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2025年5月14日④
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夕食後、クリスティはメルを連れてドライブに行ってしまった。メルの方もクリスティと2人きりの観光に抵抗はないようだったし、むしろ自分と全く違うタイプのクリスティに興味を持っている様子だった。おかしなことはしないと言っていたが稀代のプレイガールである彼女のことだ、何をするか分かったものではない。
私はエスメと一緒に私が泊まっているホテルの部屋に向かった。私の絵本の案が描かれたスケッチブックをエスメが見てみたいと言ったからだ。
ホテルの部屋のベッドの上で、エスメは私のスケッチブックを開くなり感動したみたいに声を上げた。
「すごい……これは本当にすごいよ! あなたは絶対に売れる、私が証明する」
「ありがとう。だけど教授にはいつもけちょんけちょんに貶されるの」
謙遜しながら、心の中では憧れの彼女に自分の作品案を褒められて満更でもなかった。
「ストーリーもすごく面白いしメッセージ性もあって、読んだ後にジーンとくるっていうか……子ども大人問わず今の世の中に受け入れられると思う。才能あるなあ」
エスメは散々褒めちぎってスケッチブックを閉じた。
「正直相方があなたでよかった、クリスティって何か苦手なのよ」
4人でレストランにいたとき苦手そうな素振りは全く見せなかったので、彼女の台詞に少し驚いた。お洒落で社交的で、見るからにクラスのヒエラルキートップに属していそうなクリスティを第一印象で苦手と感じる人は確かに多いが、実際はそうでもない。私もなのだが、交友関係は広くても私のような心を開いた相手としか深く関わらないために、本当の友達はごく少数なのだ。
「クリスは悪い子じゃないんだけど、遊び人だから……メルのことが心配だわ」
一方のエスメはさほど友人のことを案じる様子もない。
「メルなら大丈夫よ、高校時代にクラス委員やってたくらいのしっかりした子だから」
「クラス委員……」
クリスティは昔から優等生タイプとは相性が悪い。胸の不快なざわめきが先ほどよりも強くなる。
私の不安をよそにエスメはロンドンの大学の話や最近新しい映画への出演が決まったこと、飼っている猫のことなどをユーモアを交えて話した。
初めて会ったときも感じたが、彼女には女性特有の陰湿さや嫌味な部分が全く感じられず、テレビで見るイメージ通りの爽やかで聡明な少女といった印象だ。
9月からロンドンに引っ越す話をすると彼女は喜んだ。
「あなたにとって凄くいい転機になると思う。ロンドンでまた遊べるね!」
エスメは有名人なのに偉ぶったところが全くなく、一般人の私にも仲の良い友達のように接してくれる。
相手が女の子という事実は伏せてロンドンで初デートをした話をすると、エスメは目を輝かせた。
「高校生とデートで映画を見に行くとか超胸キュン展開じゃない? いいな~、憧れる」
「凄く良い子だったわ。しっかりしてて親切で……まるで私の方が子どもみたい」
「付き合わないの?」
「まだそういう対象には見れなくて……」
「なんだ、つまんな~い。年下は対象にならないとか?」
「ううん、年は関係ないと思ってるから」
「私は年齢も性別も肌の色も国籍も、何もかも記号のように無意味なものでしかないって思ってる」
これまで私が漠然と感じていたことを上手く言語化したような台詞に、私は強い共感を覚えた。
「まさにそれ! あなたは今私の心にあった考えを具現化した」
「テレパシーってやつかもね」
エスメは悪戯っぽく笑った。彼女の表情や話す言葉から滲み出るそこはかとなく知的さと意志の強さに、私は惹かれていた。彼女は多くの物事に対して偏見がなく寛容だった。私が2人の母のことや自分の出自に関して打ち明けたときも想像以上にあっさりと受け入れてくれ、彼女自身のこれまでの境遇についても打ちあけた。
「あなたの家族凄く憧れるな。色んなものを乗り越えてきた絆っていうのかな? そういう特別な繋がりがある気がして……。私のママは私を産んですぐ死んじゃって、その1年後にパパも事故で亡くなって……。それからは里親の元を転々としてたの。そのあと私を引き取ってくれたのが2人の男の人で……つまり2人は男性同士の夫夫だったわけだけど。他の里親たちと違って2人のパパは私のことを凄く大切に育ててくれたから、今でも感謝してるんだ」
明るい雰囲気からは想像もつかない苦労があったのだろう。会ってまもないにも関わらず境遇もどことなく自分と似ている彼女に、私はすでに強いシンパシーと親近感を覚えていた。同時に私にはない性質と魅力を宿している彼女に強く惹かれていた。
もし私があとから起こる驚くべき試練についてこのとき知っていたとしても、この気持ちには抗えなかっただろう。
私はエスメと一緒に私が泊まっているホテルの部屋に向かった。私の絵本の案が描かれたスケッチブックをエスメが見てみたいと言ったからだ。
ホテルの部屋のベッドの上で、エスメは私のスケッチブックを開くなり感動したみたいに声を上げた。
「すごい……これは本当にすごいよ! あなたは絶対に売れる、私が証明する」
「ありがとう。だけど教授にはいつもけちょんけちょんに貶されるの」
謙遜しながら、心の中では憧れの彼女に自分の作品案を褒められて満更でもなかった。
「ストーリーもすごく面白いしメッセージ性もあって、読んだ後にジーンとくるっていうか……子ども大人問わず今の世の中に受け入れられると思う。才能あるなあ」
エスメは散々褒めちぎってスケッチブックを閉じた。
「正直相方があなたでよかった、クリスティって何か苦手なのよ」
4人でレストランにいたとき苦手そうな素振りは全く見せなかったので、彼女の台詞に少し驚いた。お洒落で社交的で、見るからにクラスのヒエラルキートップに属していそうなクリスティを第一印象で苦手と感じる人は確かに多いが、実際はそうでもない。私もなのだが、交友関係は広くても私のような心を開いた相手としか深く関わらないために、本当の友達はごく少数なのだ。
「クリスは悪い子じゃないんだけど、遊び人だから……メルのことが心配だわ」
一方のエスメはさほど友人のことを案じる様子もない。
「メルなら大丈夫よ、高校時代にクラス委員やってたくらいのしっかりした子だから」
「クラス委員……」
クリスティは昔から優等生タイプとは相性が悪い。胸の不快なざわめきが先ほどよりも強くなる。
私の不安をよそにエスメはロンドンの大学の話や最近新しい映画への出演が決まったこと、飼っている猫のことなどをユーモアを交えて話した。
初めて会ったときも感じたが、彼女には女性特有の陰湿さや嫌味な部分が全く感じられず、テレビで見るイメージ通りの爽やかで聡明な少女といった印象だ。
9月からロンドンに引っ越す話をすると彼女は喜んだ。
「あなたにとって凄くいい転機になると思う。ロンドンでまた遊べるね!」
エスメは有名人なのに偉ぶったところが全くなく、一般人の私にも仲の良い友達のように接してくれる。
相手が女の子という事実は伏せてロンドンで初デートをした話をすると、エスメは目を輝かせた。
「高校生とデートで映画を見に行くとか超胸キュン展開じゃない? いいな~、憧れる」
「凄く良い子だったわ。しっかりしてて親切で……まるで私の方が子どもみたい」
「付き合わないの?」
「まだそういう対象には見れなくて……」
「なんだ、つまんな~い。年下は対象にならないとか?」
「ううん、年は関係ないと思ってるから」
「私は年齢も性別も肌の色も国籍も、何もかも記号のように無意味なものでしかないって思ってる」
これまで私が漠然と感じていたことを上手く言語化したような台詞に、私は強い共感を覚えた。
「まさにそれ! あなたは今私の心にあった考えを具現化した」
「テレパシーってやつかもね」
エスメは悪戯っぽく笑った。彼女の表情や話す言葉から滲み出るそこはかとなく知的さと意志の強さに、私は惹かれていた。彼女は多くの物事に対して偏見がなく寛容だった。私が2人の母のことや自分の出自に関して打ち明けたときも想像以上にあっさりと受け入れてくれ、彼女自身のこれまでの境遇についても打ちあけた。
「あなたの家族凄く憧れるな。色んなものを乗り越えてきた絆っていうのかな? そういう特別な繋がりがある気がして……。私のママは私を産んですぐ死んじゃって、その1年後にパパも事故で亡くなって……。それからは里親の元を転々としてたの。そのあと私を引き取ってくれたのが2人の男の人で……つまり2人は男性同士の夫夫だったわけだけど。他の里親たちと違って2人のパパは私のことを凄く大切に育ててくれたから、今でも感謝してるんだ」
明るい雰囲気からは想像もつかない苦労があったのだろう。会ってまもないにも関わらず境遇もどことなく自分と似ている彼女に、私はすでに強いシンパシーと親近感を覚えていた。同時に私にはない性質と魅力を宿している彼女に強く惹かれていた。
もし私があとから起こる驚くべき試練についてこのとき知っていたとしても、この気持ちには抗えなかっただろう。
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