Mr. ビーンも真っ青な

たらこ飴

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4. 2025年3月18日

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 それから4日後、私は家まで車で迎えにきたローレルとともに、オックスフォード・ストリートにある映画観に向かった。昨夜緊張している私に向かってスノウはこう声をかけてくれた。



『大丈夫、ローレルはしっかりしてるから』

 

 高校生の運転に少しの不安を覚えていた私だったが、助手席に乗ってみて杞憂だったと分かった。ローレルの運転は免許取り立てにしては全く危なっかしいところがなく、注意深い安全運転で車が進んでゆく。彼女は私に学校のことや、3歳の時からやっているピアノのことについて話した。

 彼女の喋り方には迷いや澱みがなく、割合に好き嫌いのはっきりとした性格であることが見てとれた。

「この間パリで開かれたコンクールでは3位だったの。ノーミスで完璧にできた分、もう悔しくて悔しくて……その日の夜は眠れなかったわ」
 
 赤信号で一時停止した車の中でローレルは言った。

「3位でも凄いわ」と褒めるとローレルは大きく首を振った。

「凄くなんてない、普通よ。3位じゃ大した実績にはならないし、良い大学に推薦してもらうためには優勝しないと。私の目標は1番だけなの」

「ストイックなのね」

「よく言われるけど、そうじゃなきゃこの世界でやっていけないもの」

 ローレルの目は、前方の信号機を真っ直ぐに見つめている。

 何か一つの芸術を極めるということは、並大抵の努力では成し遂げられないのだろう。そう考えると私の絵本作家になりたいという夢も、生半可な気持ちでは叶えられない果てしないものに思えてくる。私はこの年で既に覚悟と信念を持って自らの夢に向かって突き進むローレルに、尊敬にも似た気持ちを抱いていた。それと同時に、自分のこれまでしてきた努力が取るに足らないものに思えて仕方なかった。

「あなたは偉いわ、ちゃんと自分の目標に向かって着実に努力を積み重ねてる。あなたがトノサマガエルなら、私なんてミジンコの糞みたいなもの」

 完全に自信を無くした私のネガティヴ全開の台詞に、ローレルは小さく吹き出した。

「その例えは酷すぎるわ。あなたはきっと自信がないのよ、自分の才能を信じればもっと道は拓けるはず」

 2歳年下の少女に励まされる私って一体……。心の中で自己突っ込みを入れながら、前向きな気持ちになってもいた。これまでの私はちょっとしたことで落ち込んで、他人と自分とを比較して自信を失くす癖があった。そのせいで作品作りが滞って提出の締切に間に合わず、大学の教授に雷を落とされることもしばしばだった。それでも単位を落とさなかったのが奇跡だ。

「あなたは私よりもずっと大人だわ」

 呟いた直後信号が青に変わり、他の車の波に合わせてゆっくりと窓の外の景色が動き出す。

「あなたの前だからって大人ぶってるのもあるのよ」

 ローレルはわずかに頬を桃色に染めてハンドルを切り、信号前の十字路を右折した。
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