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第2章〜クラウンへの道〜
モンスター④
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波乱の中アメリカ公演は終わったものの、問題はまだ残った。
スタッフが半分に減り、ケニーの業務量は増えた。連日の残業とピアジェからの罵倒の数々による精神的苦痛で頬は前以上に痩け、目は光を失い死んだ魚のようになった。アルマンドに安定剤を処方されているが、例によって効いている気配がないらしい。
ケニーは体調を崩して寝ていることが増えた。そのたびにピアジェに叩き起こされ、ゾンビのように青い顔で身体を引きずって事務所に向かう。
「大丈夫?」と尋ねても伯父は「ああ」と虚ろな目で力なく答えるばかり。前は困ったことがあるたびにケニーに相談をしていたけれど、言葉を交わすことすら難しくなった。
ケニーはこの頃、ホタルに前に貰ったという『安心丸』という小瓶に入った粒状の漢方薬を勇気を出して飲み始めたそうだ。
「こっちの方がアルマンドの薬よりずっといいや」というから私も試しに2粒貰って飲んだら、不安感が少し和らいで、その日はいつもより長く眠れた。
やがて、皆から批判を向けられたピアジェは部屋にこもることが増えた。外に出ても批判の的となるしかない彼は自室で酒と睡眠薬に溺れ、ほとんど死んだように寝ているらしい。これはルーファスの情報だ。団員たちからも子どもたちからも愛想を尽かされ、動物たちにも怯えられ、今やピアジェの部屋を訪れるのはルーファスのみになった。
ルーファスだって好きで行っているわけではない。すっかり役立たずの飲んだくれと化したピアジェの業務を引き継がざるをえなくなったために、1日数回業務内容の確認と許可を取りに行っているのだ。今や団長の役割もルーファスが担っている。
「ああなるともう廃人だな」とルーファスはため息をついた。
ルーファスが代理のリーダーとなったからか、はたまた安心丸のおかげか。カナダ公演が始まる頃にはケニーの負担は大分減り、サーカス団の空気も大分良くなった。
団長の動物虐待問題への風当たりは以前として強かったものの、カナダ公演は順調に進んだ。しかしながら、私の心はまだ不安と疑問、プレッシャーによって押し潰されそうなままだった。
私は何者なのか? という疑問は日が経つごとに大きくなり始める。詩を演じているネロ、ネロを演じているアヴリル。最初は曖昧だったその境界がこの頃は強くなりすぎて、自分自身ーーアヴリルの感情や考えまでもが本当は誰のものなのか分からなくなりそうになるほどだった。
リングの上にいる私は皆を楽しませることに特化した道化だ。それでいいと、それこそが私の生きる道だと思っていた。今もその考えは変わらないけれど、自分が自分でなくなるような感覚と苦痛は日に日に増してくるばかりだった。このままではアヴリル自体が消えてしまうんじゃないか? 私は前の心に戻れるのか? それを考えていたらどこまでも憂鬱で救いのないような気持ちになった。
しかしサーカス団が問題に揺れている現在、私が踏ん張らなければいけない、これ以上皆の築き上げてきたサーカス団の人気を落とし誇りを汚してはならないと自分にハッパをかけ、リングに立ち続けた。
スタッフが半分に減り、ケニーの業務量は増えた。連日の残業とピアジェからの罵倒の数々による精神的苦痛で頬は前以上に痩け、目は光を失い死んだ魚のようになった。アルマンドに安定剤を処方されているが、例によって効いている気配がないらしい。
ケニーは体調を崩して寝ていることが増えた。そのたびにピアジェに叩き起こされ、ゾンビのように青い顔で身体を引きずって事務所に向かう。
「大丈夫?」と尋ねても伯父は「ああ」と虚ろな目で力なく答えるばかり。前は困ったことがあるたびにケニーに相談をしていたけれど、言葉を交わすことすら難しくなった。
ケニーはこの頃、ホタルに前に貰ったという『安心丸』という小瓶に入った粒状の漢方薬を勇気を出して飲み始めたそうだ。
「こっちの方がアルマンドの薬よりずっといいや」というから私も試しに2粒貰って飲んだら、不安感が少し和らいで、その日はいつもより長く眠れた。
やがて、皆から批判を向けられたピアジェは部屋にこもることが増えた。外に出ても批判の的となるしかない彼は自室で酒と睡眠薬に溺れ、ほとんど死んだように寝ているらしい。これはルーファスの情報だ。団員たちからも子どもたちからも愛想を尽かされ、動物たちにも怯えられ、今やピアジェの部屋を訪れるのはルーファスのみになった。
ルーファスだって好きで行っているわけではない。すっかり役立たずの飲んだくれと化したピアジェの業務を引き継がざるをえなくなったために、1日数回業務内容の確認と許可を取りに行っているのだ。今や団長の役割もルーファスが担っている。
「ああなるともう廃人だな」とルーファスはため息をついた。
ルーファスが代理のリーダーとなったからか、はたまた安心丸のおかげか。カナダ公演が始まる頃にはケニーの負担は大分減り、サーカス団の空気も大分良くなった。
団長の動物虐待問題への風当たりは以前として強かったものの、カナダ公演は順調に進んだ。しかしながら、私の心はまだ不安と疑問、プレッシャーによって押し潰されそうなままだった。
私は何者なのか? という疑問は日が経つごとに大きくなり始める。詩を演じているネロ、ネロを演じているアヴリル。最初は曖昧だったその境界がこの頃は強くなりすぎて、自分自身ーーアヴリルの感情や考えまでもが本当は誰のものなのか分からなくなりそうになるほどだった。
リングの上にいる私は皆を楽しませることに特化した道化だ。それでいいと、それこそが私の生きる道だと思っていた。今もその考えは変わらないけれど、自分が自分でなくなるような感覚と苦痛は日に日に増してくるばかりだった。このままではアヴリル自体が消えてしまうんじゃないか? 私は前の心に戻れるのか? それを考えていたらどこまでも憂鬱で救いのないような気持ちになった。
しかしサーカス団が問題に揺れている現在、私が踏ん張らなければいけない、これ以上皆の築き上げてきたサーカス団の人気を落とし誇りを汚してはならないと自分にハッパをかけ、リングに立ち続けた。
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