちと一緒に参加した。このメンバーのことだから夜には絶対に恋愛の話になることが分かりきっていたので、最初誘われた時は行くことを躊躇っていたのだが、幼馴染のジルが行くというのを聞いて、彼女も一緒なら心強いと渋々ながら参加を決めたのだった。 

 夕食後にチェルシー宅に集まった私たちは、皆で大きなカップに入ったフローズンヨーグルトをアイス用のスプーンで深めの皿によそい、互いに持ち寄ったカラフルなジェリービーンズやブルーベリージャム、乾燥させたマンゴーなどの果物やピーナッツ、グラノーラ、更にはポテトチップスやピクルスといった時に突飛な、思い思いのシーズニングを施した。

 チェルシーの部屋でフローズンヨーグルトを食べていると、話題は次第に私の苦手な方向へと流れていった。そんな中、チェルシーの一番仲良しの友人のジェシカが尋ねた。

「リオは、クラスの中なら誰が一番タイプなの?」

 私はその時包み隠さず正直に、クラスの中だけでなく学校の中に好みの人はいないこと、私の好きな人はチャールズ・チャップリンただ一人であることを打ち明けた。
 
「だけど、チャップリンって死んでるよね?」

 苦笑いを浮かべたチェルシーが言った途端、ジル以外の2人が手を叩いて笑った。まるで私の発言や趣味が滑稽とでもいうかのようなその態度に頭にきた私は、チャップリンは好きな人というよりは憧れの人で、幼い頃から彼のDVDを観ることが楽しみだったこと、一度彼の映画を観た人は誰でもそのコミカルな動きと白黒の無声空間の中で繰り広げられるシュールなユーモア、独創的な世界観の虜になるであろうということ、彼の魅力はその作品だけではなく、平和を愛し、人を愛する博愛精神なのだということを熱弁した。そしてそのあとで、私はなおも冷笑を向けている3人の友人たちに向かって言い放った。

「大体にして、誰が好きだとかキスしたいとかそんな話なんて下らない。恋だの愛だのについて考えてる暇があったら、海賊船に乗って宝探しでもしてた方がいいわ」

 その途端部屋の空気がひんやりと、まるで一度も来たことのない場所であるかのように冷えていくのが分かった。チェルシーは眉間に皺を寄せて、新種の動物でも見るかのような目で私を見つめた。

「あんたって、おかしいよ」

 チェルシーは言った。

「おかしくないわ、何がおかしいっていうの?」

 興奮気味に尋ねる私に、それまで黙っていたケイトがまるでチェルシーの肩を持つかのように言った。

「普通はこの年になると、みんな好きな人の1人くらいいる。チャップリンが好きだなんて言ってるのは、あなたと近所の爺さん婆さんくらいのもんよ。あなたは変わってる、普通じゃないわ。少し自覚した方がいい」

 彼女は子どもながらの残酷さで、私がどれほど傷つくかなど考えずにそんなことを言ったのだろうことは今になると理解ができるが、この言葉を投げつけられた当時の私のショックは、理科室にある巨大な計量カップでも到底測りきれないであろうほどに大きかった。

「チャップリンは爺さん婆さんだけのスターじゃない、世界中の人のスターよ。私の両親だって、ブラームスさんの家にこの頃お嫁に来た奥さんだって好きだって言ってたわ。チャップリンをバカにする奴は、みんなステッキでぶん殴られろ!!」

 気づいた時には私はチェルシーの家を飛び出して、行き場もなく歩いていた。こんなに泣きたいほど情けない気持ちになったことは後にも先にも無かった。きっとこの辛さが大好きなチャップリンを馬鹿にされたという理由だけではなく、自分自身を否定されたようなやるせない気持ちや悔しさから来ていることは明白だった。何より一番信頼していた幼馴染のジルが私の味方をせず、ただ3人と私のやりとりを傍観していたことが悲しかった。ジルだけは、どんな時でも味方だと思っていたのに。

 次の日から私はクラスの中で無視される対象となった。女子の中のリーダー格で、男子の友達も多いチェルシーは、お泊まり会での私の言動や、その他諸々のあることないことを悪口とともに言いふらし、瞬く間に私を孤立させることに成功した。

 彼女らは私の容姿や性格や、無意識の癖といった細かい部分を揶揄うようなことを言ったり、廊下ですれ違い様に唾を吐かれたりもした。しまいには、わざわざ私を呼び出して、人種差別的なことを言う人間もいた。私のことを全く知らない人間たちですら攻撃側に回る、そんな状態に当初は大きく戸惑った。親友であったはずのジルは、例によって見て見ぬふりをした。だが私は彼女に何も求めてはいなかった。教師も友人も、私の味方ではないのだと分かっていたから。

 最初のうちはもちろん辛かったし、何度も学校を休もうと思った。だが、段々とその状況に慣れて一人でいることが当たり前になると、どうでも良いことに思えてきた。気が合わない人間たちに無視されて悪口を言われたところで、悲しくも寂しくもなんともない。そう思えるようになった。逆に、これまでみたく無理に友人たちに話を合わせ、愛想笑いをしなくて済むことが気楽でもあった。孤立している現状を嘆くよりも、今まで無駄な時間を過ごしていた昼休みに何をしようかということを考えることの方が重要だ。そう自分に言い聞かせ、普通の子供であれば不登校になってしまうような状況をやり過ごした。
 
 休み時間になると、私はパソコン室にこもってヘッドフォンを装着し、図書館から借りたコメディ映画やシェイクスピア等の古典演劇のDVDを見漁った。そのうちに私の関心は自然と演劇へと向いて行った。女優になりたい。そう思った私は、ロンドン一と言われる演劇部のある名門校を受験することに決め、半年後、見事に合格した。

 学校に在学している間は、クラスメイトとの熾烈な主役争いに加わることはなく、脇役ばかりを好んで演じていた。そして、学業の傍ら映画や舞台、ドラマのオーディションを端から受け続け、ことごとく落ちまくり、卒業直前に手にしたのが今の役だった。
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