189 / 193
第3章〜新たな出発〜
ラストショー②
しおりを挟む
「気づいてたぞ」
沈黙に耐えかねていたらミラーが真っ先に口を開いた。
「……マジ?」
「ああ、だってお前普通に女物の下着ベッドに置きっぱなしにしてるし。同室なら気づくよ」
心なしかミラーは気まずそうに鼻を擦った。
「皆気づいてた、でもわざわざ触れることでもないしと思ってたんだ。身体が女でも心が男だっていう人間もいるしその逆もいる。そうじゃなくても異性の姿をするのが好きな奴もいる」
ルーファスが言った。皆もうんうんと頷いた。
「あなたはあなただしね」とジュリエッタが微笑み、「女の子のあなたも好き」とルチアが顔を赤らめる。
ジュリエッタは「そうだ!」と思い出したように言い、控え室の隅の揺り籠から白い布に包まれた赤子を抱き上げ持ってきた。すやすやと眠る、少しだけ顔が人間の様相を呈してきたその赤子を見たとき、言葉に詰まり涙が溢れた。
そっと赤子を胸に抱く。不可思議な愛のような温かい感情が湧き上がってくる。イスラエルで感じた、この子をどうしても守らなければという強い決意にも似た感情を思い出した。
「女の子よ、名前はまだ決めてない。あなたがあとで付けられるようにね。あなたの子だから」
ジュリエッタが言った。母のように優しい目が涙で潤んでいた。その眼差しだけで、彼女がこの子をいっぱい愛してくれてきたことが伝わってきた。
「毎日毎日夜泣きが凄くて大変だったよ」とジェロニモが頭を掻いた。
「でも今んとこ病気もしてねーし、健康なんじゃね?」とミラーがぶっきらぼうに言う。
「いいうんこをしてるしな」とトム。
彼らが戸惑いながらも必死に育児に協力してくれていたことが目に浮かび、笑顔が溢れた。
「今まで彼女を守ってくれてありがとう、本当に……」
珠のような赤子の顔を見つめる。彼女はまだ眠り続けている。起こしては悪いな、と揺籠に戻した。
ホクは来ないのかな。
失望していたらドスドスと音が聞こえてきた。控え室を飛び出すと通路に腰蓑姿のホクが立っていた。皆も飛び出してきてホクにハグをした。
「ホク、来てくれたんだ!」
ホクは頷いた。
「キタ。デバンハ、マダ?」
辿々しい英語で喋るホクの声に今世紀最大にびっくりした。
「お前喋れたのか」とルーファスが真顔で言った。皆も私の衝撃の告白よりホクが喋れたことに遥かに驚いているようだった。
「英語、ウマカ、ナクテ」
「上手くだろ」とミラーが突っ込み皆が笑った。ホクが喋らなかったのは、英語に自信がなかっただけなのだ。
「そうだ!」
今度はジェロニモが隣の男性用控え室に戻り私のリュックとオレンジの鞄を持ってきた。
何でこれがここに?
尋ねる間もなくジェロニモが説明を始めた。
「これ、昨日差出人不明でロンドンの郵便局に届いたんだ。お前のだろ? お金と道具が入ってる」
これを送ってくるとしたらミハイルしか考えられない。私がこのサーカスに入っていたことは言っていなかったはずだが、どこで知ったのだろう?
「出るんだろ?」とルーファスが訊いた。私は迷わず頷いた。
「うん、だけど少し打ち合わせが要るかもしれない」
「大丈夫だ、まだ時間はある。ファイヤーショーを間に挟んでクラウンショーを最後に回せばな」
控え室で音響や映像機器を扱うスタッフ数人と打ち合わせを行った。赤鼻以外のメイクはしないつもりだった。
太鼓の音色が心地よく響く。ホクのショーが始まったのだ。打ち合わせが早足で終わると私は準備を済ませエントランスに駆けつけて、リングの上で炎の銛を振るい舞うホクの勇姿を見つめた。彼の演技は以前より衰えるどころか力強さが加わり、観ている者の興奮を煽るに足るものだった。
沈黙に耐えかねていたらミラーが真っ先に口を開いた。
「……マジ?」
「ああ、だってお前普通に女物の下着ベッドに置きっぱなしにしてるし。同室なら気づくよ」
心なしかミラーは気まずそうに鼻を擦った。
「皆気づいてた、でもわざわざ触れることでもないしと思ってたんだ。身体が女でも心が男だっていう人間もいるしその逆もいる。そうじゃなくても異性の姿をするのが好きな奴もいる」
ルーファスが言った。皆もうんうんと頷いた。
「あなたはあなただしね」とジュリエッタが微笑み、「女の子のあなたも好き」とルチアが顔を赤らめる。
ジュリエッタは「そうだ!」と思い出したように言い、控え室の隅の揺り籠から白い布に包まれた赤子を抱き上げ持ってきた。すやすやと眠る、少しだけ顔が人間の様相を呈してきたその赤子を見たとき、言葉に詰まり涙が溢れた。
そっと赤子を胸に抱く。不可思議な愛のような温かい感情が湧き上がってくる。イスラエルで感じた、この子をどうしても守らなければという強い決意にも似た感情を思い出した。
「女の子よ、名前はまだ決めてない。あなたがあとで付けられるようにね。あなたの子だから」
ジュリエッタが言った。母のように優しい目が涙で潤んでいた。その眼差しだけで、彼女がこの子をいっぱい愛してくれてきたことが伝わってきた。
「毎日毎日夜泣きが凄くて大変だったよ」とジェロニモが頭を掻いた。
「でも今んとこ病気もしてねーし、健康なんじゃね?」とミラーがぶっきらぼうに言う。
「いいうんこをしてるしな」とトム。
彼らが戸惑いながらも必死に育児に協力してくれていたことが目に浮かび、笑顔が溢れた。
「今まで彼女を守ってくれてありがとう、本当に……」
珠のような赤子の顔を見つめる。彼女はまだ眠り続けている。起こしては悪いな、と揺籠に戻した。
ホクは来ないのかな。
失望していたらドスドスと音が聞こえてきた。控え室を飛び出すと通路に腰蓑姿のホクが立っていた。皆も飛び出してきてホクにハグをした。
「ホク、来てくれたんだ!」
ホクは頷いた。
「キタ。デバンハ、マダ?」
辿々しい英語で喋るホクの声に今世紀最大にびっくりした。
「お前喋れたのか」とルーファスが真顔で言った。皆も私の衝撃の告白よりホクが喋れたことに遥かに驚いているようだった。
「英語、ウマカ、ナクテ」
「上手くだろ」とミラーが突っ込み皆が笑った。ホクが喋らなかったのは、英語に自信がなかっただけなのだ。
「そうだ!」
今度はジェロニモが隣の男性用控え室に戻り私のリュックとオレンジの鞄を持ってきた。
何でこれがここに?
尋ねる間もなくジェロニモが説明を始めた。
「これ、昨日差出人不明でロンドンの郵便局に届いたんだ。お前のだろ? お金と道具が入ってる」
これを送ってくるとしたらミハイルしか考えられない。私がこのサーカスに入っていたことは言っていなかったはずだが、どこで知ったのだろう?
「出るんだろ?」とルーファスが訊いた。私は迷わず頷いた。
「うん、だけど少し打ち合わせが要るかもしれない」
「大丈夫だ、まだ時間はある。ファイヤーショーを間に挟んでクラウンショーを最後に回せばな」
控え室で音響や映像機器を扱うスタッフ数人と打ち合わせを行った。赤鼻以外のメイクはしないつもりだった。
太鼓の音色が心地よく響く。ホクのショーが始まったのだ。打ち合わせが早足で終わると私は準備を済ませエントランスに駆けつけて、リングの上で炎の銛を振るい舞うホクの勇姿を見つめた。彼の演技は以前より衰えるどころか力強さが加わり、観ている者の興奮を煽るに足るものだった。
10
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)
チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。
主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。
ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。
しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。
その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。
「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」
これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
日本酒バー「はなやぎ」のおみちびき
山いい奈
ライト文芸
★お知らせ
いつもありがとうございます。
当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。
ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。
小柳世都が切り盛りする大阪の日本酒バー「はなやぎ」。
世都はときおり、サービスでタロットカードでお客さまを占い、悩みを聞いたり、ほんの少し背中を押したりする。
恋愛体質のお客さま、未来の姑と巧く行かないお客さま、辞令が出て転職を悩むお客さま、などなど。
店員の坂道龍平、そしてご常連の高階さんに見守られ、世都は今日も奮闘する。
世都と龍平の関係は。
高階さんの思惑は。
そして家族とは。
優しく、暖かく、そして少し切ない物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる