ライオンガール

たらこ飴

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第3章〜新たな出発〜

クラウンアヴリル②

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 私は署に連行された。ペンと紙を借りて事情を書いたが警官には信じてもらえなかった。まるで外国人の私の言うことは全て嘘だとでもいうかのように。

 家族に連絡するから番号を教えろと言われ、何かあったら連絡するようにともらっていたメルテムさんの番号の書かれた紙を渡した。

 30分ほどでメルテムさんが来た。罰金を払ってくれ、私は釈放になった。

 メルテムさんは憤慨していた。馬鹿にされたのは私のほうなのに、私が罰せられるのはおかしいと警官に抗議していた。警官たちはまるで、私たちが頭のおかしい奴らだとでもいうかのような白い目を向けてきた。

 半ば追い出されるようにして警察署を出たあとも、メルテムさんはカンカンに怒ってずっと文句を言っていた。マシンガントークのうえ激怒していていつも以上に早口になっているために、謝るタイミングも見当たらないほどだった。

 でも、抗議したくてもできない私の代わりにメルテムさんが怒ってくれたことで、鬱屈していた感情は幾分かマシになった。

 メルテムさんは帰りにファミレスでご飯をご馳走してくれた。パンケーキを食べながら涙が出てきた。赤の他人の私の罰金を肩代わりさせたことへの罪悪感と、そんな私にご飯まで奢ってくれた彼女の真心に対する感謝の気持ちーー。いろんな感情がないまぜになっていた。

 店員からペンを借り、ナプキンに『ごめんなさい』と書いた。メルテムさんは首を振った。

「いいのよ、悪いのはあなたじゃない。必死にやっている人を笑う人間の方がよほど恥ずかしいわ」

 そういえば私も前、ディアナに同じような言葉を投げつけたっけ。あのときは同じ言葉を、こんなふうに励ましの意味で貰うことになるなんて考えてもいなかった。

『ありがとうございます』

 お礼を伝えるとメルテムさんは微笑んだ。

「私もね、昔オペラ歌手を目指していたのよ。周りの人たちは皆反対した。無理だ、夢を見るなとね。家族にすら馬鹿にされたわ。でも、唯一幼い頃からの親友だけが応援してくれたの。『あなたの声は唯一無二よ、絶対に夢を叶えて』って言ってくれた。彼女のその言葉だけで頑張れたわ。

 芸を極めるというのは苦しいことよ。自分の才能の限界に打ち当たって挫折することもある。だけど、目標に向かって努力と挑戦を重ねることは自分の財産になる。それが失敗でも成功でもね。

 大事なのは自分を信じること。そして、自分自身を表現することよ。サーカスやクラウンのことには詳しくないけれど、自分の経験や感情は一番のインスピレーションになる」

 考えてみれば、私は自分独自のマイムを生み出せていなかった。私の経験を表現する。それは今の自分に何より必要なことだと思った。
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