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第3章〜新たな出発〜
第55話 ヨーロッパ①
しおりを挟む 深夜バスに揺られてソフィアに着いたのは翌朝の8時半だった。
移動でお金は大分なくなった。だがショーをやる上で最低限の道具は必要なので、手元にあるお金で用具を揃えることにした。
専門店でジャグリング用の大小のボールのセットとクラブ、風船を買った。それらを入れるオレンジ色のトランクを買った。ヨーロッパの国でその手の道具を売っている店を探すのは難しくはなかった。
買い物が終わると、せっかく来たのだからベオグラード要塞を見ていこうという気分になった。
ベオグラード要塞の近くには大きな公園があった。通りにカラフルな三角フラッグが張り巡らされ、あちこちに出店が並んでいて、遊園地にあるようなおもちゃの汽車みたいなバスが走っている。要塞の城壁の前には大砲や戦車などが展示してあった。
しばらく歩くとドナウ川を見渡せる広場に着いた。広場の高い石の塔の上に立っている銅像の前で新しく作った寸劇を披露した。
私は左側から歩いて行き、鞄を外に置いて電話ボックスのドアを開けて電話をかける。
そのあと2役目、泥棒役の私が右側から歩いてきて、忘れられたらしい鞄を見つけ驚いた顔をする。キョロキョロと辺りを見渡して、素知らぬ顔で鞄を持って立ち去ろうとする。
反対側に戻り、外を見ると鞄がないことに驚く。電話を慌てて切って電話ボックスから飛び出して泥棒を追いかける。
ここからは1役に切り替わり、泥棒役の私1人の鞄のマイムが始まる。向こう側から持ち主に鞄を引っ張られ、鞄を取り返そうと引っ張って少しずつ右側に移動して行く。が、もう一度反対側から引っ張られて左側に戻る。それを何度か繰り返すうち、しまいに突然手を離され後ろにひっくり返って転ぶ。
私は鞄を取って逃げる。
鞄を地面に置いて開ける私。このとき鞄の中身が観客に見えないよう蓋を立てておく。カバンの中からジャグリングのボールが3つ出てくる。お金ではないことにがっかりするが、それでジャグリングをしボールを鞄に入れる。今度中から出てきたのは巨大なハンカチだ。またお金ではない。悲しみの余り巨大なハンカチで涙を拭う。今度はそれで右手を覆う。ハンカチを外し手に持っていたのは風船だ。風船で犬を作り鞄の中に入れる。
鞄を閉じた私はもう一度元来た道を戻って行く。
そして元の場所に鞄を返し、立ち去る。
10人ほどの観客からまばらな拍手が上がる。
今度はジャグリングを披露し、観てくれた女の子に風船の犬をあげた。
稚拙なマイムにも関わらず、ベースボールキャップにはわずかであるがお金が入った。
夜ねぐらがなかったのでどこかの小学校前に停められたスクールバスの中で眠った。
狭い座席で身体を折り曲げ目を閉じたら、疲れもあってすぐに眠気が襲ってきた。
ふと真夜中に不意に身体にずしりとした重みと荒い息遣いを感じ目が覚めた。顔にかかる吐息の饐えた匂いに半目を開ける。暗くて見えないが大柄の男が私の上に馬乗りになっているのが分かった。とてつもない恐怖で思考が停止し身体が固まる。
男の手が胸を弄ろうとしたところで思い切り脚に力を込めて股間を蹴り上げた。男はくぐもった声をあげて蹲り、捕まえる間もなく逃げて行った。逃げる男からジャラジャラという小銭の音がしてハッとして足元のトランクを見る。開けられた形跡があり、お金を入れていた巾着袋がなくなっていた。
男をグラウンドの外まで追いかけたが暗闇ですぐ見失ってしまった。
怒りと泣き出したいほどの悔しさで握った拳が震えた。バスに戻り少し間を置いて、とてつもない嫌悪感と不快感、犯されていたかもしれないという恐怖が湧き出して鳥肌が立ち脚が震えた。
情けなくて泣けてきた。どうして私だけがこんな思いをしないといけないのだろう。せっかく苦労して稼いだお金も卑しい暴漢に奪われてしまった。こんなことなら、お金だけでももっと分かりにくい場所に隠しておくんだった。自分に腹が立って大声で叫びたかった。お金がなければご飯が食べられないし移動もできない。
とにかく警察に行かなくては。学校近くの交番で事情を話したが、夜勤の警官は眠そうに欠伸をしていて真剣に取り合って貰えず余計に頭に来た。見るからに宿無しの私を見下しているのが分かった。
警官に悪態をついて交番を出て歩いた。涙が出てきた。オーロラの言葉を思い出した。彼女はこんな危険な旅はやめるべきだと涙ながらに私を説得した。彼女の言葉は誰がどう見ても正しかった。この旅は女性1人で乗り切るにはあまりにリスクが大きく過酷だ。天から地に落とされ、それでもまた這い上がろうともがき、裏切られては絶望する。神様は今頃この壮大で終わりの見えない道化芝居を空から観下ろして高笑いしているに違いない。
小銭を稼ぐために大道芸をしようと思ったがあいにくの雨だ。
コンビニのトイレで生理が来ていることに気づいた。ナプキンを買うお金すらない。仕方なくトイレットペーパーを当てて凌ぐことにした。泣きっ面に蜂とはこのことで、悲惨すぎて涙も出ない。
移動でお金は大分なくなった。だがショーをやる上で最低限の道具は必要なので、手元にあるお金で用具を揃えることにした。
専門店でジャグリング用の大小のボールのセットとクラブ、風船を買った。それらを入れるオレンジ色のトランクを買った。ヨーロッパの国でその手の道具を売っている店を探すのは難しくはなかった。
買い物が終わると、せっかく来たのだからベオグラード要塞を見ていこうという気分になった。
ベオグラード要塞の近くには大きな公園があった。通りにカラフルな三角フラッグが張り巡らされ、あちこちに出店が並んでいて、遊園地にあるようなおもちゃの汽車みたいなバスが走っている。要塞の城壁の前には大砲や戦車などが展示してあった。
しばらく歩くとドナウ川を見渡せる広場に着いた。広場の高い石の塔の上に立っている銅像の前で新しく作った寸劇を披露した。
私は左側から歩いて行き、鞄を外に置いて電話ボックスのドアを開けて電話をかける。
そのあと2役目、泥棒役の私が右側から歩いてきて、忘れられたらしい鞄を見つけ驚いた顔をする。キョロキョロと辺りを見渡して、素知らぬ顔で鞄を持って立ち去ろうとする。
反対側に戻り、外を見ると鞄がないことに驚く。電話を慌てて切って電話ボックスから飛び出して泥棒を追いかける。
ここからは1役に切り替わり、泥棒役の私1人の鞄のマイムが始まる。向こう側から持ち主に鞄を引っ張られ、鞄を取り返そうと引っ張って少しずつ右側に移動して行く。が、もう一度反対側から引っ張られて左側に戻る。それを何度か繰り返すうち、しまいに突然手を離され後ろにひっくり返って転ぶ。
私は鞄を取って逃げる。
鞄を地面に置いて開ける私。このとき鞄の中身が観客に見えないよう蓋を立てておく。カバンの中からジャグリングのボールが3つ出てくる。お金ではないことにがっかりするが、それでジャグリングをしボールを鞄に入れる。今度中から出てきたのは巨大なハンカチだ。またお金ではない。悲しみの余り巨大なハンカチで涙を拭う。今度はそれで右手を覆う。ハンカチを外し手に持っていたのは風船だ。風船で犬を作り鞄の中に入れる。
鞄を閉じた私はもう一度元来た道を戻って行く。
そして元の場所に鞄を返し、立ち去る。
10人ほどの観客からまばらな拍手が上がる。
今度はジャグリングを披露し、観てくれた女の子に風船の犬をあげた。
稚拙なマイムにも関わらず、ベースボールキャップにはわずかであるがお金が入った。
夜ねぐらがなかったのでどこかの小学校前に停められたスクールバスの中で眠った。
狭い座席で身体を折り曲げ目を閉じたら、疲れもあってすぐに眠気が襲ってきた。
ふと真夜中に不意に身体にずしりとした重みと荒い息遣いを感じ目が覚めた。顔にかかる吐息の饐えた匂いに半目を開ける。暗くて見えないが大柄の男が私の上に馬乗りになっているのが分かった。とてつもない恐怖で思考が停止し身体が固まる。
男の手が胸を弄ろうとしたところで思い切り脚に力を込めて股間を蹴り上げた。男はくぐもった声をあげて蹲り、捕まえる間もなく逃げて行った。逃げる男からジャラジャラという小銭の音がしてハッとして足元のトランクを見る。開けられた形跡があり、お金を入れていた巾着袋がなくなっていた。
男をグラウンドの外まで追いかけたが暗闇ですぐ見失ってしまった。
怒りと泣き出したいほどの悔しさで握った拳が震えた。バスに戻り少し間を置いて、とてつもない嫌悪感と不快感、犯されていたかもしれないという恐怖が湧き出して鳥肌が立ち脚が震えた。
情けなくて泣けてきた。どうして私だけがこんな思いをしないといけないのだろう。せっかく苦労して稼いだお金も卑しい暴漢に奪われてしまった。こんなことなら、お金だけでももっと分かりにくい場所に隠しておくんだった。自分に腹が立って大声で叫びたかった。お金がなければご飯が食べられないし移動もできない。
とにかく警察に行かなくては。学校近くの交番で事情を話したが、夜勤の警官は眠そうに欠伸をしていて真剣に取り合って貰えず余計に頭に来た。見るからに宿無しの私を見下しているのが分かった。
警官に悪態をついて交番を出て歩いた。涙が出てきた。オーロラの言葉を思い出した。彼女はこんな危険な旅はやめるべきだと涙ながらに私を説得した。彼女の言葉は誰がどう見ても正しかった。この旅は女性1人で乗り切るにはあまりにリスクが大きく過酷だ。天から地に落とされ、それでもまた這い上がろうともがき、裏切られては絶望する。神様は今頃この壮大で終わりの見えない道化芝居を空から観下ろして高笑いしているに違いない。
小銭を稼ぐために大道芸をしようと思ったがあいにくの雨だ。
コンビニのトイレで生理が来ていることに気づいた。ナプキンを買うお金すらない。仕方なくトイレットペーパーを当てて凌ぐことにした。泣きっ面に蜂とはこのことで、悲惨すぎて涙も出ない。
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