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第2章〜クラウンへの道〜
モンスター②
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サーカスに熱狂する一方、アメリカは他国に比べサーカスの動物利用に対して厳しかった。ルーファス曰くアメリカにあった最大のサーカス団も、一番人気のショーであった象の曲芸に対して批判が高まって、象を使ったショーを中止せざるをえなくなった。それによって興行収入が激減し廃業に追い込まれたのだという。
そのような背景もあってアメリカは諸外国以上にサーカスの動物利用に対して敏感だった。私の取材の際に動物たちの様子が映され放送されたことが批判のきっかけとなり、動物をショーのため狭い列車の車内に閉じ込め連れまわし、見せ物にするのは虐待だという批判が相次ぎクレームも来るようになった。
ピアジェはこの思うようにいかない事態に苛立ちを募らせていた。
悪いことというのは立て続けに起きるもので、次のジョージア公演を前にしてトムが肺炎に罹って入院してしまった。ホタルも牧場に難産の牛がいるが主治医が休診だから来てくれないかと連絡を受けて駆けつけることになった。
だがアメリカのほとんどの州ではサーカスの動物利用が禁止されているため、動物ショーはなしになる。そのためトム不在の中興行は延期されることなく続いた。
トムとホタルのいない間、動物たちに何か起きなければいいなという私の心配は別の形で的中することになった。
ジョージアでの2日目の夜、私は動物たちの様子を見ようと動物車に向かった。するとコリンズと馬たちのいる車両からバチッ、バチッという鞭の弾ける音と、ギャー、ギャーとけたたましい叫び声が聴こえるではないか。嫌な予感がする。
車両の扉を開いて中に入る。檻の中には団長がいて、コリンズを鞭で何度も殴りつけていた。逃げ出そうとする彼の首根っこを押さえつけ、床に叩きつけて鞭で殴る。あまりのことに言葉を失い、これまでにない激情にも似た激しい怒りが湧き出してきた。
「辞めろ!! 彼に触れるな!!」
ピアジェの身体を横から張り倒し、コリンズを抱き上げる。コリンズの腕やお腹に痛々しい傷がついていて、泣き出したいほどの感情に襲われ全身が震えた。
「技の調教をしてやろうとしたら、こいつが全然言うことを聞かず、しまいに俺の腕を齧りやがったんだ!! この馬鹿猿め!!」
ピアジェが私の腕から再びコリンズを奪おうとしたものだから、私はピアジェの腰に下げられた鍵を奪い、檻から逃げ出し鉄扉を閉め中に男を閉じ込めた。
「おい!! 何をする?! 出せ!! こんなことをして、どうなるか分かってるのか!!」
怒り狂った男は扉を拳で殴りつけながら檻の中で喚き散らしている。
「この悪魔め!! お前に動物に触れる資格はない!!」
私はコリンズを自分の部屋に連れて行った。ミラーが何事かと訊いたので事情を話したら、「酷いことをするな、親父も。彼は怪我をしてるんだろ? 手当てをしてやらなきゃいけないんじゃないか?」と心配そうに尋ねた。
早くホタルに帰ってきてほしい。明日の朝には来ると言っていた。コリンズを一時たりともここに置いておきたくない。
ミラーがルチアを呼んできた。彼女はコリンズの様子を見て泣き出してしまった。怯えたように震えていたコリンズは、安心したようにルチアの腕にしがみついた。
「かわいそうに、今手当てをしてあげるわ」
ルチアはすぐに救急箱を開いて慣れた様子でコリンズの手当てをしてやった。
コリンズはひとしきりルチアに甘えたあと、ルチアの腕の中で赤ん坊のようにすやすやと眠り始めた。ピアジェの標的となり、理不尽に痛めつけられたコリンズが哀れだった。
「ピアジェの奴め……許せないよ。どうして動物たちにこんな酷いことができるんだ? アイツには心がないのか?」
「パパは今どこに?」
ルチアが聞いたので「檻に閉じ込めておいた」と答えたらルチアとミラーは吹き出した。
「一晩あそこに置いとくか」
ミラーが言い、「ずっとあそこでいいよ」と私が言う。「賛成」とルチアも同意した。
翌日ホタルが帰ってきたので事情を話したら、彼女は悲しげにため息をついて言った。
「前に、前任者から私宛に荷物が届いてね。ビデオテープにピアジェの前の動物虐待の様子が録音されてた。コリンズだけじゃなく、象や馬たちにも……」
「何てことだ……」
「10年以上前になるわね。トリュフの父親のハーレイっていう象がいたらしいの。すごく穏やかで賢い子だったそうなんだけど、ピアジェに虐待をされてたらしくて……。ずっと耐えてたけどある日公演の最中に暴れ出して、テントを逃げ出して怪我人が出た。結局ハーレイは駆けつけた警官たちに400発の銃弾を浴びせられて死んだ」
「そんな……。酷すぎるよ」
あまりにも悲しい過去に涙を堪え切れなかった。純粋な動物が非道な人間の玩具となっていたぶられた挙句、最後には死んでしまうなんて。
「アイツはモンスターよ。あんな奴を野放しにしておけない」
ホタルは私にある案を打ち明けた。
そのような背景もあってアメリカは諸外国以上にサーカスの動物利用に対して敏感だった。私の取材の際に動物たちの様子が映され放送されたことが批判のきっかけとなり、動物をショーのため狭い列車の車内に閉じ込め連れまわし、見せ物にするのは虐待だという批判が相次ぎクレームも来るようになった。
ピアジェはこの思うようにいかない事態に苛立ちを募らせていた。
悪いことというのは立て続けに起きるもので、次のジョージア公演を前にしてトムが肺炎に罹って入院してしまった。ホタルも牧場に難産の牛がいるが主治医が休診だから来てくれないかと連絡を受けて駆けつけることになった。
だがアメリカのほとんどの州ではサーカスの動物利用が禁止されているため、動物ショーはなしになる。そのためトム不在の中興行は延期されることなく続いた。
トムとホタルのいない間、動物たちに何か起きなければいいなという私の心配は別の形で的中することになった。
ジョージアでの2日目の夜、私は動物たちの様子を見ようと動物車に向かった。するとコリンズと馬たちのいる車両からバチッ、バチッという鞭の弾ける音と、ギャー、ギャーとけたたましい叫び声が聴こえるではないか。嫌な予感がする。
車両の扉を開いて中に入る。檻の中には団長がいて、コリンズを鞭で何度も殴りつけていた。逃げ出そうとする彼の首根っこを押さえつけ、床に叩きつけて鞭で殴る。あまりのことに言葉を失い、これまでにない激情にも似た激しい怒りが湧き出してきた。
「辞めろ!! 彼に触れるな!!」
ピアジェの身体を横から張り倒し、コリンズを抱き上げる。コリンズの腕やお腹に痛々しい傷がついていて、泣き出したいほどの感情に襲われ全身が震えた。
「技の調教をしてやろうとしたら、こいつが全然言うことを聞かず、しまいに俺の腕を齧りやがったんだ!! この馬鹿猿め!!」
ピアジェが私の腕から再びコリンズを奪おうとしたものだから、私はピアジェの腰に下げられた鍵を奪い、檻から逃げ出し鉄扉を閉め中に男を閉じ込めた。
「おい!! 何をする?! 出せ!! こんなことをして、どうなるか分かってるのか!!」
怒り狂った男は扉を拳で殴りつけながら檻の中で喚き散らしている。
「この悪魔め!! お前に動物に触れる資格はない!!」
私はコリンズを自分の部屋に連れて行った。ミラーが何事かと訊いたので事情を話したら、「酷いことをするな、親父も。彼は怪我をしてるんだろ? 手当てをしてやらなきゃいけないんじゃないか?」と心配そうに尋ねた。
早くホタルに帰ってきてほしい。明日の朝には来ると言っていた。コリンズを一時たりともここに置いておきたくない。
ミラーがルチアを呼んできた。彼女はコリンズの様子を見て泣き出してしまった。怯えたように震えていたコリンズは、安心したようにルチアの腕にしがみついた。
「かわいそうに、今手当てをしてあげるわ」
ルチアはすぐに救急箱を開いて慣れた様子でコリンズの手当てをしてやった。
コリンズはひとしきりルチアに甘えたあと、ルチアの腕の中で赤ん坊のようにすやすやと眠り始めた。ピアジェの標的となり、理不尽に痛めつけられたコリンズが哀れだった。
「ピアジェの奴め……許せないよ。どうして動物たちにこんな酷いことができるんだ? アイツには心がないのか?」
「パパは今どこに?」
ルチアが聞いたので「檻に閉じ込めておいた」と答えたらルチアとミラーは吹き出した。
「一晩あそこに置いとくか」
ミラーが言い、「ずっとあそこでいいよ」と私が言う。「賛成」とルチアも同意した。
翌日ホタルが帰ってきたので事情を話したら、彼女は悲しげにため息をついて言った。
「前に、前任者から私宛に荷物が届いてね。ビデオテープにピアジェの前の動物虐待の様子が録音されてた。コリンズだけじゃなく、象や馬たちにも……」
「何てことだ……」
「10年以上前になるわね。トリュフの父親のハーレイっていう象がいたらしいの。すごく穏やかで賢い子だったそうなんだけど、ピアジェに虐待をされてたらしくて……。ずっと耐えてたけどある日公演の最中に暴れ出して、テントを逃げ出して怪我人が出た。結局ハーレイは駆けつけた警官たちに400発の銃弾を浴びせられて死んだ」
「そんな……。酷すぎるよ」
あまりにも悲しい過去に涙を堪え切れなかった。純粋な動物が非道な人間の玩具となっていたぶられた挙句、最後には死んでしまうなんて。
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ホタルは私にある案を打ち明けた。
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