ライオンガール

たらこ飴

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第3章〜新たな出発〜

中東へ③

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 3日ほどほとんど飲まず食わずでレスキュー隊やボランティアと一緒に救助活動にあたった。硝子片が身体に刺さって痛いと泣いている小さな子どもや左脚に酷い怪我を負った中年男性を救急隊に引き渡したり、崩壊した建物の下敷きになっている人の救助を要請したりした。

 イスラエルの12月は温暖な気候なので、例のデニムサロペットにグレーのパーカーという薄着でも夜それほど寒くないのだけが救いだ。途中ボランティアの人が水とパンを差し入れてくれ、生き返る心地がした。

 血塗れの人が担架に乗せられ救急車の中に運ばれるのを何度も見た。痛みに悶え苦しみ絶叫する者もいれば、既に事切れていると思われる者もいる。何もかもが地獄のようで非日常的でテレビで観る現地の映像より遥かに悲惨で壮絶だった。一人でも多くの人を助けたい。 
 
 あちこちで上がる炎と黒煙、子どもを呼んで泣く母親の声、火がついたように泣き喚く子どもたち、またいつ爆撃があるかと怯えながらの救助に精神は極限まで追い詰められていた。

 3日目の夜再び空爆に襲われ救助が困難になった。逃げようとして瓦礫に躓いて転んで脚を挫いた。

 立ちあがろうと脚に力を入れたとき、「逃げろ!」と誰かが英語で私に叫んだ。全てがスローモーションのようだった。空から黒い何かがこちらに飛んできた。先端の尖った太い鉛筆のような形をしたそれは、私の視界でみるみる大きくなった。

 黒服の男が横から飛びかかってきた。凄まじい爆発音と同時に彼と私の身体は爆風で飛ばされた。

 頭に鋭い激痛が走り数秒間視界が回った。腕にも何かで刺されたような痛みがあった。

「大丈夫か?」

 男が私の肩を揺すった。起き上がったとき男の顔が霞んで見えた。後頭部を触ったら血液で手が真っ赤になって身が凍る思いがした。右腕には大きな硝子片が刺さって血が吹き出していた。

 男は私を横抱きにして、救急隊に現地の言葉で何かを伝えているようだった。それを救急隊は首を振って拒み、男は私を一度おろし、中腰になり背中に掴まれと言った。拒む私を怒鳴りつけ、男は走った。

 男は私を少し離れた場所の路肩に停められていた小型のキャンピングカーで診療所に運んだ。声的に40代半ばくらいだろうか。あちこちで渋滞が起きていて、男は不満げに何かをぶつぶつ言っていた。

 男は私を知り合いがやっているという診療所に連れて行った。その診療所は民家のようで、電気も付いていなかったが男がドアをどんどんと乱暴に叩いて叫ぶと中からスカーフを巻いた高齢の女性が出てきて、私たちの様子を見るなり中に引っ込んで誰かを呼んだ。

 間も無くやってきた先ほどの女性の旦那らしき私服姿の高齢の男が中に入れと言って、居間の奥にある診察室のような場所に通された。ベッドが一つと心電図、デスクの上にはパソコンがある。

 黒服の男が私に代わり症状を説明してくれ、奥さんが手当てをしてくれた。私の頭と腕には包帯が巻かれた。

 お礼を伝えようとしたとき声が出ないことに気づいた。話そうとして喉に力を込めるけれど掠れ声しか出ない。頭が真っ白になった。喋ることができないという状況が飲み込めなかった。声が出ないことを喉に手を当て首を振るジェスチャーで伝えたら、奥さんは悲しげな表情で私を抱きしめた。

 医者が私を隣の部屋に連れて行って頭部のレントゲンを撮った。

 間もなくレントゲンを見た医者は黒服の男に何かを言い、男が私に英語で「軽い脳震盪だろうとのことだ」と伝えた。ほっと息が漏れた。そのとき初めて、自分が死の恐怖を感じていたのだと悟った。

 このときの私は声が出ない原因を頭をぶつけたからだろうと勝手に解釈して、怪我が治れば自然に声も出るようになると楽観視していた。

 その後地下に案内された。中には10人ほどの人が避難していた。小さな5歳くらいの女の子もいた。80代くらいの老夫婦や30代くらいの若い男性もいた。車椅子の20代くらいの女性も、その母親らしき女性もいる。石油ストーブが焚かれている。奥さんがパンとスープをくれたが半分だけ食べ、残り半分は小さな子どもにあげた。

 豆電球の下でよくよく見ると、黒服の男は色白で彫りの深い顔立ちをしていた。年は40代後半位だろうか。大きな青い目はどこか虚ろで、まるで世界中の悲しみを閉じ込めているかのようだった。

 子供がぐずり出したので、私はリュックから紙風船を出してあげた。膨らますようにとジェスチャーで伝えると、女の子は穴に口をつけて膨らませ、手で弾いたりして楽しそうに遊び始めた。大人たちも笑顔になった。

 空気が少し和らいできたので、何かショーを見せようと思った。リュックにたまたま入れていたボールを出して3ボールジャグリングをしてみせたら、皆が音を立てないように手を叩いた。

「空爆や攻撃の対象にならないように、電気を消して静かにしてるんだ」と黒服の男が耳打ちした。

 即興の寸劇を披露しようかとも考えたが状況を鑑みて断念した。笑えるような状況では決してなかった。
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