Mr. ビーンも真っ青な

たらこ飴

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2025年5月15日②

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 クリスティを1人にすることに対して不安がないわけではなかった。しかし私が彼女にいつまでも構っていることが、いつかは物理的に離れなければいけないお互いにとって良いこととは思えない。

 外に出たときには雨は小降りになっていた。バス停まで走ろうと思ったとき、隣からそっと傘が差し出された。

「やっほう、オーロラ」

 立っていたのはエスメだった。

「ありがとう、エスメ」

 傘を差し出してくれたお礼を伝えるとエスメは「いいってことよ!」と笑顔で首を振り、「これからどこ行く予定? クリスティは一緒じゃないの?」と訊いた。

「クリスは昨日のゴタゴタの反省をさせてるの。私は1人で去年できたばかりの美術館に行こうと思ってたところだったの」

「本当? 私もなんだけど。良かったら一緒に行かない?」

「ええ、もちろん」

 一人で心細かった私は、思わぬ仲間の登場に浮き足立っていた。

 2人で歩いて3分ほどのところにあるバス停に向かって他愛もない話をしながら待っていると、すぐにバスが到着した。平日のため車内は空いていて、私たちは後ろから2番目の二人掛けの席に腰掛けた。今にも触れられそうな近い位置に彼女がいることが信じられなかった。

「メルボルンって、アートと自然が融合した素敵な場所だと思わない?」

 走り出したバスの窓外を見つめながら、エスメは言った。

「そうね、来てみて凄く好きになったわ。何でもっと早く来なかったのかしら」

「このタイミングで来たからこそ会えたんじゃない? 私とあなた」

 エスメの聡明さと人懐っこさの同居する瞳がじっと私を見つめた。彼女のこの言葉にも表情にも深い意味がないと分かっているのに、一瞬淡い期待を抱いてしまったのは何故だろう。

「あなたと会えたのは何らかの思し召しかもね」

「だったら面白いわね」
 
 エスメは笑顔を返した。

 冗談めかして言いながら心の片隅で、この出会いがどうか何らかの意味を持っていて欲しいと願っていた。神様が彼女と私との間にどんな形でも良いから、簡単に途切れてしまわないような繋がりを持たせて欲しいと。
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