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第3章〜新たな出発〜
クラウンアヴリル④
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何日か同じパフォーマンスを続けて流石に飽きてきたので、別のバージョンを考えようと思った。そこで、『猫のカルメン』を思い出した。
3人ほどの客の前でほとんど即興で披露した。
最初に両頬にマジックで3本の髭を描いて猫っぽさを表した。
まず、足を少し屈めて両手を猫みたいに握って動かし、走り回って戯れる2匹の猫を表現する。右側の1匹が前足でちょっかいを出し、もう1匹も応戦する。しばらく走り回る。
手を振って別れる2匹。もちろん猫が手を振ることなんてないんだけど、この場面はどうしても絵本に描かれた絵を再現したかった。
『カルメンは、森で出会った猫のプラムに会いに行くことにしました』
動作だけで説明しにくい空白部分を埋めるため、オーロラの絵本の本文の一部をノートにマジックで書いてみせる。本当はマイムでは文字を使うのも良くないのだが、この際ルールなんてどうでもいい。
何も知らない人が観たら、ただの猫の真似をしている痛い女だ。
一昨日の男5人がやってきて笑っているのが見えたが、もうどう思われたっていい。笑いたければ笑えばいい。
2本の脚を少し屈めて立ち、両腕をわずかに縮めて両手を握り猫の手を作る。
手脚を踏み締めるようにゆっくり動かし、猫が山を登る姿を再現する。
次に汗を拭いながら砂漠を歩く。途中あまりの暑さに倒れ、また起き上がって歩き出す。
だんだんとカルメンと自分自身の感情がリンクしてくる。絵本に描かれていたのは私の未来の姿だった。サーカス列車に乗り込み幾多の困難を越え、幾つもの海を越え、車窓から白く雪の積もったアルプスの山々を眺め過ごした。団長に鞭で打たれ、必死に練習を積み重ねステージでは白塗りの道化を演じた。
どれもこれももう一度オーロラに会うためだった。私の選び辿った道、超えた山や海、積み上げた日々の先にオーロラがいた。彼女の笑顔を見るためだけに私はこれまで生き抜いてきた。
それは何故か?
彼女をーーオーロラを愛しているからだ。
マイムが佳境に入る。
間抜けと知りつつも地面に這いつくばり、長老ワニの姿を表現しているつもりでゆっくり前進する。
手を叩いて大声で笑った若い男たちをサラリーマンが怒鳴りつける。
服は砂まみれになっていた。立ち上がり泣きながらノートに文字を綴る。何度も何度も繰り返し読んで全て覚えた物語の断片を。
『長老ワニはゆっくりとたずねました』
ノートのページを一文ごとに区切りマジックで書いて開いて見せる。
『この世界で、一番美しいものは何だと思う?』
『カルメンはしばらく考えたあと、答えました』
『それは、愛です』
『ほほう。どうしてそう思うのかね?』
『なぜなら、愛は何にも負けることがないからです。簡単に壊れることもありません。愛があるから、大きな恐怖や、どんな困難にも立ち向かうことができる。だからこそ、愛は何よりも尊くて美しいのです』
『長老ワニは優しく微笑みました。そして、一言こう言いました』
『ここを通りなさい。そして、一刻も早く愛する人の元へ行くがいい』
最後アドリブで2匹の猫が両側から鼻を突き合わせる動作のあと、背中を丸め顔を腕に埋めて眠る。その動きを2役でやる。2匹の猫が丸くなって眠りにつく。
そのまま劇が終わる。
1人が拍手した。もう1人が続いた。気づいたら辺りには30人ほどの人だかりができていた。下手くそでめちゃくちゃなマイムともいえない劇なのに、サラリーマンはおいおい泣いていた。隣の中年女性もハンカチで涙を拭っていた。その隣の強面の男性までもが涙を堪えていた。土の上で眠る振りをしたおかげで、服も顔も土まみれだった。
よく見渡してみたら後ろに並んでいた5人組のうちの眼鏡の男が泣いていた。「おい、泣くなよ」と隣の友人に頭を小突かれている。
ベースボールキャップにお金を入れてくれた人たちにお礼を言っていると、例の男たちが5人が近づいてきた。そのうちの眼鏡の男が言った。
「君のことを笑って悪かったよ。凄く上手いとはいえないけど、とても素敵なパフォーマンスだった」
「ああ、良かったよ。これはせめてもの謝罪とお礼だ」
もう1人の男も言った。私に缶を投げつけた男だった。男たちはベースボールキャップにたくさんのお金を入れてくれた。もうこれで昨日のことはチャラにしようと思った。
その足で昨日のレストランに立ち寄りお金を払った。髭の店員が紙風船が気に入ったとお礼を言ってくれた。
3人ほどの客の前でほとんど即興で披露した。
最初に両頬にマジックで3本の髭を描いて猫っぽさを表した。
まず、足を少し屈めて両手を猫みたいに握って動かし、走り回って戯れる2匹の猫を表現する。右側の1匹が前足でちょっかいを出し、もう1匹も応戦する。しばらく走り回る。
手を振って別れる2匹。もちろん猫が手を振ることなんてないんだけど、この場面はどうしても絵本に描かれた絵を再現したかった。
『カルメンは、森で出会った猫のプラムに会いに行くことにしました』
動作だけで説明しにくい空白部分を埋めるため、オーロラの絵本の本文の一部をノートにマジックで書いてみせる。本当はマイムでは文字を使うのも良くないのだが、この際ルールなんてどうでもいい。
何も知らない人が観たら、ただの猫の真似をしている痛い女だ。
一昨日の男5人がやってきて笑っているのが見えたが、もうどう思われたっていい。笑いたければ笑えばいい。
2本の脚を少し屈めて立ち、両腕をわずかに縮めて両手を握り猫の手を作る。
手脚を踏み締めるようにゆっくり動かし、猫が山を登る姿を再現する。
次に汗を拭いながら砂漠を歩く。途中あまりの暑さに倒れ、また起き上がって歩き出す。
だんだんとカルメンと自分自身の感情がリンクしてくる。絵本に描かれていたのは私の未来の姿だった。サーカス列車に乗り込み幾多の困難を越え、幾つもの海を越え、車窓から白く雪の積もったアルプスの山々を眺め過ごした。団長に鞭で打たれ、必死に練習を積み重ねステージでは白塗りの道化を演じた。
どれもこれももう一度オーロラに会うためだった。私の選び辿った道、超えた山や海、積み上げた日々の先にオーロラがいた。彼女の笑顔を見るためだけに私はこれまで生き抜いてきた。
それは何故か?
彼女をーーオーロラを愛しているからだ。
マイムが佳境に入る。
間抜けと知りつつも地面に這いつくばり、長老ワニの姿を表現しているつもりでゆっくり前進する。
手を叩いて大声で笑った若い男たちをサラリーマンが怒鳴りつける。
服は砂まみれになっていた。立ち上がり泣きながらノートに文字を綴る。何度も何度も繰り返し読んで全て覚えた物語の断片を。
『長老ワニはゆっくりとたずねました』
ノートのページを一文ごとに区切りマジックで書いて開いて見せる。
『この世界で、一番美しいものは何だと思う?』
『カルメンはしばらく考えたあと、答えました』
『それは、愛です』
『ほほう。どうしてそう思うのかね?』
『なぜなら、愛は何にも負けることがないからです。簡単に壊れることもありません。愛があるから、大きな恐怖や、どんな困難にも立ち向かうことができる。だからこそ、愛は何よりも尊くて美しいのです』
『長老ワニは優しく微笑みました。そして、一言こう言いました』
『ここを通りなさい。そして、一刻も早く愛する人の元へ行くがいい』
最後アドリブで2匹の猫が両側から鼻を突き合わせる動作のあと、背中を丸め顔を腕に埋めて眠る。その動きを2役でやる。2匹の猫が丸くなって眠りにつく。
そのまま劇が終わる。
1人が拍手した。もう1人が続いた。気づいたら辺りには30人ほどの人だかりができていた。下手くそでめちゃくちゃなマイムともいえない劇なのに、サラリーマンはおいおい泣いていた。隣の中年女性もハンカチで涙を拭っていた。その隣の強面の男性までもが涙を堪えていた。土の上で眠る振りをしたおかげで、服も顔も土まみれだった。
よく見渡してみたら後ろに並んでいた5人組のうちの眼鏡の男が泣いていた。「おい、泣くなよ」と隣の友人に頭を小突かれている。
ベースボールキャップにお金を入れてくれた人たちにお礼を言っていると、例の男たちが5人が近づいてきた。そのうちの眼鏡の男が言った。
「君のことを笑って悪かったよ。凄く上手いとはいえないけど、とても素敵なパフォーマンスだった」
「ああ、良かったよ。これはせめてもの謝罪とお礼だ」
もう1人の男も言った。私に缶を投げつけた男だった。男たちはベースボールキャップにたくさんのお金を入れてくれた。もうこれで昨日のことはチャラにしようと思った。
その足で昨日のレストランに立ち寄りお金を払った。髭の店員が紙風船が気に入ったとお礼を言ってくれた。
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