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第3章〜新たな出発〜
第58話 再会
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最初に目に飛び込んできたのは染みだらけの木の天井だった。硬いマットレスから上体を起こすと、すぐ横の壁に嵌め込まれた丸窓から錆びついた手すりの向こうに広がる海が見えた。
大きなエンジン音と波を弾くパシャパシャという音が聴こえる。金属が擦れて回るみたいなキュルキュルという音、鴎が鳴く声も。
身体が熱い。酷い頭痛もする。熱があるのかもしれない。額を冷たい汗が滑り落ちる感覚が何故か懐かしくて少し怖い。
左腕には点滴の管が刺されている。
外から男性たちの大きな声に混じって女性の甲高いが聴こえてくる。
間もなく1人女性が部屋に入ってきた。
「ああ、目が覚めたのね!」
青いカッパに身を包んだショートヘアーのその女性は、安堵したように微笑んで窓から顔を出し「目が覚めたわ!」とデッキの仲間たちに声をかけた。
間もなくドスドスと重い足音がして船が揺れた。慌てた様子で入ってきた大柄の男性を見て私は歓声を上げた。
「ホク!!」
感激の余り立ち上がって抱きつこうとしたが、脚に力が入らずにへたり込んだ。自分の脚力の衰えに愕然した直後、声が出るようになっていることに気づいた。
「私……喋れてる。喋れてるわ、やったぁ!!」
ふらふらの脚で駆け回り、ホクに抱きつき知らないショートヘアの女性にも抱きついた。後からやってきた船長っぽい中年のおじさんにも抱きついて、また脚がもつれておじさんと一緒に転んだ。
「何だなんだ」と船長らしき人は困っていた。
やがて白衣を着た30代くらいの男性がやってきた。
「意識が戻ったんですね、よかった」
船医らしき男性は微笑んだ。
「ホクがあなたを助けたのよ、たまたま望遠鏡を覗いていたら、遠くの崖から落ちて溺れたあなたを見つけて……。船で近くまで行って、ホクが飛び込んで助けたの。ついでにCDもね」
ショートヘアの女性が言った。
ホクが床に置かれた麻袋からCDを取り出して私に差し出した。
「ありがとう……ホク。本当にありがとう」
何度目か分からない涙が溢れた。CDが無事でよかった。ホクも無事で、私の命も無事で。そして、声が戻ってきてよかった。喋れない期間が長すぎて自分の声を忘れかけていた。話すという感覚すらも。ずっとこのままだったらどうしようという不安が余計に精神的負担になっていたのかもしれない。何であの不思議な夢のあと声が戻ってきたのかは分からない。でも、分からないままでもいい。私は生きている。これでオーロラにCDを渡せる。自分の口から想いを伝えられる。その事実だけで胸がいっぱいになるくらい幸せだった。
ふいに船のデッキで水を吐いたときの記憶を朧げに思い出した。その後また気を失ったらしい。
「2週間眠り続けてました。ずっと高熱にうなされていて……。もう目覚めないかと」
船医が言った。
ショートヘアの女性が持ってきてくれたスープを吐いてしまい、ホクの服にかけてしまった。ごめんと謝ったあとホクが服を着ていることが何だかすごく可笑しくて、大きな声で笑ってしまった。ホクはキョトンとしていた。
「そんなに笑えるならもう大丈夫ね」と女性が言った。
船室に女性と2人きりになったとき、彼女は私に尋ねた。
「あなた、眠りながらずっと涙を流してたわ。何か懐かしい夢でも見ていたの? それとも悲しい夢?」
「どちらも」
私の答えに女性はそっと微笑んで頷いた。
「あの……ここってどこ?」
「マリアナ海溝よ」
「マジ?!」
「ふふ、嘘よ。ここは北太平洋で、エビ漁が終わったらイギリスに帰るの」
マリアナ海溝じゃなくてよかった。私はほっと胸を撫で下ろした。
「ホクはどうしてここに? 漁師になったの?」
「ベーリング海の方に漁に出たときに、ロシアに立ち寄ったの。そしたら港を上半身裸でウロついてる大男がいて『死ぬわよ』って声をかけて船の中に入れたの。試しに働かせてみたらなかなかの力持ちでよく動いてくれて、それから仲間になったの」
何でロシアにいたのか分からないが、上半身裸でウロついて無事なのはホクくらいだろう。
「あなたたちは知り合いなの?」
「うん、前にサーカスで一緒に頑張ってた仲間なんだ」
「そうなの。彼、全然喋んないから知らなかったわ」
「無口だけど心は優しいから」
「そうね、確かに」
ふとホクが私を助けたということは、身体に触れて私が女だと気づいたかもしれないという可能性に気付いた。どのみち今の私は髪が長いから、パッと見て女性だと分かるが。
「ホク、私が女だって知ってビックリしてなかった? 私サーカスでは男みたいに振る舞ってたから……」
「別に驚いてなかったけど」
「そっか」
ホクには最初から私が女性だということはバレていたのかもしれない。
「ねぇ、何か手伝えることはない?」
「病み上がりなんだから大人しく休んでいることよ。そんなフラフラの身体で漁なんかしたら、また海に落ちちゃうわ」
女性の言う通り大人しくしていた方がよさそうだ。
大きなエンジン音と波を弾くパシャパシャという音が聴こえる。金属が擦れて回るみたいなキュルキュルという音、鴎が鳴く声も。
身体が熱い。酷い頭痛もする。熱があるのかもしれない。額を冷たい汗が滑り落ちる感覚が何故か懐かしくて少し怖い。
左腕には点滴の管が刺されている。
外から男性たちの大きな声に混じって女性の甲高いが聴こえてくる。
間もなく1人女性が部屋に入ってきた。
「ああ、目が覚めたのね!」
青いカッパに身を包んだショートヘアーのその女性は、安堵したように微笑んで窓から顔を出し「目が覚めたわ!」とデッキの仲間たちに声をかけた。
間もなくドスドスと重い足音がして船が揺れた。慌てた様子で入ってきた大柄の男性を見て私は歓声を上げた。
「ホク!!」
感激の余り立ち上がって抱きつこうとしたが、脚に力が入らずにへたり込んだ。自分の脚力の衰えに愕然した直後、声が出るようになっていることに気づいた。
「私……喋れてる。喋れてるわ、やったぁ!!」
ふらふらの脚で駆け回り、ホクに抱きつき知らないショートヘアの女性にも抱きついた。後からやってきた船長っぽい中年のおじさんにも抱きついて、また脚がもつれておじさんと一緒に転んだ。
「何だなんだ」と船長らしき人は困っていた。
やがて白衣を着た30代くらいの男性がやってきた。
「意識が戻ったんですね、よかった」
船医らしき男性は微笑んだ。
「ホクがあなたを助けたのよ、たまたま望遠鏡を覗いていたら、遠くの崖から落ちて溺れたあなたを見つけて……。船で近くまで行って、ホクが飛び込んで助けたの。ついでにCDもね」
ショートヘアの女性が言った。
ホクが床に置かれた麻袋からCDを取り出して私に差し出した。
「ありがとう……ホク。本当にありがとう」
何度目か分からない涙が溢れた。CDが無事でよかった。ホクも無事で、私の命も無事で。そして、声が戻ってきてよかった。喋れない期間が長すぎて自分の声を忘れかけていた。話すという感覚すらも。ずっとこのままだったらどうしようという不安が余計に精神的負担になっていたのかもしれない。何であの不思議な夢のあと声が戻ってきたのかは分からない。でも、分からないままでもいい。私は生きている。これでオーロラにCDを渡せる。自分の口から想いを伝えられる。その事実だけで胸がいっぱいになるくらい幸せだった。
ふいに船のデッキで水を吐いたときの記憶を朧げに思い出した。その後また気を失ったらしい。
「2週間眠り続けてました。ずっと高熱にうなされていて……。もう目覚めないかと」
船医が言った。
ショートヘアの女性が持ってきてくれたスープを吐いてしまい、ホクの服にかけてしまった。ごめんと謝ったあとホクが服を着ていることが何だかすごく可笑しくて、大きな声で笑ってしまった。ホクはキョトンとしていた。
「そんなに笑えるならもう大丈夫ね」と女性が言った。
船室に女性と2人きりになったとき、彼女は私に尋ねた。
「あなた、眠りながらずっと涙を流してたわ。何か懐かしい夢でも見ていたの? それとも悲しい夢?」
「どちらも」
私の答えに女性はそっと微笑んで頷いた。
「あの……ここってどこ?」
「マリアナ海溝よ」
「マジ?!」
「ふふ、嘘よ。ここは北太平洋で、エビ漁が終わったらイギリスに帰るの」
マリアナ海溝じゃなくてよかった。私はほっと胸を撫で下ろした。
「ホクはどうしてここに? 漁師になったの?」
「ベーリング海の方に漁に出たときに、ロシアに立ち寄ったの。そしたら港を上半身裸でウロついてる大男がいて『死ぬわよ』って声をかけて船の中に入れたの。試しに働かせてみたらなかなかの力持ちでよく動いてくれて、それから仲間になったの」
何でロシアにいたのか分からないが、上半身裸でウロついて無事なのはホクくらいだろう。
「あなたたちは知り合いなの?」
「うん、前にサーカスで一緒に頑張ってた仲間なんだ」
「そうなの。彼、全然喋んないから知らなかったわ」
「無口だけど心は優しいから」
「そうね、確かに」
ふとホクが私を助けたということは、身体に触れて私が女だと気づいたかもしれないという可能性に気付いた。どのみち今の私は髪が長いから、パッと見て女性だと分かるが。
「ホク、私が女だって知ってビックリしてなかった? 私サーカスでは男みたいに振る舞ってたから……」
「別に驚いてなかったけど」
「そっか」
ホクには最初から私が女性だということはバレていたのかもしれない。
「ねぇ、何か手伝えることはない?」
「病み上がりなんだから大人しく休んでいることよ。そんなフラフラの身体で漁なんかしたら、また海に落ちちゃうわ」
女性の言う通り大人しくしていた方がよさそうだ。
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