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動画②
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「俺もさ、実は野球部でいじめられてたんだ」
外を歩きながらトウマが打ち明けたことに、一瞬言葉を失った。トウマが野球を辞めたことは半年前に電話で聞いていたけれど、詳しい事情を聞いていなかった。トウマはただ、『いやあ、練習がきつくなっちゃってさあ』と笑っていた。あんなに大好きだった野球を辞めるくらいだからよっぽどのことがあったんだろうなと思ったけれど、あえて聞かなかった。トウマが話したくないんだろうと思ったから。
「一度、隣町の高校との練習試合でさよならエラーしたんだ。簡単なフライだったんだけど、落としちゃってさ。そのあとチームメイトの何人かに道具隠されたり、変なあだ名で呼ばれたり、影で殴られたり蹴られたりもした」
「誰かに相談はできなかったの?」
「ダセー奴って思われるのが嫌で、誰にも言えなかった」
本当は話して欲しかった。何もできないかもしれないけれど、話を聞くくらいならできる。きっと聞いていたら、「部活辞めちゃえば? そんな奴らと無理に関わることなんてないよ」と言ったと思う。私に言えるのはせいぜいそのくらいなんだけど、一人で抱えるより幾らかは気分が楽になったかもしれない。
「あの動画観て、正直ざまーみろって思ったよ。だけど、結局そう思う俺も、ネットリンチしてる奴らと変わんねーんだよな。表に出さないだけで、心ではいい気味だとか思ったんだから」
「だけど、心で思うのと本人に言うのは違うわ」
言われた時の衝撃と抉られるような心の痛みをわかっているから、なおさらそう思う。
トウマの気持ちは理解できる。私も最初動画を観た時、チヒロに対して少しだけいい気味だと思ってしまった。あんなことをする人間は裁かれるべきだと当たり前のように思っていた。チヒロが何もなくのうのうと生きていたら、それはそれで不条理だと感じたに違いなかった。
それでも、こんな事態になったあとだとチヒロの気持ちを考えずにはいられなかった。彼が今まで通り生きていけるはずなんてない。ネットいじめの前と後で私の人生がガラッと変わってしまったのと同じだ。引きこもりになってからの私は、自分には価値がない、生きていたっていいことなどないのだから死んだほうがマシだと思っていた。
「部活辞めてからもしばらくは嫌がらせが続いてさ...。最近ようやく落ち着いたんだけど、未だに悪夢にうなされるんだ」
「私もそう。引きこもってた時、何度か死のうとしたの。手首を切ろうとしたり、首を吊ろうとしたり...。家族に遺書も書いた。だけど、死ぬ勇気がなかった。どうして私がこんな辛い思いをしてるのに、私を追い込んだ奴らがのうのうと生きてるんだろうって悔しくなったわ」
「分かるよ」
私が引きこもっていた時、よくトウマとミコトが家に来て、くだらない話をふっかけてくれた。それがなかったら、私は今生きていられたから分からない。
「トウマとミコトには感謝してるの。あなたたちがいなかったら、本当に死んでたかも」
「俺も同じようなもんだよ。お前が外国で一人頑張ってると思うと、俺も頑張れた」
トウマは以前と変わらない円な目を細めた。この少年のような笑顔もずっと変わらない。私もトウマもミコトも、ずっとこのままでいられたらいい。例えトウマがいじめのトラウマに苦しんでいて、私も過去を吹っ切りきれていなくて、ミコトは私への片思いに苦しんでいて、私もミコトも女の子が好きで、これから先も辛いことが起こるんだとしても。誰かを匿名でこき落として、傷つけることが当たり前の世の中だったとしてもーー。私たちはいつまでも三人で支え合って、こうして想いを打ち明けあっていけたらいいと思う。
外を歩きながらトウマが打ち明けたことに、一瞬言葉を失った。トウマが野球を辞めたことは半年前に電話で聞いていたけれど、詳しい事情を聞いていなかった。トウマはただ、『いやあ、練習がきつくなっちゃってさあ』と笑っていた。あんなに大好きだった野球を辞めるくらいだからよっぽどのことがあったんだろうなと思ったけれど、あえて聞かなかった。トウマが話したくないんだろうと思ったから。
「一度、隣町の高校との練習試合でさよならエラーしたんだ。簡単なフライだったんだけど、落としちゃってさ。そのあとチームメイトの何人かに道具隠されたり、変なあだ名で呼ばれたり、影で殴られたり蹴られたりもした」
「誰かに相談はできなかったの?」
「ダセー奴って思われるのが嫌で、誰にも言えなかった」
本当は話して欲しかった。何もできないかもしれないけれど、話を聞くくらいならできる。きっと聞いていたら、「部活辞めちゃえば? そんな奴らと無理に関わることなんてないよ」と言ったと思う。私に言えるのはせいぜいそのくらいなんだけど、一人で抱えるより幾らかは気分が楽になったかもしれない。
「あの動画観て、正直ざまーみろって思ったよ。だけど、結局そう思う俺も、ネットリンチしてる奴らと変わんねーんだよな。表に出さないだけで、心ではいい気味だとか思ったんだから」
「だけど、心で思うのと本人に言うのは違うわ」
言われた時の衝撃と抉られるような心の痛みをわかっているから、なおさらそう思う。
トウマの気持ちは理解できる。私も最初動画を観た時、チヒロに対して少しだけいい気味だと思ってしまった。あんなことをする人間は裁かれるべきだと当たり前のように思っていた。チヒロが何もなくのうのうと生きていたら、それはそれで不条理だと感じたに違いなかった。
それでも、こんな事態になったあとだとチヒロの気持ちを考えずにはいられなかった。彼が今まで通り生きていけるはずなんてない。ネットいじめの前と後で私の人生がガラッと変わってしまったのと同じだ。引きこもりになってからの私は、自分には価値がない、生きていたっていいことなどないのだから死んだほうがマシだと思っていた。
「部活辞めてからもしばらくは嫌がらせが続いてさ...。最近ようやく落ち着いたんだけど、未だに悪夢にうなされるんだ」
「私もそう。引きこもってた時、何度か死のうとしたの。手首を切ろうとしたり、首を吊ろうとしたり...。家族に遺書も書いた。だけど、死ぬ勇気がなかった。どうして私がこんな辛い思いをしてるのに、私を追い込んだ奴らがのうのうと生きてるんだろうって悔しくなったわ」
「分かるよ」
私が引きこもっていた時、よくトウマとミコトが家に来て、くだらない話をふっかけてくれた。それがなかったら、私は今生きていられたから分からない。
「トウマとミコトには感謝してるの。あなたたちがいなかったら、本当に死んでたかも」
「俺も同じようなもんだよ。お前が外国で一人頑張ってると思うと、俺も頑張れた」
トウマは以前と変わらない円な目を細めた。この少年のような笑顔もずっと変わらない。私もトウマもミコトも、ずっとこのままでいられたらいい。例えトウマがいじめのトラウマに苦しんでいて、私も過去を吹っ切りきれていなくて、ミコトは私への片思いに苦しんでいて、私もミコトも女の子が好きで、これから先も辛いことが起こるんだとしても。誰かを匿名でこき落として、傷つけることが当たり前の世の中だったとしてもーー。私たちはいつまでも三人で支え合って、こうして想いを打ち明けあっていけたらいいと思う。
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