174 / 193
第3章〜新たな出発〜
ヨーロッパ⑤
しおりを挟む 駅前広場、公園、空港の前、大きな演芸場の前で夜遅くまで大道芸を披露した。立ち止まって観てくれる人は決して多くはなかったが、決して上手くない芸に感動しお金をくれる心の温かい人がたくさんいることにじんわりと胸が熱くなった。
ブダペストには10日ほど滞在した。大道芸を披露するとき以外は図書館で遅くまで過ごし、24時間営業のファミレスやコンビニの飲食スペースでスキットの脚本を書いたり本を読んだり、うたた寝したりして夜を明かした。少ない料金で使用できる公営のジムで筋トレをしたりシャワーを浴びたりもした。2月の前半の寒気とスクールバスでした恐ろしい経験を思うと、野宿する勇気はとてもなかった。
十分なお金が貯まったら寝台列車に乗りウィーンへ向かった。亀のような移動ペースではあるが、地球の裏側にいたオーロラに着実に近づいている。同時に憎き標的にも。
寝台の上に仰向けになり白い天井を見ていたら、サーカス列車の自室の2段ベッドにいるみたいな錯覚をおぼえた。列車がガタンゴトンと揺れるのも車輪が線路を擦る音も、全てが懐かしかった。
ルーファスやシンディやトム、ジュリエッタやジャン、アルフレッドの顔が浮かんできた。猿のコリンズやゾウのトリュフ、2頭の馬とツキノワグマのニックのことも。結局最後までレオポルドとは打ち解けられないままだった。
仲間たちと沢山の国を巡り生活を共にし、 ショーを成功させ助け合った日々のことを、こんなに懐かしく切なく思い出すなんて。あの場所は確かに私の家で、学校で、かけがえのない居場所だった。慌ただしくて苦しいことも沢山あったけれど、毎日が充実していて寂しいと感じる暇もなかった。生きてるって感じがした。
帰る場所がすぐそばにないことが、おかえりと迎えてくれる仲間がいないことがすごく寂しくて心細い。
でも列車から逃げ出した私に彼らと一緒にショーを作る資格はない。例え戻ったとして、自分勝手なことをした私を皆に受け入れて貰えないかもそれない。そんな懸念があの場所に戻ることを阻んでいた。
あの赤子のことは常に頭にあった。サーカス列車にいる皆なら、戸惑いつつも世話をしてくれるだろうと思った。その判断はきっと間違いではなかったはずだ。彼らは今頃おしめを変えられミルクを飲まされすやすや眠る赤子の顔を眺めているかもしれない。それとも、激しい夜泣きに悩まされているだろうか。
気がかりなことはいくつもあるけれど、私が次に対峙すべき問題は1つだ。
音楽の都ウィーンでは人通りの少ない路地を使った即興のパフォーマンスをすることにした。手書きのチラシを作ってコンビニでコピーし、あちこちの店や公共施設に頼んで貼ってもらった。どこでも快く受け取って貰えるのが嬉しかった。
3日後の路上パフォーマンスの日、開始時刻に集まった人の数は30人ほどだった。
路地でのパフォーマンスの目標は「とにかくのびのび自由にやる!」だった。
まず手始めにゆっくりと走ってきた知らないおじさんの車の助手席に乗り込んだ。おじさんは笑っていた。
通りがかりのおじいさんと踊ったり、猫と駆けっこをしたり、サッカーボールを持った中学生くらいの女の子と対戦してあっさりボールを奪われたり、最近練習していた下手くそなムーンウォークを披露したり。
風で転がるビニール袋を追いかけて、まるで猫にするみたいに舌を鳴らしておいでと手招きして見せたり、老婦人が紙袋に溢れるほど入れて持って歩いているグレープフルーツをいくつか拝借してジャグリングをしてみせたりする。
道路の真ん中で死んだふりをしたあと、クラウチングスタートでダッシュして大きなトラックの荷台に乗り込み、走り去るトラックの荷台から、路肩の見物人たちに向かって手を伸ばして叫ぶふりをする。見物人たちは大爆笑していた。
そのうち見物人は100人ほどに増えた。ボールとクラブを使ったジャグリングを披露し、その場で考えついた寸劇を披露した。
男に鞭で打たれる。何度も打たれ、倒れる。ここまでは以前披露したマイムと似ている。今度は相手にビンタをされている体で、臍のあたりで両手を連続で叩いて顔を左右に逸らす。ビンタのリズムは速くなり、だんだんQUEENの" We Will Rock You " の前奏のリズムになってくる。私がビンタのことなど忘れたようにあのダン、ダン、パン! のリズムの足拍子と手拍子を始めると見物人たちも乗ってきて、足拍子と手拍子を合わせた大合奏になりパフォーマンスは幕を閉じた。
調子に乗って翌日と翌々日にも日に2回ずつ路上パフォーマンスを行った。口コミが広まったのか最終日には1000人ほどの人が集まって580ユーロものお金を稼いだ私は、夕方に格安航空券を買って空路でフランスのカレーへ向かった。ちなみに食べ物ではなくて都市の名前だ。機内食を貪りながら映画を観ているうちに2時間くらいで着いた。
カプセルホテルの狭い部屋でジャグリングとマイムの練習に励み、オーロラの新作絵本を何度も読んでは泣いた。絵本を開くたびにオーロラがすぐ近くで私に語りかけてくれている気がした。そうして絵本を読んで泣くほどに、自分自身に戻っていくような気がした。
ブダペストには10日ほど滞在した。大道芸を披露するとき以外は図書館で遅くまで過ごし、24時間営業のファミレスやコンビニの飲食スペースでスキットの脚本を書いたり本を読んだり、うたた寝したりして夜を明かした。少ない料金で使用できる公営のジムで筋トレをしたりシャワーを浴びたりもした。2月の前半の寒気とスクールバスでした恐ろしい経験を思うと、野宿する勇気はとてもなかった。
十分なお金が貯まったら寝台列車に乗りウィーンへ向かった。亀のような移動ペースではあるが、地球の裏側にいたオーロラに着実に近づいている。同時に憎き標的にも。
寝台の上に仰向けになり白い天井を見ていたら、サーカス列車の自室の2段ベッドにいるみたいな錯覚をおぼえた。列車がガタンゴトンと揺れるのも車輪が線路を擦る音も、全てが懐かしかった。
ルーファスやシンディやトム、ジュリエッタやジャン、アルフレッドの顔が浮かんできた。猿のコリンズやゾウのトリュフ、2頭の馬とツキノワグマのニックのことも。結局最後までレオポルドとは打ち解けられないままだった。
仲間たちと沢山の国を巡り生活を共にし、 ショーを成功させ助け合った日々のことを、こんなに懐かしく切なく思い出すなんて。あの場所は確かに私の家で、学校で、かけがえのない居場所だった。慌ただしくて苦しいことも沢山あったけれど、毎日が充実していて寂しいと感じる暇もなかった。生きてるって感じがした。
帰る場所がすぐそばにないことが、おかえりと迎えてくれる仲間がいないことがすごく寂しくて心細い。
でも列車から逃げ出した私に彼らと一緒にショーを作る資格はない。例え戻ったとして、自分勝手なことをした私を皆に受け入れて貰えないかもそれない。そんな懸念があの場所に戻ることを阻んでいた。
あの赤子のことは常に頭にあった。サーカス列車にいる皆なら、戸惑いつつも世話をしてくれるだろうと思った。その判断はきっと間違いではなかったはずだ。彼らは今頃おしめを変えられミルクを飲まされすやすや眠る赤子の顔を眺めているかもしれない。それとも、激しい夜泣きに悩まされているだろうか。
気がかりなことはいくつもあるけれど、私が次に対峙すべき問題は1つだ。
音楽の都ウィーンでは人通りの少ない路地を使った即興のパフォーマンスをすることにした。手書きのチラシを作ってコンビニでコピーし、あちこちの店や公共施設に頼んで貼ってもらった。どこでも快く受け取って貰えるのが嬉しかった。
3日後の路上パフォーマンスの日、開始時刻に集まった人の数は30人ほどだった。
路地でのパフォーマンスの目標は「とにかくのびのび自由にやる!」だった。
まず手始めにゆっくりと走ってきた知らないおじさんの車の助手席に乗り込んだ。おじさんは笑っていた。
通りがかりのおじいさんと踊ったり、猫と駆けっこをしたり、サッカーボールを持った中学生くらいの女の子と対戦してあっさりボールを奪われたり、最近練習していた下手くそなムーンウォークを披露したり。
風で転がるビニール袋を追いかけて、まるで猫にするみたいに舌を鳴らしておいでと手招きして見せたり、老婦人が紙袋に溢れるほど入れて持って歩いているグレープフルーツをいくつか拝借してジャグリングをしてみせたりする。
道路の真ん中で死んだふりをしたあと、クラウチングスタートでダッシュして大きなトラックの荷台に乗り込み、走り去るトラックの荷台から、路肩の見物人たちに向かって手を伸ばして叫ぶふりをする。見物人たちは大爆笑していた。
そのうち見物人は100人ほどに増えた。ボールとクラブを使ったジャグリングを披露し、その場で考えついた寸劇を披露した。
男に鞭で打たれる。何度も打たれ、倒れる。ここまでは以前披露したマイムと似ている。今度は相手にビンタをされている体で、臍のあたりで両手を連続で叩いて顔を左右に逸らす。ビンタのリズムは速くなり、だんだんQUEENの" We Will Rock You " の前奏のリズムになってくる。私がビンタのことなど忘れたようにあのダン、ダン、パン! のリズムの足拍子と手拍子を始めると見物人たちも乗ってきて、足拍子と手拍子を合わせた大合奏になりパフォーマンスは幕を閉じた。
調子に乗って翌日と翌々日にも日に2回ずつ路上パフォーマンスを行った。口コミが広まったのか最終日には1000人ほどの人が集まって580ユーロものお金を稼いだ私は、夕方に格安航空券を買って空路でフランスのカレーへ向かった。ちなみに食べ物ではなくて都市の名前だ。機内食を貪りながら映画を観ているうちに2時間くらいで着いた。
カプセルホテルの狭い部屋でジャグリングとマイムの練習に励み、オーロラの新作絵本を何度も読んでは泣いた。絵本を開くたびにオーロラがすぐ近くで私に語りかけてくれている気がした。そうして絵本を読んで泣くほどに、自分自身に戻っていくような気がした。
10
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる