164 / 193
第3章〜新たな出発〜
クラウンアヴリル②
しおりを挟む
私は署に連行された。ペンと紙を借りて事情を書いたが警官には信じてもらえなかった。まるで外国人の私の言うことは全て嘘だとでもいうかのように。
家族に連絡するから番号を教えろと言われ、何かあったら連絡するようにともらっていたメルテムさんの番号の書かれた紙を渡した。
30分ほどでメルテムさんが来た。罰金を払ってくれ、私は釈放になった。
メルテムさんは憤慨していた。馬鹿にされたのは私のほうなのに、私が罰せられるのはおかしいと警官に抗議していた。警官たちはまるで、私たちが頭のおかしい奴らだとでもいうかのような白い目を向けてきた。
半ば追い出されるようにして警察署を出たあとも、メルテムさんはカンカンに怒ってずっと文句を言っていた。マシンガントークのうえ激怒していていつも以上に早口になっているために、謝るタイミングも見当たらないほどだった。
でも、抗議したくてもできない私の代わりにメルテムさんが怒ってくれたことで、鬱屈していた感情は幾分かマシになった。
メルテムさんは帰りにファミレスでご飯をご馳走してくれた。パンケーキを食べながら涙が出てきた。赤の他人の私の罰金を肩代わりさせたことへの罪悪感と、そんな私にご飯まで奢ってくれた彼女の真心に対する感謝の気持ちーー。いろんな感情がないまぜになっていた。
店員からペンを借り、ナプキンに『ごめんなさい』と書いた。メルテムさんは首を振った。
「いいのよ、悪いのはあなたじゃない。必死にやっている人を笑う人間の方がよほど恥ずかしいわ」
そういえば私も前、ディアナに同じような言葉を投げつけたっけ。あのときは同じ言葉を、こんなふうに励ましの意味で貰うことになるなんて考えてもいなかった。
『ありがとうございます』
お礼を伝えるとメルテムさんは微笑んだ。
「私もね、昔オペラ歌手を目指していたのよ。周りの人たちは皆反対した。無理だ、夢を見るなとね。家族にすら馬鹿にされたわ。でも、唯一幼い頃からの親友だけが応援してくれたの。『あなたの声は唯一無二よ、絶対に夢を叶えて』って言ってくれた。彼女のその言葉だけで頑張れたわ。
芸を極めるというのは苦しいことよ。自分の才能の限界に打ち当たって挫折することもある。だけど、目標に向かって努力と挑戦を重ねることは自分の財産になる。それが失敗でも成功でもね。
大事なのは自分を信じること。そして、自分自身を表現することよ。サーカスやクラウンのことには詳しくないけれど、自分の経験や感情は一番のインスピレーションになる」
考えてみれば、私は自分独自のマイムを生み出せていなかった。私の経験を表現する。それは今の自分に何より必要なことだと思った。
家族に連絡するから番号を教えろと言われ、何かあったら連絡するようにともらっていたメルテムさんの番号の書かれた紙を渡した。
30分ほどでメルテムさんが来た。罰金を払ってくれ、私は釈放になった。
メルテムさんは憤慨していた。馬鹿にされたのは私のほうなのに、私が罰せられるのはおかしいと警官に抗議していた。警官たちはまるで、私たちが頭のおかしい奴らだとでもいうかのような白い目を向けてきた。
半ば追い出されるようにして警察署を出たあとも、メルテムさんはカンカンに怒ってずっと文句を言っていた。マシンガントークのうえ激怒していていつも以上に早口になっているために、謝るタイミングも見当たらないほどだった。
でも、抗議したくてもできない私の代わりにメルテムさんが怒ってくれたことで、鬱屈していた感情は幾分かマシになった。
メルテムさんは帰りにファミレスでご飯をご馳走してくれた。パンケーキを食べながら涙が出てきた。赤の他人の私の罰金を肩代わりさせたことへの罪悪感と、そんな私にご飯まで奢ってくれた彼女の真心に対する感謝の気持ちーー。いろんな感情がないまぜになっていた。
店員からペンを借り、ナプキンに『ごめんなさい』と書いた。メルテムさんは首を振った。
「いいのよ、悪いのはあなたじゃない。必死にやっている人を笑う人間の方がよほど恥ずかしいわ」
そういえば私も前、ディアナに同じような言葉を投げつけたっけ。あのときは同じ言葉を、こんなふうに励ましの意味で貰うことになるなんて考えてもいなかった。
『ありがとうございます』
お礼を伝えるとメルテムさんは微笑んだ。
「私もね、昔オペラ歌手を目指していたのよ。周りの人たちは皆反対した。無理だ、夢を見るなとね。家族にすら馬鹿にされたわ。でも、唯一幼い頃からの親友だけが応援してくれたの。『あなたの声は唯一無二よ、絶対に夢を叶えて』って言ってくれた。彼女のその言葉だけで頑張れたわ。
芸を極めるというのは苦しいことよ。自分の才能の限界に打ち当たって挫折することもある。だけど、目標に向かって努力と挑戦を重ねることは自分の財産になる。それが失敗でも成功でもね。
大事なのは自分を信じること。そして、自分自身を表現することよ。サーカスやクラウンのことには詳しくないけれど、自分の経験や感情は一番のインスピレーションになる」
考えてみれば、私は自分独自のマイムを生み出せていなかった。私の経験を表現する。それは今の自分に何より必要なことだと思った。
10
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
真夏の温泉物語
矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる